ゴルドバーンにお別れ
「どうしたマーギン?」
村の近くで足を止めたマーギンに大隊長が何かあるのかと聞いてくる。
「いえ……」
と、間を置いてから、
「先に進んでてもらえますか」
「そうか。なら途中の森で皆を休憩させておく。出発するのは日が暮れてからにする」
「了解です。カタリーナ、起きろ」
「もう着いたの?」
と、目をコシコシしながら起き上がる。
「まだだ。チョット付き合え」
「なら私も行こう」
「ローズは皆と休憩して睡眠をとってくれ。このまま起きてたら、いざというときに役に立たなくなる」
「マーギンも寝てないだろう」
「俺のことは気にしなくていい。タジキ、食糧はどれぐらい残ってる?」
「マギュウとジャガイモはたくさんある」
「なら、皆にそれを食わせてやれ。小麦粉はどれぐらいある?」
「皆に食わせる程は残ってない」
と、言うので、マーギンの手持ちの小麦粉をドサッと渡しておく。パンにする時間はないだろうから、すいとんにして、マギュウ肉とスープにしろと言っておく。それなら材料を配るだけで、各自で調理ができるだろう。自分達で作れるようにこの前に作った鍋も渡しておいた。
「私も寝たので行きますよ。何かあるんですよね?」
アイリスも睡眠は取れている。
「それなら、皆が寝ているときの見張りをやってくれ。大隊長も寝てないからな」
「分かりました」
バネッサとカザフはもう少し寝てから、先の調査に出てもらうことに。
「マーギン、何をするの?」
「ん? 何もなかったらすぐに皆の元にいく」
マーギンとカタリーナは粉末コーンスープを飲んで村に向かった。
「誰もいないね」
「そうだな。農村だから食糧を奪われまいと、閉じこもってるのかもな」
食糧が不足していると、強奪に合う可能性が出てくる。そろそろ戦地にも近くなってきているからなおさらだな。
村に人の気配はある。こちらの様子を伺っているのだろう。
「この村に魔犬に噛まれたやつはいるか?」
マーギンが大きな声で叫ぶ。
シーン。
「黒い魔犬に噛まれたやつがいたら、被害が増えるぞ。今なら治してやることができるかもしれん」
と、大きな声で叫び、しばらく待っても反応なしだ。
「誰も出てこないね」
「そうだな。じゃ、戻るか」
何もないならそれでいい。
と、村の中を探そうともせず、本当にただ叫んだだけで村を出ようとしたマーギン達に、1人の男が大きなフォークのようなものを構えて出てきた。
「おっ、お前ら何者だ」
「黒い魔犬に噛まれたやつがいないなら用はない。驚かせて悪かったな」
「く、黒い魔犬に噛まれたらどうなる?」
「噛まれたやつは気が狂って魔犬みたいになる。そうなったら助けられんが、熱を出して寝込んでいるぐらいまでなら、助けることができるかもしれん」
「魔犬みたいになるだと……?」
「そう。人を襲ったりもするようになる。そいつに噛まれたり、引っかかれたりしたら、やられたやつも同じようになるぞ」
そう教えると、男は黙った。
「もしそうなったら、どうすればいい?」
「殺すしかなくなる。同じ村人を殺すのをためらうと、村が全滅するからな。殺さずに捕まえて、縛ろうとしたやつもやられる。いつもよりずっと強い力が出るんだ。自分の腕や足が折れても向かってくるから相当厄介だぞ」
「……た、助けられるのか?」
「間に合えば多分な」
「何を支払えばいい? 金はあまりない」
「別に何もいらんよ。噛まれたやつがいるならさっさと案内しろ」
そういうと、男は家の納屋に案内した。
「息子が1ヶ月ほど前に噛まれた。なんとか魔犬の群れを追い払ったが、噛まれたところが膿んできて、3日程前から熱を出して意識が薄い。薬草も効いてない。魔犬が黒かったかどうかは分からない」
熱の原因が分からず、流行り病だとしたら、他の者にうつすかもしれないと、納屋で隔離しているそうだ。
ウンウンとうなされている子供は10歳くらいだろうか?
