認めるわけがない
ピコスを皆で食べた夜。
「トルク、お前なんであんな無茶な突っ込み方したんだよ。応援にも行けないし、マーギンが助けに行かなかったら危なかっただろうが」
カザフ達はテントの中で今日ことを話し合っていた。
「うん、ごめんね」
「魔法を使えばもっと楽に戦えたんじゃないのかよ」
「マーギンが俺達には魔法を教えるのはまだ早いって言ってたじゃない? あれの意味が今回の遠征でよく分かったんだよねー」
「先に基礎を覚えろってやつだよな」
「うん。カザフはバネッサ姉と同じような訓練してるし、タジキも力を付ける訓練をしてるけど、僕は見えない手を使ってることが多いんだよね」
「そうだな。サリドンと一緒に軍人の訓練の手伝いしてたな」
「でさ、マーギンがチューマンを剣で倒すのを見て、かっこいいと思ったんだよねー。スッと敵の懐に入ってスパッと斬る。敵がマーギンに斬られようとしているのかと思うような感じなんだー」
「確かにマーギンって、動きが速いだけじゃなくて、敵がどう動くか知ってるって感じだよな」
「うん。このまま見えない手に頼ってたら、そういうことができないんじゃないかなぁって。敵を倒すのも魔法の方が楽で簡単だと思うんだけど、ああいうことができて、初めて魔法も生きてくるんだろうねー」
「アイリスとか攻撃魔法とか凄くなったけど、守りが必要だからな」
「うん。僕はこのまま魔法に頼ってたら、誰かに守ってもらわないとダメになると思うんだー。だから、しばらく魔法は封印して、剣で戦えるようになろうと思う」
「そっか。なら俺達もそういうつもりでいるわ。その代わり、無茶な戦い方すんなよ。お前だけ失格って言われ続けるぞ」
「うん。今度はもっと戦えるように頑張る」
マーギン達のテントはバネッサ、アイリス、カタリーナもいて狭い。
「ねぇマーギン」
と、カタリーナが寝転びながら話しかけてくる。
「なんだ?」
「マーギンの生まれた国の文字って難しいんだよね?」
「そうだな。文字一つ一つに意味があるからな」
「マーギンの名前にはどんな意味があるの?」
「ん? 本名のことか?」
「うん」
「家名はなんか元になったものがあるだろうけど、よく知らないなぁ。多分、地名か、いい田んぼとかそんな意味じゃないかな」
「じゃあ名前は?」
「俺には兄貴がいてな、兄がキンイチ。金は一番高い金属だろ? それと、一番のイチを組み合わせてある。長男に付ける名前だな。で、俺はギンジロウ。銀は金属で2番目の金属、次はつぎという意味だ。郎は男って意味だな。つまり次男って名前だ。俺の生まれた国の人なら、俺の名前を見たら次男だとすぐに分かるぞ」
「へぇ、こっちの文字でどう書くの?」
「ん、そのまんまだぞ」
と、マーギンは自分の名前を今の文字で書く。
「あっ……」
「なんだよ?」
「ううん、別になんでもない。私の名前をマーギンの国の文字で書いて」
カタカナでカタリーナと書く。
「この文字にはどんな意味があるの?」
「この文字は意味を持たない。ここの文字と同じだ」
「全部意味があるんじゃないの?」
「文字が3種類あるんだよ。意味のある文字とない文字が2種類だ」
「覚えることたくさんあって大変じゃない?」
「大変だぞ。俺はあんまり頭のいいほうじゃなかったから特にな」
この話を聞いていたバネッサとアイリスも、自分の名前を書いて欲しいと言ったので書いてやる。そして、後にカタカナブームがくることを知らないマーギンなのであった。
◆◆◆
ゴルドバーンの領主と面談できることになった大隊長とローズ。
「貴様らは他国のハンターだそうだな。凄腕の治癒師は連れてこなかったのか」
「我々はシュベタイン王国のもの。私はスターム・ケルニー。こいつはフェアリーローズ・バアム。今回、我々は王の命でゴルドバーンの調査に来たのだ」
「なに……?」
「毎年来る商船が来なかったので、ノウブシルクと交戦しているのではないかと陛下が懸念されたのだ」
「もしや、応援をしてくれるつもりか?」
「いや、本来は内密で調査だけをして戻るつもりであったのだが、この地の状況を見て、忠告に参った」
「忠告だと?」
「貴殿は虫の人型のような化け物のことは知っておられるな?」
領主は険しい顔をする。
「それがなにか?」
「我々はあの化け物をチューマンと呼んでいる。領主が領民を見捨てたことにより、チューマンが急速に数を増やした。これをどうされるつもりですかな? そのうち、南の地だけでなく、港街へと続く街から領都まで襲われますぞ。そして、大量の餌を得た化け物がさらに数を増やし、ゴルドバーン全体に被害が及ぶ。その次はウエサンプトン、そしてノウブシルクだ」
「戯言を……」
「それと、港街を壊滅状態にした化け物も出た。早く手を打たねば手遅れになりますぞ」
「応援をよこしてくるのでなければ、貴殿らには関係のない話だ」
