笑いごとじゃねぇ
「大丈夫かっ!」
大隊長が皆の安全を確認する。
「痛ててて。大隊長、耳が痛ぇ」
カザフ達が耳を押さえている。
「俺の声は聞こえるか?」
「聞こえる」
「なら、大丈夫だ」
他のみんなもかすり傷程度ですんだが、爆発があったと思われる方向の家に被害が出ているかもしれない。
「怪我人が出てると思われる。姫殿下、ご同行お願いします」
「うん。すぐに行こう」
と、被害が出ているであろう場所にカザフ達とノイエクスも連れて行った。
「……マーギン?」
「マーギンさん?」
バネッサとアイリスが同時にマーギンの気配に気付く。そして、バネッサが養蚕工場の方に走る。ワンテンポ遅れてアイリスも向かった。
「マーギンっ!」
「マーギンさんっ!」
養蚕工場の壁の近くで血を吐いて倒れているマーギン。
「しっかりしろっ」
バネッサがマーギンを抱き上げようとする。
ぬるっ。
「えっ?」
血を吐いているだけでなく、身体が焼けただれ、抱き上げようとしたバネッサの手に嫌な感触が伝わる。
「大丈夫かっ! マーギンしっかりしろっ」
しかし反応しないマーギン。
「マーギンさんっ、マーギンさんっ、しっかりしてくださいっ!」
「アイリスっ、カタリーナを呼んで来いっ。このままじゃやべぇ」
「はいっ」
「マーギン、しっかりしろっ。マーギンっ、マーギンっ!」
しかしマーギンはピクリとも動かない。
「……嘘だろ……息してねぇ……」
何度呼びかけても反応しないマーギンの呼吸が止まっていた。
「クソッ、死ぬなマーギンっ!」
バネッサはマーギンの口の中に溜まった血を吸い出し、人工呼吸をする。
「うちをおいて死ぬなっ!」
すぐに口に溜まる血を吸っては息を吹き込んでいく。バネッサはボロボロと泣きながら、人工呼吸を続けた。
「姫様っ! マーギンさんがっ、マーギンさんが血を吐いて倒れてるっ! 早く来て」
「えっ?」
爆風で家が倒壊し、その下敷きになっている村人を救出中の大隊長達。トルクが見えない手で村人が押しつぶされないように瓦礫を持ち上げ、大隊長がそれを支えていた。
「痛いよぉ、痛いよぉ」
「ナナっ、ナナっ、しっかりして」
そこには瓦礫の下敷きになっている子供がいる。母親も我が子を助けようと必死だ。しかし、瓦礫の下から救出してからでないとシャランランを掛けても無駄。
「で、でもこの子が……」
「アイリスっ、マーギンの意識はあるかっ?」
大隊長がマーギンの状態を確認する。
「ありません。身体にも酷い火傷を負ってます」
そして、痛いと言っていた子供の意識が途絶えた。
命の選択を迫られるカタリーナ。
「アイリス、この子を助けたらすぐに向かう」
「えっ……何を言ってるんですか……マーギンさんが死ぬかもしれないんですよっ!」
マーギンが死ぬと聞かされて、カタリーナの心が引き裂かれそうになる。しかし、マーギンには治癒能力がある。この子供は自分が治癒しないと助からない。カタリーナはマーギンが死ぬわけがないと自分に言い聞かせる。
「アイリス、この子にスリップを掛けてっ! タジキ、この子を引っ張って」
トルクも慎重にやるより、一気にやるほうがいいと、複数の見えない手を使って瓦礫を持ち上げた。
「今だっ!」
《スリップ!》
トルクの声に合わせて、アイリスがスリップを掛け、タジキが引っ張った。
スポン。
子供の救出に成功。
《シャランラン!》
子供の怪我は治ったと思われるが、呼吸が止まっている。
「姫様、早くっ!」
ローズはカタリーナを連れてマーギンの元へ向かおうとする。
「この子、息をしてないっ!」
「姫様、ここは任せて、マーギンのところへ行け」
大隊長が子供に人工呼吸を始め、カタリーナをマーギンの元へと向かわせた。
「ゴホッ、ゴホッ」
「マーギン、気が付いたかっ」
「こ、ここはどこ……だ。チュ……チューマンの巣は……うぐっ……」
込み上げてくる血を吐き出せないマーギン。
バネッサはそれを見て、自分の口で血を吸い出す。
「マーギンっ!」
そこへカタリーナが飛び込んできた。
《シャランランっ!》
マーギンを見るなり、シャランランを掛ける。そのことにより、火傷は治っていくが、ダメージを受けた内臓が回復しない。
「カタリーナ……大丈夫だ……あとは自分で……ゴフッ」
「クソッ」
バネッサはまたマーギンの口から血を吸い出す。