「シャランランするね」
「待て。まだ黒い魔犬の影響かどうか分からん。まずは傷口を確認してからだ」
と、マーギンは男の子のそばにいき、噛まれた足を見た。
《スリープ!》
睡眠魔法を掛けてから麻酔魔法を追加。腐っている肉をナイフで取り除き、水魔法で洗う。
《ヒール!》
それから治癒魔法を掛けて様子を見る。
睡眠魔法を掛けられながらも息が荒かった男の子の呼吸がだんだんと落ち着き始めた。
「黒い魔犬の影響じゃなかったのかもしれん」
傷口が化膿して、熱を出していたのだろと、思った矢先、
「がぁぁぁっ!」
子供が突如として起き上がり、吠えた。
「ちっ、発症前の静けさだったか」
《パラライズ!》
睡眠魔法を自力で解いた男の子。より強い睡眠魔法を掛けると死んでしまう可能性があるので、麻痺させる。
「ぐっ、がっ……」
ヤバい、力のリミッターが外れている。このまま無理矢理動いたら、全身の骨が折れるかもしれん。かと言って、これ以上強いパラライズも危険。
「カタリーナ、男の子から毒が消えるイメージでシャランランしろっ」
マーギンは男の子を後ろから抱きしめて、暴れようとするのを抑える。
「私は癒しの聖女カタリーナ。聖杖エクレールよ、この子供の毒を消し去れ」
《シャランランっ!》
男の子が温かい光に包まれていく。
「ガッ、ウゥゥ……」
暴れようと抵抗する力が抜けていくのを感じたマーギン。パラライズを解除してそのまま抱きしめて落ち着くのを待った。
「すーすー」
男の子が寝息を立て始めた。スリープは解除していないのだ。
「良くやったカタリーナ。多分このまま落ち着く」
男の子の身体と服に洗浄魔法を掛け、抱いたまま男に渡す。
「朝になる頃には目を覚ます。家の中で寝かせてやってくれ」
「あっ、あんたらはいったい……」
「通りすがりのものだ。この村に来る前に魔犬は全滅させてきた。しばらく魔犬は出ないだろう」
それだけを言って、村を出ていく。
本当に助けるだけで何も要求してこなかった男と少女。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
と、男の子の父親はひたすら頭を下げて見送ったのであった。
「シャランランが効いて良かったね」
「そうだな」
発症しても、魔犬の毒を消せる治癒魔法が使えるのはカタリーナぐらいだろうな。ソフィアでも無理だったかもしれん。
「どうしてこの村に噛まれた人がいるって分かったの?」
「もしかしたらと思っただけで、確信があったわけじゃない。村の近くに魔犬がいたら噛まれている可能性が高いからな」
「ふーん。あのまま立ち寄らなかったらどうなってたの?」
「最悪の場合、村が全滅する。もしくは、魔犬の毒のことを知っていたら、噛まれた人は殺される。排他的な村なら、一家を皆殺しにするだろうな」
「酷い……」
「村人が全滅するより、その方が被害が少ない。皆もやりたくてやるわけじゃないからな」
マーギンの言葉を聞いて、カタリーナの胸は痛む。
マーギンとカタリーナは、他にも噛まれた人がいることを知らないまま、皆の休憩しているところに合流したのだった。
夜に移動して、日中は森で休憩するという移動を繰り返し、5日ほどで国境近くに到着。
「ここからは自分達で行けるか?」
「はい。何から何までありがとうございました」
「本国に戻れるかどうかは分からんけど、シュベタインに亡命してくるつもりがあるなら、俺の名前を出せ。引き受けてもらえるように働きかけてやる」
「それならマーギンの名前より、俺の名前の方がいいだろう。マーギン、お前の国の文字で俺の名前を書いてくれ」
「どうして?」
「名前を伝えるだけだと、他の者に利用される恐れがあるからな。お前しか読めない文字の手紙を持っていれば、証拠になる」
と、言われてカタカナで、スターム・ケルニーと書く。
「簡単すぎるな。もっと複雑な文字はないのか?」
漢字か……適当に当て字でいいか。
星夢蹴兄
星と書いてスターと読む。こんなの誰も思い付かないだろう。と、小学生並みの発想のマーギン。ちなみに、「蹴」はうろ覚えなので、正しく書けているかは不明。
「うむ、なんか格好良くていいな」
漢字の意味を知ると、ろくでもないけどな。と、マーギンは星形の吹き出しに浮かんだ夢を蹴飛ばすオルターネンを想像する。しかし、その夢を蹴飛ばされているのは自分のような気がして、嫌な気分になったのだった。
「じゃ、チューマンと港街に出た化け物……魔王のことを伝えてくれよ。各国で力を合わせないと、大陸の西側が滅びるぞと」
「かしこまりました。マーギンさんもご武運を!」
と、敬礼したあと、ウエサンプトンに向かって進んで行ったのだった。
「大隊長、このあとどうなるんでしょうね?」
「さぁな。我々にできることはやった。あとは3カ国の問題だ。我々がするべきことは、シュベタイン王国をどう守りきるかになる」
「そうですね……」
マーギンもそれは分かっている。
「チューマンを切り札と言った領主の言葉が気になるか?」
「えぇ。自分が生まれた国の物語にテイマーという、魔物を操れる話があるんですよ。もしかしたら、そういう能力か魔法が本当にあるかもしれません。チューマンを操れたら兵器になりますからね」
「操るか……それならば、あそこまで数を増やす必要はないだろう。10匹もいれば相当な戦力になる。それにまだ戦地に投入されていないのではないか? 今のゴルドバーンの状態で投入していないのであれば、操れるという考えは間違っていると思うぞ」
なるほど。
「では、ますますなんのことか分かりませんね」
「そうだ。それに調べて答えが分かったとしても何もできん。お前が他国の戦争に加担して、平定させるつもりなら調べる価値があると思うがな」
「いや、そんな気はないですから、もう気にしないことにします。各国は各国の考え方とやり方がありますし。俺には使命がありますから」
そう答えたマーギン。何かが心に引っかかるが、それを飲み込んで、タイベ経由で王都に戻りましょうかと言ったのであった。




