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追記2 皇太子の兄君は逃れたかった

殆ど独白で、起承転結として切るところがなかったので本編の2話分くらいの長さです。すみません。

 僕は、幼いころから自分を演じているような感覚があった。


 物心ついたころには当たり前のように周りの大人の顔色を窺っていたし、笑顔になれば周りが喜ぶのがわからうからなるべく笑顔でいるようにしていた。



 周りを見ていると、褒められていることに対して謙遜するのが美徳のようにふるまっているのに、僕がそれをまねすると子供らしくないと残念がる。

それをみて、「こどもらしさ」というものを身に着ければ大人が安心した表情で笑っているのが確認できたので、そうふるまった。笑顔で親を呼び、走り回る。


 出されたものを残すと怒られるので、嫌いなものはなるべくかまないように飲み込んだ。

 同じに嫌なものもそうと周りに知られないように飲み込めば、周りが笑顔でいてくれることに気が付くことができた。




 ある日、僕はよその家の子供になることになった。

 母の兄夫婦の間になかなか跡継ぎができないこと、でも母の兄にはほかの女性との子供を作る意思はないことから、血族である僕に白羽の矢が立った。


 継承権というものが与えられた。

 名前には権利という文字がついているが、自分で使うかどうか選べないものを権利と呼ぶのは子供心には違和感しかなかった。


 両親は誇らしいといいながら笑顔で送り出してくれた。僕は頭ではきちんと違うことを理解しながらも見捨てられた気分になった。



 前日母は寂しいと抱きしめてくれたときは僕も同じように寂しいと思ったのだが、次の日にはそんな態度は母の前から全く消え去っており、それを見て僕の心の中の寂しいと思う気持ちは全くなくなってしまった。僕は、自分の心がそれ以上傷つかないためにどこかに潜っていくように感じた。


 まだ10歳にもなっていなかった僕の心の健康を案じてか、定期的に両親と顔を合わせる機会を与えられた。両親に会うと笑顔で迎えてくれるし愛しいものを扱うのと同じように抱きしめてくれる。

 けれど僕はそれを心から嬉しいと感じるよりはどこか他人事のように外から眺めるような感覚だった。


 そのうち理由をつけて帰ることはなくなった。



 そうして僕は新しい家族の一員として迎えられることになった。元の家族には弟しかいなかったので違うものとして比較することなく過ごすことができた。




 だが、跡継ぎとしての勉強が始まってすぐに、どうやら新しい命が新しい父と母の間に宿ったことを知る。


 その子の育ち次第では僕の跡継ぎとしての立場は変わりうるだろうと年老いた側近に告げられた。この国でもあと継ぎは別に長子と決まっているわけではなく、親が適切だと判断した時期に才能を見極めて任命する。あくまで跡継ぎができないからと養子に呼ばれた僕は、新しく産まれる子に問題がなければ必要がなくなる。


 新しい母は高齢出産になることもあり、異常がないか、きちんと育つかどうかもわからないということで跡継ぎの勉強は引き続き行われることになった。


 勉強のために座っているのは苦痛ではなかったし、わかったということを周りに知らせると周りの大人は大体嬉しそうな顔をしてくれるのでやりがいもあったのだが、このころから何のために座っているのか少しずつわからなくなってしまった。




 新しく生まれた弟はかわいいとは感じたが、愛しいという気持ちというよりは、可愛がれば周りが自分を大切にしてくれる対象として見ていた。


 今から思えば、周囲は僕が彼に危害を加えないかを注意深く観察していたように思う。自分の居場所はなくなるのだろうなというのを薄々と感じつつも、誰に心の内を話していいのかわからず僕はひたすら顔に笑顔を張り付けるようになっていた。


 ある日久々に元の家族に会うと、二人は戻りたいならこの家に戻ってきなさいというようなことを言っていた。


 どうしてほしいのかよくわからなかった。


 誇らしいと僕を追い出しておきながら、帰ってきていいというのはもう僕の役割がないということなんだろう。それはわかっていたのだがすでに元の家族の姿を見ると彼らは彼らで完結しているようにも思えた。


