思惑を知る
「おー、すげぇのできてんじゃん」
「だろ? 風がなくてもスピードを出せる船だ」
「船に名前とか付けたのか?」
「アニカディア号だ」
やめろ。訴えられるぞ。
「へへっ、良い名前だろ?」
マーロックがあまりにも嬉しそうに言うので、名前を変えろとも言えなくなってしまったマーギン。
「船首にこいつを取り付ける場所を作ってあるよな?」
「バッチリだ」
アニカディア号は帆と片側5人で漕ぐ事も出来る船だ。船体はスリムで結構大きい。海が荒れた時用の収納式のサイドフロートまで装備されている。この船を短期間でよく作ったものだ。
マーギンは船に強化魔法を掛けていく。これで海の魔物に体当たりされても壊れる事はないだろう。
バリスタを取り付ける場所はさらに強化する。ロッカの親父さんがありえないぐらい強力に作ったものだ。撃った時に手持ちのバリスタとは比較にならないほど衝撃が加わるに違いない。
強化ができた後に船に乗り込み、アイテムボックスからバリスタを出して皆で設置していく。
「ほう、こいつを取り付けたらさらにカッコよくなりやがったぜ」
確かに。中二心を刺激するような船だ。
「明日、ナムの村の港にこいつで行く。その時にこのバリスタと手持ちのを試射するから」
「おう、魔物を心待ちにする日が来るとは思わなかったぜ」
新しい武器を見たら使いたくなるのは人の心理。魔物を撃つのが楽しみで仕方がないらしい。
その後、バリスタとクロスボウの動作チェックをして、また孤児院へと戻ったのであった。
ー北西の辺境伯領に向かった大隊長達ー
オルターネンは弟のノイエクスにボア寄せを内緒で掛けてから出発した。
「西の領都まで走るぞ」
鎧を着ていない大隊長の足は速い。オルターネンとロッカとラリー達は問題なく付いていけているが、ノイエクスとアイリスが遅れがちになる。
「速いです、速いですっ」
「お前はもうこれぐらい走れるようになっているだろ? 本気を出さないと尻が大変な事になるぞ」
ロッカに剣でお尻をツンツンされながら走らされるアイリス。
「刺さりますっ」
「なら、刺さらないように走れ」
アイリスはロッカに追い立てられて皆に付いて行かされることで最後尾はノイエクスとなった。大隊長はチラリと後ろを見た後に少しスピードを上げる。
「くそっ、いつまで続くんだっ」
大隊長は休憩ポイントで止まる素振りすら見せずに走った。
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ」
とうとう付いていけなくなったノイエクスの足が止まった。
「なんなんだよ…… どうしてみんな付いてけるんだ」
ノイエクスが走れなくなったのを大隊長もオルターネンも分かっているが止まってやらずにそのまま進んだ。
「くそっ」
一息付いたノイエクス。気持ちは走ろうとするが足が前に進もうとしない。
ガサッ。
「ん?」
ザッ、ザッ、ザッ。
何かが土を掘るような音が聞こえた。
「げっ、ボアじゃねーかよっ」
ノイエクスは剣を抜いて構えた。が、
「なんだこの数は?」
ボア寄せを掛けられているノイエクスは大量のボアを呼び寄せていた。
「こんなもん1人で相手できるかぁぁっ」
さっきまで動かなかった足だが、ボアに追い立てられて走ったノイエクス。
「クソッ」
追いつかれそうになっては剣を振って牽制する。するとスピードが落ちて追いつくボアが増える。
ズザザザッ。
ノイエクスは足を止めて振り返り、逃げるのではなく対決を選んだ。
ブンッ
ゴッ
ボアの正面から斬りつけたノイエクスはボアの額に剣が当たり、仕留められない。
ドゴンッ
「ぐふっ」
ボアの一撃を食らって吹き飛ぶノイエクス。ドサッと倒れ込んだところに数頭のボアが一斉に攻撃を仕掛けてきた。