「マーギンっ、マーギンっ」
「カタリーナ……あとは自分でできる……だから……そんな顔をすんな」
泣きじゃくっているカタリーナに少し笑顔で応えるマーギン。
「バネッサ……悪い、ちょっと寝る……」
意識を取り戻したマーギンは自己治癒能力で内臓からの出血を止めた。火傷と内臓の治癒をしたことで、急速に体力を奪われ、気絶するように眠ったのであった。
マーギンが助かったと聞いた大隊長は、カタリーナに他の怪我人の治癒をするように指示をした。
村人達の治癒が終わったあと、皆がマーギンの元に集まる。
「バネッサさん、これで顔を拭いてください」
マーギンの血を吸い出したことで、バネッサの顔も血まみれだった。
「あぁ」
バネッサは自分の顔をタオルで拭う。
「代わります」
「いい。うちがこうしてる」
アイリスが交代を申し出たが、バネッサは断った。マーギンはバネッサの膝枕でスースーと寝息を立てているのだ。
「容態は落ち着いているみたいだな」
大隊長はその様子を見て、もう大丈夫だと判断する。
「あぁ。ヘビにやられたときもこんなんだったからな。多分、今自分で回復してんだろうよ」
「そうか。ではカザフ、トルク、タジキ、ノイエクス。今から調査に出る」
「何を調べんだ?」
「マーギンが潰した巣の確認だ。残党がいれば狩る」
「俺達は戦うなって……」
「気合入れろ」
大隊長はそう言って、カザフ達を連れて村の外に出ていった。
「何をやったらこんな状態になるのだ?」
大隊長達が目にしたものは森がなくなり、巨大なクレーターというか、カルデラのようなものだった。
「すっげぇ、下に降りてみようぜ」
「やめろ。多分下はまだ高温だ」
「高温?」
「そこらの岩をみてみろ。溶けて固まったような感じがするだろ。恐らくマーギンは超高温でチューマンの巣を焼いたというか、爆発をさせたのだろう」
「じゃあ、マーギンはその爆発に巻き込まれて、村まで飛ばされたってのか?」
「それは考えにくい。この爆発で飛ばされたのなら、あの程度の怪我ではすまんだろう。いや、マーギンならプロテクションを張っていた可能性があるか……」
大隊長はマーギンなら、この爆発でも助かるのかもしれんと考える。そうだとすればチューマンもまた……
「チューマンの残党がいないか確認をする。単独で動くな。やつらは気配がない」
この辺りの森がなくなったことにより、隠れられる場所はないが、岩の陰にチューマンが潜んでいないか慎重に確認をするのであった。
◆◆◆
「爆ぜろっ!」
マーギンがフェニックスを超高温にしたあと、プロテクションボールを解除した。
カッ!
巣の入口からまばゆい光が漏れた瞬間。
ドゴーーーン。
やばいっ!
タイベでチューマンの巣を焼いたときとは比べ物にならないほどの爆発。ここまで離れたら大丈夫だとの目算を誤ったマーギン。
《プロテ……》
プロテクションを張ろうとしたが間に合わず、両手をクロスしたマーギンに爆発した水蒸気と衝撃が襲う。
ブオン。
吹き飛ばされたマーギンのうしろに転移の魔法陣が出て、養蚕工場の壁に叩き付けられたのだった。
◆◆◆
マーギンが目を覚ましたのは、気を失ってから3日後のことだった。
目を覚まさないマーギンをマットレスに寝かせ、バネッサがずっと横に付き添ったままだった。
その間、ローズはカタリーナと共に、怪我をしている村人達の治癒を手伝い、アイリスはトルク達とセットで瓦礫除去を行っていたのだ。
「くっ、身体が重い……」
ずっと寝たままだったマーギン。目が覚めても身体が重くて動かすのが億劫だ。
ふと、横を向くと目の下に隈ができたバネッサが寝ていた。
ずっと付き添ってくれてたのか。
マーギンはバネッサの頭を撫でる。
パチッ。
「ようやく起きたのかよ?」
「俺はどうやってここに来た?」
「知るかよ。爆発で飛ばされてきたんじゃねーのか?」
あの場所からここまで飛ばされた? よく生きてたな俺。
「もう平気か?」
「あぁ。身体がめっちゃだるいけどな」
そう答えると、バネッサがぎゅっと抱きついてきた。
「バ、バネッサ?」
「馬鹿野郎……死んじまうかと思ったじゃねーかよ……」
そう言ってグスグスと泣く。
「悪かった。自分の魔法で死にかけるとか笑かすよな」
「笑いごとじゃねぇ……」
バネッサはマーギンに抱きついたまま、しばらく泣き続けたのであった。