 弟と話をしていると弟がすでに家の後継ぎとして教育されていることもわかり、僕が家に帰っても僕の居場所がないままか、弟の居場所を奪うことになるかのどちらかになるのは容易に想像がついた。



 幸い、出世欲というようなものに変えられる上昇志向は僕になく、とりあえずスペアとして回りが満足する程度の能力を身に着けておけばいいとわかり僕は勉強のために座ることをやめた。


 養子先の弟は能力が低いわけではないが、自分が同年齢の時と比べても明らかに要領が悪かった。

 年老いた側近がいつだったか跡継ぎを目指すなら手伝うどうのを言っていたことを頭をかすめたが、そうして失うものはあっても、自分にとっては何も得ることにならないことはよくわかっていた。




 本を読むのは好きだったので、禁書棚に行って異世界の書物というものを眺める時間が増えた。興味で入っていいところではないというのは知っていたが、王族に養子とはいっても名を連ねた自分を止める人間はいなかった。何を書いているかは翻訳の魔法を使ってもほとんどわからないが、わからないものを眺めている自分が好きだった。


 それに、禁書棚には側近も入れないので一人になれた。

 周りは一人になりたいから入っているのだと勝手に解釈してくれ、仕事に差しさわりがない範囲でならと誰も文句を言わなかった。



 この頃の僕は、たぶん、ここではないどこかに行きたかったのだろうと思う。


 容姿も頭脳も人より優れているのははっきりと自分で自覚していたので、褒められてもうれしくなかったが、やはり喜んでおくと周りが喜ぶので喜んで見せた。



 気を引きたいのか明らかにそっけない態度をとる女性もいたが、それなりの対応をすればそれなりに近づいたり離れたりしていった。





 弟は周りの期待に応える程度には立派に成長していたが、国の動向などからどうやら聖女様とやらを見つけて嫁にしなくてはいけないようだった。

 自分ができなくても次世代までには聖女様を自分の国にとどめることが必要になると婚約者であるはずの占星の魔法使いが告げた。


 好きな相手でなくても種を残すことはできるだろうし、弟もはじめはそのつもりだっただろう。

 だが、異世界とをつなぐスキルも持つ占星の魔法使いに会いに行って、未来の聖女様を見に行くときの彼の顔は何がそんなに嬉しいのか疑問に思わずにはいられないほどいつも輝いていた。


 そこまで興味を持てる聖女様とやらは、なにがそんなに優れているのだろうか。


 かといって公に僕が興味を聖女様に持っていることが知られるわけにはいかないので、専門外の魔法スキルを得るのは不可能に近い困難であることは十分理解していたが、異世界転移の魔法スキルを秘密裏に習得することにした。


 異世界転移の魔法スキルを持っているのは占星の魔法使い、つまり僕らの婚約者だけだ。

 それも、もとは皇太子になるほうの婚約者にと望まれて城にとどまったはずなのに、いつのまにか「聖女が来なかったら皇太子妃」「聖女が来たら皇太子にならなかった方の婚約者」という扱いになりつつあることを知ったので、あまりこちらも公に近づくわけにもいかなかった。


 そもそも占いで見たからと言って、彼女がそれを言わなければ誰も聖女を呼べることを予見もできなければ彼女の協力なしには聖女召喚の儀式も不可能だったはずだ。つまり彼女が何も言わなければそのまま皇太子妃に収まったのに、なぜ彼女は未来の自分の地位を崩してまで協力するのか。


 見目麗しく能力も魔力も申し分ない彼女が妻になるかもしれないことに何かの不満があるわけではないが、異性として特段興味があるわけではない。自分と弟と彼女の立ち位置がはっきりしない間から、近づくべきではないだろう。




 幸い魔法の使い方を直接教わらずとも、本を読み彼女が塔で仕事をしていない隙に理由をつけて塔に入り込んで使用された魔力の特性や魔法陣などを解析することと自分の今まで得た知識を総動員することで、多量の魔力のロスは伴う状態だが異世界転移のスキルを取得することができた。


