邪魔だ
森の中を抜けて到着した街はゴルドバーン南部から港街への中継地だった。
「ここ、前に来た街だわ」
「なら、地理は分かるか?」
「前に来たときは覗いたぐらいだからぜんぜん。だけど、活気がなくなってるね」
そう、前に来たときより人の往来が極端に少ない。
「戦地から離れていてもこんなに影響が出ているのだな」
「どこの街も同じなんだろうね。これじゃ、シュベタインに商業船を出すどころじゃないのも頷けるわ」
「そうだな。取り敢えず、ハンター組合に行ってみるか?」
「そうだね。港街のリンマーやピコスとかの情報があるかもしれない」
と、大隊長と行き先を決めて、街中へと進んでいくと、あちこちの軒先に先住民らしき人達が座っている。チューマンの脅威から避難してきたけど、行くあてがないのだろう。
「カタリーナ、ここでは余計なことをすんなよ。収拾が付かなくなる」
「うん……」
治癒より食料が必要だろうけど、全員を食べさせてやれるほど食料は持っていない。
「あの子、泣いてる……」
「見るな」
マーギンも気にはなる。あの子供だけなら、食べられる物をあげてもいいが、そういうわけにはいかないだろう。
と、マーギンも断腸の思いで見ないようにしていると、カザフ達が泣いてる子供のところへ走って行った。
「おい、カザフ」
「ちょっとだけ」
何をするつもりだ?
「お前、腹減ってんのか?」
「うん……お兄ちゃん達誰?」
「俺達は魔物討伐をしてるんだ。腹が減ってるなら、ネズミでも捕まえて食えばいいだろ?」
「ネズミ?」
「ちょっと、あなた達。私の子供に変な物を食べろとか言わないでちょうだい」
と、母親らしき人が、子供を抱き寄せてカザフ達に怒鳴った。
「変? 俺達は毎日ネズミを食ってたぞ。捕まえ方なら教えてやれるけど、食いたくないなら別にいいや」
と、それだけを言って、マーギンの元に戻ってきた。
「マーギン、あいつらまだそこまで追い詰められてないから大丈夫だ」
「そうか。ありがとうな」
さすが元孤児だ。食えるものを選り好みしている間は心配ないってことか。
「ネズミがあちこちにチョロチョロしてたから、ここらにいるやつらは誰も食ってないんだよ。俺達のいた貧民街のネズミは人を見たら、あっという間に逃げるからな」
なるほどな。まだ避難したてで、そこまで追い詰められてない状況か。
カザフ達の言葉を聞いて、少し心が軽くなるマーギン。カザフ達は夜にネズミ捕りしようぜとか楽しそうにしていた。そういやこいつらは貧民街で暮らしてても、悲壮感はなかったからな。
そして、気が付くとバネッサがいない。どこに行ったのかと探すと、さっきの子供のところに何匹かネズミを捕まえて、目の前に置いていた。
「焼けば食える。食うかどうかは自分で決めろ」
それだけを言って戻ってきた。
「さっさと組合に行こうぜ」
「機嫌悪そうだな?」
「誰かの施しを待ってるだけってのが気に食わねぇんだよ。生きたきゃ自分でなんとかしようと思えってんだ」
バネッサも孤児みたいな生活をしていたんだったな。こいつから見たら、あの母子はまだまだ甘いと感じるのだろう。これから今よりいい状況になっていくわけじゃなさそうだしな。
カタリーナは何度も振り返って見ていたが、カザフ達はネズミをどの罠で捕るか、楽しそうに話していた。当たり前の水準が違いすぎるな、このメンバー。
組合に到着すると、先住民らしき男が大きな声でお願いします、お願いしますと叫んでいた。
「なんかあったのか?」
と、バネッサがその男に声を掛ける。
「ハンターさん達ですかっ?」
「そうだけどよ、うちらは他にやることあるから、依頼は受けねぇぞ」
「助けてくださいっ、うちの村が、うちの村が化け物に囲まれているんです」
「化け物って、チューマンか?」
「名前は分かりません。人型の魔物です。腕が4本で、爪が剣のようになってる化け物です」