死ぬ。
そう思った時にボアの首が飛び、その後ろから来ていたボアが燃え上がった。
「なっ……」
「ボアごときに何をやっているのだ。さっさと立て。1匹ぐらい仕留めてみろ」
ボアの首を刎ねたのはオルターネンとロッカ。燃やしたのはアイリスだ。他にも来ているボアはラリー達が斬っていく。
ノイエクスはオルターネンに1匹ぐらい仕留めろと言われたが、出番なくボアは全滅させられていたのだった。
「ゴホッ、ゴホッ」
もうボアはいないと分かったノイエクスはその場でうずくまり、口の中に溜まった血を咳と共に吐き出す。
「見せてみろ」
大隊長がノイエクスの様子を見る。
「骨は折れてはないようだな。では立て」
「は、はい」
「少しスピードを落として走る。ラリー達は最後尾でノイエクスの護衛を担え」
「自分に護衛など、護衛など必要はありませんっ」
「命令だ」
大隊長は怒鳴るでもなく淡々そう言い放つ。
「は、はい……」
騎士たる自分が護衛を付けられるという屈辱を与えられたノイエクスはまだ痛む腹を押さえながら、スピードを落とした大隊長になんとか付いていったのだった。
ーリッカの食堂ー
「大将っ、いい獲物狩ってきたから一緒に食おうぜーっ」
「おう、タジキ。お前ら訓練中じゃないのか?」
3スタンが昼営業後にリッカの食堂にやってきた。
「今日と明日休みになったんだよ。バネッサ姉が訓練でむちゃしやがってよぉ、治癒師の魔力が追いつかないから休みになったんだ」
「そうか。なんか大変そうだな」
「へへっ、飯にも寝るところにも困らねぇからへっちゃらだぜ。夜の営業手伝うから、店が終わったらこれを食おうぜ」
「おっ、ホロメン鳥じゃねーか。3匹も狩れたのか?」
「まとめていたんだ。バネッサ姉達も夜に食いに来るって」
「そうか。なら、賄食ってくれ」
「やったーっ!」
ーカタリーナの庶民街の家ー
「ブツブツブツブツ」
シスコが何かを詠唱しているのかと思うぐらいにブツブツ言って書面とにらめっこをしている。
「ローズさん、自分達にも手伝えとはこれのことですか?」
「そうだ。シスコ1人ではパンクしそうなのだ」
「お手伝いできるかどうかは不明ですけど」
と、サリドンが苦笑いする。
「シスコ、何に手間取ってるんだ?」
ローズとサリドンが話している間にホープがシスコに話し掛ける。
「これよっ、これっ」
シスコは昼のシャングリラの帳簿とお金の流れを整理していた。
「結構な量だな」
「そう……」
シスコがイライラした顔から沈んだ顔に変わる。
「ん? どうした」
「これ、1人でやる業務だと思う?」
「いや、何人かでチームを組んでやるような内容だろ」
「でしょ。でもシシリーは1人でこれをやってたのよっ。しかも他の商人との価格交渉とか全部っ!」
シスコはシシリーに商売人としての能力で劣っていると認めざるを得なくなっていた。
「へぇ、それは凄いな。あの遊女上がりはマーギンが引っ張ってきたんだよな?」
「そうよっ。だから私にもできると思ってるのよっ」
「じゃ、信頼されてるってことだな。慣れればできると思ってるんだろ。俺にも少し手伝わせろ。これでもこういう勉強をさせられてきたからな。サリドンより力になれるぞ」
バネッサもここにいるが手伝う気はない。オスクリタを大道芸のようにくるくる投げて自由自在に操る事に専念している。シスコもバネッサに手伝わせる気はない。このような業務には不向きな仲間なのだ。
「へぇ、シシリーの帳簿はおもしろいな。複雑ではあるが、経営状況がよく分かる」
普通は単式簿記だが、シシリーは昼のシャングリラを複式簿記で管理していた。ホープはシシリーの帳簿をふむふむと読み込んでいく。
「シスコ、これはこうなっててな」
と、ホープが解説していく。
「あっ、なるほど」