 とはいっても、向こうの世界を少し覗くことができるだけ。


 でもコンタクトを取りたいわけでも代わりに召喚を行いたいわけでも何か召還したい人や物があるわけでもない僕にはそれで十分だった。




 一度覗くと他の仕事に支障をきたす暗い魔力を消費してしまうので、あまり頻繁には使えなかったが、自分で言うのもなんだが持ち前の才能というやつで、弟が夢中になっている対象を見つけることができた。


 弟のアレクと同じころの年頃の少女で、こちらの世界の目を通すと魔力を持っていることをはっきり感じることができる。


 彼女が聖女候補ということだろうと一目でわかる。聖女になってくれるかどうかはともかく、いや聖女の特性を持っているということはきっとなってくれる性格なのだろうが、おそらく近い将来弟とお似合いの女性になるに違いない。


 よく笑いよく怒るその少女を見て、ああ僕が周りに求められていた子供らしいというのはこういうことなんだろうなと納得できる少女だった。




 一方で、僕が興味を持ったのはよく隣にいるもう少し年上の少女だった。


 決して軽んじられているわけではないが、明らかに自分よりも妹が周囲にかわいがられている姿をうらやましそうに見つめながらも、諦観するでもなく嫉妬するでもなく、自分のために自分のすべきことを見つけて努力している。



 妹を遠ざけるでもなく逆に近づき栄光浴をするでもなく、自分で自分の姿を追い求める姿が、僕にとってはまぶしく感じられた。



 彼女のあのまなざしは何を燃やして生み出されているのだろうー


 聖女をいよいよ召還しよう、という話が持ち上がった時にちょっとしたいたずら心を加えたのだ。



 彼女に会ってみたい。


 会って話せば、僕の心の中にも何か灯るものがあるかもしれない。


 アレクが聖女候補にした少女に夢中になっていくのがだれの目にも明らかだったので、僕がこっそりとしていることは表立って見つかることはなかった。


 会ってみたい気持ちと、自分の都合だけで呼び出す対象を変えてしまうわけにはいかない。早々召喚魔法は使えるわけではないし、アレクの期待や国も希望をつぶしたいわけではない。


 そもそも、彼女にだってその時点ではあってみたい、程度の興味であって必ずしも来てほしいと欲しているわけではない。

 だからと言って完全に会うことをあきらめきることもできない僕は、聖女候補の少女を呼び出す魔法式に、少しだけいたずらをしたのだ。


 運が良ければ、聖女候補の少女のついでに呼び出せてしまうような魔法を追加し、召喚対象が変わらない程度に、転移の位置座標を少しだけずらしたのだ。




 そうして少しのいたずらは僕の希望通りに実現し、彼女が僕の目の前に現れた。


 彼女にとっては居心地の悪い環境に呼び出してしまったことになったが、それでも少しずつ彼女は自分で自分の存在価値を見出し、居場所を獲得していく。


 元の世界での目標を奪った僕に対しても、知らないとはいえ壁を作ることなく接する。

 興味を持っていた少女が目の前で実際に動くことで、興味と執着が愛情に変わっていくのを自分でも自覚していた。


 彼女からすれば僕がずっと見ていたことなど知る由もないのだから、不審そうな目で見るか、憐れまれいるのだと思ったのか不快そうな目で見られることもたびたびあった。


 本当は、ずっと前から僕が君に会いたかった。


 そんなことを正直に打ち明ければ却って疎まれる可能性も高いことは十分承知していたので、あくまで聖女様の姉君に興味がある、という体で距離を保った。


 胡散臭い、という顔をされるたびに全てを打ち明けてしまいたかったが、そののちの拒絶の可能性を考えるたびに口が開かなかった。

 女性の髪の長さなんてなんでも同じだと思っていたのだが、肩ほどまででそろえられた彼女の髪だけが異様に輝いて見えるようになり、重症だと気が付いた。


 だから、彼女が自分とともに歩んでいいと思っていると知った時、それ以上に欲しいものなど何もなくなっていたのだ。





 僕は僕でいられる人を、ようやくみつけた。


 ありがとう、といっても不思議そうな顔をする彼女の顔をなでる。

 話したいことがたくさんあるけど、本当に話したいわけじゃない。


 君といられるなら、どこかに行ってしまいたいとはもう思わない。

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