「マーギン、村がチューマンに襲われてるんだとよ。どうする?」
「ここのハンターは討伐に出てくれないのか? 俺達はここのハンターじゃないんだよ」
「い、依頼金がないのと……化け物相手に無理だと言われました。こうしている間にも村が……妻や子が……」
マーギン達は組合に入らず、男の話を聞くことに。
男の話によると、魔カイコの養蚕をしている村らしく、魔蛾対策で村は塀で囲われているので、なんとか耐えている状況とのこと。領軍かハンターが助けに来てくれると信じて立て籠もっていたが、いつまで経っても誰も来てくれないので、何人かで街に救助を求めて来たらしい。
「他のやつは?」
「殺られました……」
「村には何人ぐらい残ってる?」
「200人ぐらいです」
魔桑木の管理をしていた者、戦おうとした者、そういった者たちが次々に襲われ、避難することもできなくなり、立て籠もっているようだ。
「大隊長、港街より先にチューマンを討伐しに行きたいんだけど」
「構わんぞ」
「了解。ここからどれぐらいの距離だ?」
「徒歩で1日です」
「なら、走れば半日で着くな。今から出るぞ」
「た、助けてくださるんですか……?」
「お前が助けてくれと頼んだんだろ?」
「は、はい。相手は化け物で、剣でも斬れなくて……」
「知ってる」
「え?」
マーギンはそれ以上説明をせずに、男に村までの道案内をさせることに。
門へ向かう途中に、路地で呻く声が聞こえた。
「大丈夫?」
ビクッ。
声を掛けられて警戒する男。
「カタリーナ、先を急ぐと言っただろうが。そいつはほっとけ」
呻いていた男は布でグルグル巻にした足から血が滲んでいる。すでに血が黒くなっている部分もある。止血してから無理矢理動いてまた出血したのだろう。マーギンは何かがおかしいと感じた。
《シャランラン!》
「ったく、ほっとけと言っただろうが」
「だからすぐに戻ってきたじゃない」
「うるさい。勝手なことをすんな」
マーギンに怒られたカタリーナ。怒られるのは分かっていたけど、あのまま放置すれば足を失うかもしれないと思ったのだ。
「ローズも護衛対象を危ないところに近付けさせんな」
「も、申し訳ない」
マーギンはカタリーナだけでなく、ローズにも怒鳴った。
そして、街を出てしばらく進んだあと、
「バネッサ、お前が斥候だ。俺と離れ過ぎないように先行してくれ。俺のうしろにカタリーナとローズにノイエクス。大隊長とアイリスは最後尾を頼みます。カザフ達はそれぞれに付け。今から全力ダッシュする」
「こ、ここから走るんですか。まだまだ距離があります」
先住民の男は無理ですよと言う。
「うるさい。お前は俺に乗れ。どうせ付いて来れないだろうからな。俺のうしろから進行方向を教えるだけでいい」
と、マーギンは男をおぶって、ホバー移動をしながら、先行するバネッサとカザフ以外の全員を追い風で包んでスピードを上げたのだった。
村に近いところまで来たときにバネッサが振り返る。マーギンがピッと指を差して合図をすると、そのままシュンッと消えるように村の様子を見に行った。
「マーギン、やべぇ。ウジャウジャいて、村を囲んでやがるぜ」
「そんなに多いのか?」
「村は、村は大丈夫でしたかっ?」
「チューマンが中にまで入ってるかどうかまで確認してねぇけど、時間の問題じゃねーかな」
「そっ、そんな……」
「ローズ、カタリーナ、アイリス、ノイエクスはここで待機。カザフ達は参戦せずにうしろから見学のみ。絶対に参戦するな」
「わ、我々も……」
「だからローズは護衛対象を危険に近付けるなって言っただろうが。こいつもここで待機させるから、チューマンが来たら一緒に逃げろ」
「私は聖女なのよ。一緒に行く」
「邪魔だから来んな」
「邪魔……」
マーギンにきっぱりと邪魔だと言われたカタリーナは泣きそうな顔でそれ以上何も言えなかったのであった。




