一番弟子
バネッサの言った通りだな。まるで砂糖に群がる蟻のようだ。
そして、村の中から悲鳴も聞こえる。すでに侵入されてしまったのだろう。
「大隊長、対チューマン戦は斬るのではなく、ヴィコーレで頭を砕いてください」
「分かった」
「バネッサ、あのチューマンが関節を庇うかオスクリタで試してくれ。庇うようなら、俺が動きを止める。その隙に関節を斬れ」
「了解」
「カザフ、タジキ、トルク。お前らは絶対に倒しに行くな。距離を取って見てろ。誰かがやられたら、即座に離脱。カタリーナのところに行って、全員で街まで退避しろ。いいな、これは絶対だからな」
「わ、分かった」
「いいか、絶対にだぞ」
マーギンは念を押しておく。このメンツでやられるようなら、カザフ達が助けに入っても無駄死にする。
「バネッサ、ある程度数を減らしたら、大隊長と組んでくれ」
「なんかやるのか?」
「俺は村の中のやつを殲滅する」
「分かった」
「よし、突撃っ!」
「「うぉぉぉっ!」」
大隊長とバネッサは、村より自分に意識を向けさせるために大声を出しながら突進した。チューマンもそれに気付いて、ギチギチと威嚇を始める。
「食らえっ!」
バネッサが投げたオスクリタが大きく弧を描きながら、チューマン目掛けて襲い掛かり、いきなり低空に軌道を変えた。
スパッスパッ!
「おっ、関節を庇いやがらねぇ」
「そうだな。なら、バネッサは距離を取って、オスクリタで狩ってくれ」
「了解っ!」
大隊長はヴィコーレを軽々と振り回して、チューマンの頭を砕いていく。マーギンはその勇姿を見て、顔がほころんだ。
懐かしいわ、この光景……
「トルク、付いてこい。村の中に入る」
マーギンはプロテクション階段を出して、空中から村に突入する。
「ギャーーーっ」
「キャァーーっ」
今にも村人に襲い掛かろうとしているチューマン。
「トルク、ここから見とけ」
プロテクションの足場にトルクを残し、マーギンは妖剣バンパイアを手にして飛び降りた。
「フンっ!」
空中からチューマン目掛けて妖剣バンパイアで真っ二つにした。
「みんなが集まっているところはどこだ?」
「あっ、あなたは……」
いきなり空から降ってきた男に驚く2人。
「いいから、さっさと連れて行け。間に合わなくなるぞ」
「はっ、はい」
人々は魔カイコの養蚕工場に集まっているらしい。
途中でギチギチと威嚇音を出しながら、襲い掛かって来ようとするチューマンを2匹倒した。
「そっ、そんな……」
魔カイコの養蚕工場から、3匹のチューマンが肉ダンゴを持って出てきた。
「ちっ。遅かったか」
その光景を見てガクガクと震える二人。
マーギンは肉ダンゴを持ったチューマンがどこに行くのか見守り、その姿が見えなくなったあと、養蚕工場に入った。
「化け物はもういないのか?」
身を寄せ合うように震えている住人達は返事ができない。しかし、チューマンが潜んでいる様子もない。
「街の外の化け物と仲間が戦っている。村の中のやつは倒した。しばらくここで待機してろ」
マーギンはそう言い残して、建物全体に強化魔法を掛け、プロテクション階段で空に上がる。
「トルク、一緒に来い」
トルクを連れて、肉ダンゴを持ったチューマンの方へ向かうと、塀近くの地面に穴が掘られており、そこから侵入したようだ。マーギンはその穴を土魔法で塞ぎ、強化魔法で固めておく。
「バネッサ達のところに戻る」
再びプロテクション階段を使ってバネッサ達のところに戻ることにした。
「まだイケるか?」
「キリがねぇぜこいつら。いったい何匹いやがんだ」
「マーギン、この人数じゃ分が悪いぞ。そのうち体力切れになる。何か策はないのか?」
大隊長も一旦退避してきた。生死を掛けた戦いは極度に神経と体力を消耗する。もう1人剣士がいれば戦い方も変わってくるのだが……
