ご注文はフラグですか?
宿の食堂の女の子に街を案内してもらうことになったマーギン。
「お待たせっ」
「見知らぬやつの為に悪いね。俺はマーギン」
「私はブリケよ」
「案内してくれるのは嬉しいんだけどさ、変な噂されたりとかしないか?」
「変な噂?」
「彼氏がいるなら、後で揉めたりするんじゃないかと思ってな」
「あー、大丈夫、大丈夫。彼氏はいるけど、ぜんぜん帰ってこないんだから。生きてんだか死んでんだか分かんないやつなんかもう知らないわよ」
「ふーん、ならいいけどさ」
「それよりマーギンはどこから来たの?」
「俺は王都に住んでるぞ」
「えーーっ、めっちゃ都会の人じゃん。田舎顔してんのに」
田舎顔とか言うなよ。
「まぁ、王都に住んでるって言っても生まれは島国だからな。田舎者っちゃ田舎者だな」
「へぇ、島国出身なんだ。なんて国?」
「ニホンって国だ。誰も知らないような国だから説明しても知らんだろ?」
「うん。変な名前の国だね」
「そうかもな」
そしておすすめの店で食料品を買い込む。そんなに高い値段でもないのにきっちり値切ってくれてお買い得だった。大量購入したのもあるだろうけど。軽い昼食を取ったあとも、ドライフルーツの店やチーズや酒屋でバンバン買っていく。その都度値切ってくれるブリケ。1つ気になった店はスルーして早めの晩ごはんに。
「丸1日付き合ってくれてありがとうね」
「今日のお買い物で昨日の支払いの補填できたかな?」
「十分。ちゃんと元は取れたよ」
「良かった。騙したみたいで悪いことしたなぁって思ってたの」
そう、ブリケは昨日高額支払いの詫び代わりに買い物の付き合いと、昨日支払った分以上を値切ってくれたのだ。
「給料は歩合制なのか?」
「うん。安い基本給プラス注文取った10%が給料になるの。時間が早かったのもあるんだけど、うちの店空いてたでしょ?」
「そうだな」
「前までこんなことなかったんだけど、魔物が増えて店が暇なんだよね」
「あそこはハンターが来る店なのか?」
「うん。稼げるハンターがよく来るの。宿もそう。他のところよりちょっと高い宿と店だから稼げないハンターはもっと安い店にいくけどね」
「魔物が増えてるなら、客も増えそうだけどな」
「地方のあちこちから応援要請があって、稼げる人はそっちに行っちゃってるのよね」
「彼氏もハンターなのか?」
「ううん、軍人」
「領都軍か。今ノウブシルクと小競り合いが増えてるんだってな」
「うん。だから北の砦に駆り出されて帰ってこないの。本当に生きてんだか死んでんだか分かんないのよねぇ」
ブリケは心配そうな顔をしてそう言った。
「軍人は上の命令に逆らえないからな」
「そうみたい。絶対に生きて帰ってくるから帰ったら結婚しようと言ってたのに手紙1つよこさないのよ」
それ、ヤバいフラグじゃん。こんな話聞くんじゃなかったと後悔するマーギン。
「便りがないのはよい便りって言うからな。忙しいだけだと思うぞ」
と、気休めを言っておく。
「どうせ違う女作って遊んでるんじゃないの」
「信用してないのか?」
「してないわけじゃないけど、いろんな女の子をかまったり、そのお母さんまで口説いてんじゃないかと思うような事をするのよね」
「へぇ、そりゃ心配するのも当然だな」
2人が食べに入ったのはちょっと高めの焼き鳥屋。
「お待たせしたな。ブリケセットとおすすめ盛り合わせだ。それとウィスキーダブルとワインで良かったな」
ブリケはこの店の常連のようで、大将がブリケセットと呼ぶものを持ってきた。ズリやキモとか内臓系の盛り合わせだな。