「それと、ノウブシルク兵の無条件解放をしてもらいたい。ノウブシルクにゴルドバーンの捕虜がいるなら、役付きのものはそれと交換でも……」
「何を勝手なことを。ノウブシルク兵は全員処刑する」
「ゴルドバーン兵とノウブシルク兵の命を我々の仲間が救ったのだ。殺されては困る。彼らにはチューマンと、港街に出た化け物の情報を持って帰ってもらわねばならぬのだ」
「ええーい、他国のことに口出しをするなっ! ここは私の領地だ。私が全てを決定するのだ」
「領主殿、いいですか、もはや戦争をしている場合ではなくなっているのです。ノウブシルクと停戦し、戦力をチューマンに割かないと、本当に滅びますぞ。倒し方は僭越ながら伝授申し上げる」
「停戦はゴルドバーンではなく、ノウブシルクに言えっ。こちらは防衛戦をしているまでだ」
「ですから、ノウブシルク兵を解放し、チューマンと化け物の情報を持っていってもらわねばならんのです。その上で、ゴルドバーンとノウブシルクで話合いを……」
「ええーい、うるさい。あの化け物は切り札……いや、シュベタインの者には関係のない話だ。お引き取りを願おう」
「手遅れになりますぞ」
「貴殿らには関係のない話だ」
そして、何を言っても取り合おうとせず、大隊長達は追い返されたのであった。
「ローズ、領主とはあのような感じの者が多い」
徒歩で港街に戻る大隊長とローズ。
「あのようなとは?」
「他の者の忠告を聞かん。自分で何もかも決めないと気が済まないのだ」
「そうなのかもしれませんね」
「もし、あの場で姫様を差し出せと言い出していたらどうしていた? あの手のやつはいくら断っても聞く耳を持たんぞ」
「戦うしかなくなりますね」
「姫様は人を救うお人になられた。その護衛が人を傷付けるのか?」
「しかし……それしか方法が思いつきません」
「そうだ。素直に言うことを聞くか、戦うしか方法がなくなる。お前はそういったことからも姫様をお守りせねばならんのだ」
「私はどうすれば良いのでしょうか?」
「姫様に自重させるのだ。つまり、厄介なやつに目を付けられないようにしろということだ。マーギンは姫様が誰かれ構わず治癒するのをやめさせようとしていただろ」
「はい」
「本来はお前があれをせねばならんのだ。護衛対象を危険に近付けようとするなと言われたのを忘れたか? あれは魔物やチューマンとかだけではないぞ。厄介ごとも含まれている」
「はい」
「それと、兵士達を姫様に治癒させた意味は分かるか?」
「聖女の力で治癒するのが一番良いとのことでは……?」
「怪我の治癒はマーギンもできる。相手は怪我をしていても他国の兵士達だ。しかも戦時下のな。本来であれば姫様でなく、マーギンが自分で治癒するのが一番良い。それはマーギンが一番分かっていただろう。しかし、姫様にだけ治癒させた。何か意味があるとは思わんか?」
「わ、分かりません」
「数日に渡って、治癒し続けた姫様はどうなった?」
「お疲れが出て、倒れそうになられました」
「そうだ。たったの数日であのお疲れだ。シュベタインに戻れば、自国の領主や貴族が姫様に無茶をすることはない。しかし、このまま誰かれ構わず治癒し続ければ、今回兵士達を治癒した日々が毎日のことになるとは思わんか?」
「そ、そうかもしれません」
「姫様は姫様にしか治せない者だけを治癒してもらうのが一番良いのだろう。だからお前は、助けを求める者から恨まれようとも姫様をお守りせねばならんのだ」
「かしこまりました」
「姫様の護衛は厄介だぞ。いくつも先回りして考えるクセを付けておけ」
「はい……」
歩いていると、時間が掛かり過ぎるので、2人はダッシュで港街へと戻った。
「大隊長、どうでした?」
「侵略してきた兵士の無条件解放など認めるわけがないだろう」
と、笑う。
「そうですよね。勝手に戻らせます?」
「いや、我々が護衛に付く。構わんか?」
「いいですよ。ウエサンプトンまで連れて行けばいいんですね? ゴルドバーンの兵士はどうします? 何もせずに逃がしたことを咎められるんじゃないですかねぇ」
「それは俺が責任を取る」
「どうやって?」
「ゴルドバーンの隊長に、領主からの許可をもらったと伝えればいいだけのことだ」
なるほどね。こうなることは初めから分かってたんだな。
「で、気になることがある」
「なんでしょう?」
「領主が口を滑らせてな、チューマンを切り札だと言った。何をするつもりか分かるか?」
チューマンが切り札だと?
「戦力として使う方法があるんですかね?」
「分からん。何か策があるのかもしれんな」
まさか、チューマンを増やして他国に進出させるつもりだったのか? そのために先住民を見殺しというか、餌に使ったのだとしたら……
マーギンは毛が逆立つほど、怒りをあらわにするのであった。