「こいつら、魔法が効かないから、物理で倒し続けるしかないんだよ」
「まったく、厄介な相手だな」
「本当に。俺が今から突っ込むから、援護を頼んでいいですかね」
「1人で突っ込むのか?」
「バンパイアを振り回すから、斬り漏らしたやつをお願いします。うしろを気にしなくていいなら、集中しやすい」
「分かった。ヤバかったら退避するからな」
「大丈夫。早く倒さないと、巣に戻ったやつを見失ってしまう」
◆◆◆
「ぐっ、うっ、うっ……」
カタリーナは涙を堪えようとしている。
「姫様……」
ローズもまた、自分の成すべきことを優先しなかった言動を怒鳴られ、心が重い。
「マーギンに嫌われちゃった……」
「そんなことないですよ」
と、アイリスがフォローを入れる。
「だって、だって……あんな怖い顔をして、私のことを邪魔だって……」
「ああでも言わないと、姫様がしつこく付いて行こうとすると思ったんですよ」
「でも……あんな怖い顔したことなかったもん」
「本当は邪魔だと思ったんじゃなくて、見せたくなかったんですよ。きっと」
「何を?」
「多分、たくさんの人が死んでます」
「えっ?」
「危ないだけなら、私達をプロテクションボールで包めば、問題ないはずなんです」
カタリーナは初めてチューマンに襲われたとき、マーギンがプロテクションで包んで守ってくれ、チューマンがプロテクションを破壊できないのは経験済みだった。
「そんなに人が死んでるの……」
「多分ですけど。それか、死にかけている人がいるのかもしれません。姫様がそれを見たら助けに行こうとすると思ったんだと思います」
「死にかけているなら、助けてあげないと」
その話を聞いていた村の男が走りだそうとする。
《スリップ!》
べシャンっ。
「行っても無駄です。やめてください」
「村には妻と子供がいるんだっ。行かせてくれっ」
「ダメです。マーギンさんも治癒魔法を使えます。助けられるようなら、助けてくれます。姫様を行かせなかったのは、助からない人にまで治癒魔法を掛けに行こうとするからだと思います」
「えっ?」
「マーギンさんは優しいんですよ。私達に辛い思いをさせないためにここに残れと言ったんです」
「カザフ達は連れて行ったじゃない。あの子達は私より年下なのよ」
「カザフ達はこれから特務隊として最前線で戦うんです。悲惨な現場に慣れておけということなんだと思います」
アイリスはマーギンの意図をちゃんと汲み取っていた。
「私達がやるべきことは、マーギンさんに心配を掛けないこと。姫様は、戦いが終わったあとに頑張ってもらわないとダメかもしれませんので、今は待機です」
「俺も特務隊として、最前線で戦うものなんだぞ……」
「ノイエクスさんは、まだマーギンさんの信頼を得られてません。だから連れて行ってもらえなかったんです。力不足と判断されたと理解してください」
アイリスにびしゃっと言われて、ノイエクスは言い返せなかった。
「姫様っ、下がってくださいっ!」
そのとき、ローズが叫んだ。
「チュ、チューマン……」
いつの間にか、3匹のチューマンがこちらに向かってきた。
「ローズさん、姫様と逃げてください。ノイエクスさんは村の人を連れて逃げてください。私がここを食い止めます」
「アイリスっ、チューマンに炎攻撃は効かないのよっ。一緒に逃げてっ!」
「ダメです。ここで足止めしないと村の人の走るスピードだと追いつかれます。私は大丈夫ですから、早く逃げてくださいっ!」
《スリップ!》
アイリスはギチギチと威嚇音を出して近付いてくるチューマンをこかせた。
「こうして転ばせ続けますから早く走れっ!」
ローズは自分も戦うと言い掛けたが、カタリーナを担いでその場を離脱した。
「ノクスっ! その男を連れて逃げろ」
「ア、アイリスを置いて逃げるなんて……」
「アイリスはマーギンの一番弟子だ。お前が心配する必要はないっ!」