「旦那、お湯か水どっちにする?」
ウィスキーのチェイサーを聞いてくれる大将。旦那とか初めて呼ばれたな。
「どっちもいいよ。炭酸で割るから」
「うちは炭酸水ねぇぞ」
「自分で出せるから大丈夫」
ジャララっと氷を入れてから炭酸水を出していく。
「なんだその魔法は?」
「水を出す魔法の1つ、俺のオリジナル魔法だよ。ここにはハンターとして入領はしたけど、本業は魔法書店をやってんだよ。ずっと閉めてるから潰れたと思われてるだろうけどな」
「すげぇ魔法だな。いくらで売ってる?」
「水を出すのが100万G、そこにオプションで温度調節機能、炭酸、氷がそれぞれ100万G。全部セットにしたら300万Gにしてるよ」
「めちゃくちゃ高ぇな」
「だろ? 普通の人には不要な魔法だ。年に1つ2つ売れたら生活できるから楽でいいぞ」
「買うやついるのか?」
「フルセットで買ってくれたのは1人かな。水だけなら何人かはいるな」
「水を出す魔法書って、10万Gぐらいだろ?」
「みたいだな。だからだいたいの人はそっちを買うだろ。世間知らずが俺の魔法書を買うんだよ」
「なんでぇっ、ボッタクリ魔法書店やってんのか。ブリケ、騙されんように気を付けろよ」
「大丈夫よ、大将」
呆れたように厨房に引っ込んでいく大将。
「あんた、ボッタクリ店やってたの?」
「もう長い事閉めてるけどな」
「なーんだ。だったら昨日の事気にしなくて良かったじゃん」
「そういうこと。ここも奢るから好きに飲み食いしていいぞ。高いワインとかあるなら好きに飲め」
「それはうちの店で私に注文してもらうから」
そう笑ったブリケ。彼氏への不安をちょっとの間でも忘れたかったのかもしれないな。
ー辺境伯領、北の砦ー
「閣下、ノウブシルク軍は予想通り、進軍しているとのことです」
「本軍だな」
「そう思われます。数はおよそ2千人」
「砦横の森に兵を分けよ。敵は砦を落とそうと突撃の陣形で攻めてくるだろう。砦前まで誘き寄せたところに両脇の森から挟撃を行う。敵陣が乱れたところに正面から騎兵隊、その後全軍で殲滅する」
領軍の人数は約500人。半数以上が雇われ軍人である。それはノウブシルクも同じ。初めに突っ込んでくる軍人は雇われ軍人。森に潜ませた数十人の兵士で崩せる。領軍の軍統括はそう考えたのであった。
ー焼き鳥屋ー
「へぇ、お前魔法使いなのか」
店が暇なようで大将がどかっと同じ席に座り、ウィスキーのソーダ割を飲んでいる。ここもハンターの溜まり場になっている店のようだ。常連がはびこる店は他の客が寄り付かんようになるからな。特にハンターの溜まり場になる店は普通の客が寄り付かなくなるもんだ。
「魔法使いじゃなきゃ魔法書が作れんだろ?」
「そうなのか。俺らは魔法の事をなんにも知らねぇからな」
「まぁ、魔法は使えたら便利だけど、なくても生きていくのに支障はないからな。知らなくても問題はないぞ」
「次は水を出してみてくれねぇか?」
「いいけど、ソーダ割は好みじゃなかったか? 焼き鳥には合うと思うんだがな」
「あぁ、確かに旨ぇ。安いウィスキーでも旨く感じるな」
大将は1番安い定番ウィスキーのソーダ割を飲んでいた。次に同じウィスキーの水割りをマーギンの出す水で作ってもらった。
ゴクゴクっ。
「やっぱりな。お前が出す水が旨いんだ」
「100万Gの事はあるだろ? これが一生飲めるんだ」
「あぁ。水の旨さは料理と酒の基本だ。確かに100万Gは高いが料理人なら魔法書を買うやつは多いだろ。それとも王都の料理人は見る目がないのか?」
「そうかもね」