「で、ここがこうだから、こっちがこうなってるんだと思うぞ」
「あなた、一目見ただけでよく分かったわね?」
「領主になるためにこんな勉強させられてたからな。帳簿のルールの流れを覚えられたらこのシシリー式帳簿の方が確実だ。ハンナリー商会の礎になるから覚えた方が良い」
シスコはホープを見直していた。やはり貴族は幼少の頃からきちんと教育を受けていたのだなと実感する。
「分からないところは教えてちょうだいね」
「かまわないぞ」
こうして、特務隊の訓練が休みになる日はホープ達もハンナリー商会の手伝いをするようになっていくのである。
ーリッカの食堂ー
カザフ達が狩ってきたホロメン鳥を皆で食べながら訓練の話や商売の話をしていた。
「サリドン、訓練をされる側なら分かるが、する側もそんなに大変なのか?」
ローズがサリドンの話を聞いている。
「ええ。自分が訓練する側になって初めて大変さが分かりましたよ。少しでも油断すると攻撃を食らいますし、それに集中していると誰がどれぐらいの能力があるとか、こいつにはどのような訓練をしないとダメとかが分からなくなるんですよ。騎士隊の訓練は画一的だったでしょ?」
「そうだな。その後は立ち合いや自己訓練だけだったな」
「隊長にマーギンさんがしてくれた訓練のように、個々に必要な訓練をして最短で実戦に出られるようにしないとダメだと言われてましてね」
「ちい兄…… 隊長がそう指示を出して行ったのか」
「はい。自分でやってみて改めてマーギンさんの凄さが分かります。1人でよくあれだけの訓練をしてくれたものだと」
「そうか……」
「でも、自分達はマーギンさんにはなれません。だから何人もの力を合わせて同じような事ができるようにするしかないんです。自分はトルクが手伝ってくれるのでなんとかやれてますけどね」
「バネッサも同じようにしているのか?」
「ん? うちはそんな難しいことを考えてねえ。マーギンと同じ事をできるわけがねぇからな。だからうちはうちのやり方でやる」
「バネッサ姉は暴れているだけだよねー」
「うるせぇっ、トルク。それはカザフに言え。うちはちゃんと考えてやってるっての」
「嘘吐け。治癒師の魔力が追い付かなくなるぐらいめちゃくちゃしたじゃねーかよっ」
「自分が弱ぇって事を知るところから始まるんだよっ。まずは徹底的に鼻っ柱を折ってやるのがうちの役目だ」
「ハンナは何をしているのだ?」
「うちはスロウをあちこちに掛けて回んねん」
「ハンナリー、スロウってもしかして身体強化の逆のやつか?」
大将が話に参戦。
「多分そうや」
「なるほどな」
「大将殿、なるほどなとはどういうことでしょうか?」
サリドンがダッドに理由を聞く。
「前にマーギンが言ってたんだがよ、そのスロウってやつは身体強化で対抗できるんだとよ。だからスロウを掛けられているやつが必死にもっと早く動こうとすると、勝手に身体強化が身に付いていくんじゃねーか? 例えると重りを身体に付けて訓練しているようなもんだろうな」
「なるほど。ハンナリー、マーギンさんはスロウを掛ける役目をお前にやれと言ってたんだよな?」
「そやで」
「まいったな。こんなところまで手を打ってくれてたんですね」
サリドンはマーギンの思惑を知って頭を掻く。
「どうしていつも先に言っておいてくれないんでしょうね? あの人は」
「マーギンは自分で考える癖を付けろと言ってるからな。タイベの虫の魔物の時にもそう言われただろ?」
と、ホープが生贄にされた時の事を皆に思い出させる。
ゾワワワワワワッ。
黒いアレを思い出した皆は嫌な気分になる。
そしてシスコは今の話を聞いていて、昼のシャングリラを自分に任せたのは、シシリー式簿記を学ばせる為だったのかと思うのであった。