ローズに怒鳴られたノイエクスは唇を噛み締めて、男の手を引っ張って、その場から離れた。
《スリップ! スリップ! スリップ!》
チューマンを立ち上がらせないアイリス。
ボウッボウッボウッ。
そして空に向けてファイアーボールを打ち上げたのだった。
◆◆◆
「マーギンっ、姫様達のいる場所からファイアーボールが上がってる」
「なんだと?」
ちっ、チューマンが出たのか。
「うちが行ってきてやんよ。カザフ達を連れて行くぞ」
「頼む」
バネッサがカザフ達を連れてカタリーナ達のところに向かってくれた。
「大隊長、全力でやりますから、巻き込まれないようにしてください」
大隊長はマーギンから魔力が溢れ出しているのが分かった。
「うむ、いいフォースだ。思う存分暴れろ」
マーギンは妖剣バンパイアを掲げて、チューマンの群れに向けて突進する。
「1つ、2つ、3つ!」
ズババッ、ズババッとバンパイアの餌食になっていくチューマン。
「まったく、すさまじいものだな。剣の修行を途中でやめたやつの動きとは思えん」
大隊長は少し離れて付いて行くだけにとどまり、マーギンが討ち漏らすことはなかったのであった。
《ファイアスライム!》
スリップでこかせたチューマンにファイアスライムを纏わりつかせる。
「やっぱり効きませんね」
立ち上がれないチューマンは炎に纏わりつかれながら、ギチギチと威嚇する。
「えいっ!」
口を開けて威嚇したチューマンの口の中にファイアスライムを潜り込ませ、温度を上げていく。
「ギーーッ」
「まだまだ温度は上がりますよ」
アイリスが体内に潜り込ませたファイアスライムの温度上げていくと、口や関節から煙か水蒸気のようなものが出始めた。
「ギーーーっ、ギチギチ……ギチ……ギ……」
しばらくすると、立ち上がろうとすることもなくなり、ギチギチ音も出さなくなった。
「なんだよ、自分で倒せたのかよ?」
バネッサ達がやって来たときには、チューマンの口から煙が出ていた。
「はぁ、怖かったです」
「どうやって倒した? 炎攻撃は効かねぇだろ?」
「口の中にファイアスライムを入れたら効きましたよ」
「中から焼いたのか? お前、えげつねぇ、倒し方すんなぁ」
「これ、敵ですよね?」
と、キョトンとした顔でマーギンのようなことを言うアイリスにバネッサはちょっと引いた。
その間に、カザフがカタリーナ達を呼び戻しに行く。
「無事で良かった」
カタリーナがアイリスを抱き締める。ローズもノイエクスもホッとした顔をしていた。
「バネッサ、見ろよ、でっけー変な虫捕まえたぜ」
「気持ち悪ぃ、そんなもん捕まえてくんなよ」
「こんな虫見たことねぇから見せてやったのによ。牙とかすごくね?」
「ギチギチ言ってんじゃねーかよ。噛まれるぞ。うちに近づけんな」
カザフがバネッサに虫を近づけて嫌がらせをしている。
「この虫、チューマンと同じような音を出しますねぇ」
「そうなのか?」
カザフは間近でチューマンの威嚇音を聞いていない。
「本当だな。チューマンの子供じゃねーだろうな?」
「虫がここからデカくなるかよ」
「冗談に決まってんだろうが。どうやって、捕まえたんだ?」
「飛んで逃げていこうとしたところを、トルクが見えない手で掴んだんだ」
そのあと、あまりにもギチギチと音を出して、攻撃しようとしてくるので、バネッサがオスクリタで串刺しにしたのであった。
「俺は必要なかったな」
全てのチューマンを殲滅したマーギン。
「あとを頼んでいいですか?」
「巣を探しに行くのか?」
「まだ追いつけないほど遠くに行ってないと思うんですよ。ここまでチューマンが増えてるなら、デカい巣があるはずなんです、それを潰してきますよ」
「分かった。村人はどうなってる?」
養蚕工場にいることを伝え、マーギンはチューマンの巣を探しに出たのであった。