「俺も欲しいが、王都までいくには遠いな。お前も旅に出るならいくつか魔法書を持って出ろよ」
「本当だな。魔法書を売り損なったわ」
「まったくだ」
「他にはなんかねぇのか?」
「そうだな。非売品の魔法を見せてやろうか?」
「非売品?」
「そう。ブリケ、そのワインをかせ」
「なにするの?」
「おまじないをかけてやるよ」
マーギンはグラスのフチをくるっと指で回して酒が旨くなる魔法をかける。
「さ、飲んでみろ」
「う、うん」
ゴクッ
「あっ、すっごく美味しくなってる」
「だろ? これが非売品の魔法だ」
「ブリケ、かせ」
「あっ」
ブリケのグラスを勝手に飲む大将。
「なっ、なんだこりゃ……」
「この魔法があれば安い酒も旨い酒に早変わり。だから非売品なんだよ。酒を作ってる人がやる気をなくすからな」
「マーギン、こんな魔法が使えるならうちの店でも1番安いお酒を頼めば良かったのに」
「泡銭があるって言ったろ? それに見知らぬ店では使わんよ。その場所の味も楽しみの1つだからな」
「へぇ、稼いでる人っていいわね。アージョンももっと稼げるようになればいいのに」
「そんな事を言ってやるな。アージョンは人々を守りたいから軍人になったんだろうが」
と、大将がブリケを嗜める。アージョンとはブリケの彼氏のようだ。
「そうだけどさぁ、下っ端軍人って給料も安いし、危ないし、いきなり呼びだされて帰って来ないことも多いし。私と軍とどっちが大事なのって思うじゃない」
ブリケのブツブツが止まらない。
「俺は立派だと思うぞ。あいつはいつも誰かを助けてんじゃねーか」
「そうだけどさぁ、誰かを助ける前に私を助けろっての。大将お代わりっ」
「まだ残ってんだろうが」
「大将が口付けたお酒なんていらなーい」
「ったく」
そしてやけ酒のように飲んだブリケは潰れて寝てしまった。
「大将、どうしようね?」
「後で俺が送っていくから問題ねぇぞ」
「ならいいけど。でもここの焼き鳥旨いのに、本当に客来ないね」
「そうだな。領都のハンターもあちこちに応援に行ってるから仕方がねぇ」
「地方は魔物が増えてんのか?」
「あぁ。離れ村とかは無くなったりしてるな。ブリケ達の村も魔物に襲われて離村した口だ。かなりの村人がやられたらしい」
「同じ村出身なのか」
「そうだ。アージョンが軍に入ったのはそういった人達を救う為だったんだけどな、今はノウブシルクからの防衛戦に駆り出されているんだ。軍で魔物討伐をするつもりだったみたいだがよ。で、軍人は全員ノウブシルクとの戦いに備えてる。だからハンターだけで魔物討伐をやってんだ」
「かなり被害が広がりそうだな。報酬が払えん村とかにはハンターは行かないだろ?」
「それに魔犬ぐらいは自分達でなんとかしろという感じだ」
「魔犬が出てんのか?」
「あぁ。ハンターは魔狼中心に討伐してるからな。魔犬は後回しだ。強いハンターは雪熊に備えてるらしいぞ」
「やっぱりこっちでも雪熊が出てるのか。ハンターで討伐できるのか?」
「人数がいりゃなんとかなるだろ。だからほとんどのやつらが領都から応援に行ってるんだ。残ってるやつは稼げねぇやつらばっかりだから、うちも暇って訳よ」
「なるほどね。魔犬が出てる地区は知ってるか?」
「魔犬なら村の男連中でも追い払うぐらいはできるだろ。年寄り主体の村はヤバいかもしれんがな」
「魔犬を侮るとヤバいぞ」
「ここに残ってるやつらがそのうち駆り出されるだろ」
「ならいいけどさ」
マーギンはここでこんな話を聞かされたのはフラグなんだろうなと思っているのであった。




