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聖女の姉はAEDの代わりを探す―1

「おやハンス。偉く若いお嬢さんたちと一緒で。」


「その顔やめろ。仕事の関係者だ。」


 年の頃が同じくらいの男性がレジからにやにやと声をかけてくる。

 どうやら知り合いらしい。というか近所と言っていたから知り合いの店なのだろう。

 一緒に入るのを渋った理由が分かった。


「おお、治療師さんかい。で、どっちが愛人なの?」


「そういうのはいいから、今日は本を探しに来てるんだ。」


 こいつは店主だ、と雑な紹介をして店の奥に向かう。


「お嬢さん、この男は見かけもこんなだし愛想もないが、実は情に厚い男でね。何回か心臓が止まってる俺を気にしてここに通ってくれてるんだよ。」


「何回か心臓が止まってる?」


「ああ。心臓が止まって、心臓マッサージというのかい?それを今まで2回してもらって生き返らせてもらってるのさ。幸い今までは先生が近くにいるときだから頭も含めて助かってるんだ。」


 まだ若く、体形も中肉中背だ。

 心血管系のリスクがある人間には見えない。


「…不整脈ですか?」


 先に店の奥に進んでいたハンス先生についていき尋ねる。



 店主は入り口に他の知り合いが来たようで、そちらに向かって話しかけ始めている。


「明らかな脈不整はなさそうなんだが、たぶん不整脈なんだろうな。」


「心電図…はこの世界にあるんですよね?」


 目の前でハンス先生に棚から出して渡された参考書をめくったところ心電図の波形を見つけた。心電図は100年以上前に開発された検査方法だし、他の医療機器に比べれば比較的再現は可能だろう。

 心電図があるのなら診断はすでにすんでいる可能性が高そうだ。


 まあ、自分が再現したものを作成合出来るかと言えば間違いなくできないが。


「勿論ある。ただ、この世界では電力自体が町中に普及してるとはいい難いから、電気の通っている大きな治療院にしか心電図がない。

 本来なら心電図で診断をつけるべきではあるんだが、診断がついたとしても治療が難しいかもしれないという話をしてしまったら店を閉めて受診の費用を払ってまでは不要といわれてな。」


 ハンス先生はちらっと店主に心配そうな目を向ける。来た人間と言い合いになっている。


「受診の費用…高いんですか?」


「ある程度は公費で一部を負担という体にはなっているが、負担割合が家族の状況と収入によって変わってくるんだよ。収入はそこまで多いわけではないが、扶養家族がいない人間の医療費は控除がないから高額になる。」


「扶養家族がいると控除がかかってくるということですね。」


「扶養に入っていなくても既婚者は未婚者より割合が低いのだが、彼は未婚で、この店以外にも収入があるから収入も高い分医療費も高くなる。自分が突然死んでも路頭に迷う家族はいないから保険を掛けない、ということだそうだ。」


 残念そうにため息をつく。


「治療というと、予防投与ですか、それとも埋め込み式の除細動器があるのですか?電気はこの世界に普及していないのではなかったのでしょうか。」


「電池はある。ただし自動で除細動をしてくれるのではなく、手動で起動する除細動器を購入し、症状が出たときには使ってもらうことになる。」


 埋め込み式の除細動器であれば、自動で心電図を読み取り止まった場合除細動を行ってくれる。手動の除細動器ということは電気ショックの機械だけはあるということで、おそらく電池があまり発達していないのだろう。


 体外式の除細動器もこの世界に来てから目に付くところでは見ていない。インフラの一部として整備するには高価すぎるのか、まだこの世界での有用性が実証されていないのか。

 自動心電図の読み取りや音声での発信を魔法でできなければ、通常の除細動器を町中に放っても元の世界でも誰も使えないのと一緒で、普及させることすらできないだろう。


「つまり独り身でいる彼には購入してもらっても無用の長物になる可能性があると。」


「そういうことだ。彼の発作は過去2回ともが昼間こんなふうに他人と言い争いをしている時だったから、誘因がそういったことであれば夜寝ている間に…ということはあまりないと思っているのだが。」


 言い争いの声はどんどん大きくなっている。何やら金銭的なことを理由にもめているようだ。


 興奮などが誘因になることで多いのは、先天性QT延長症候群の2型だろうか。心電図があれば診断ができるが、確かに直せるというよりは発症して対処するものになるので、治療費がいくらになるのかは知らないが受診して…というのをためらう気持ちはわからなくもない。


「よく揉める方なのでしょうか?」


「いいや、揉めるのが心臓が止まる誘引になると言う話をしてからは滅多に揉めることはみないな。」


 店先での言い合いは内容まで周りに聴こえる大きさになってきている。


 揉めている声に、ハンス先生は気が気でないようで入り口を何度も確認している。

 不意に揉める声が止まった。もめていた相手が「どうした?」と狼狽した声をかけている。


「…やっぱりな。」


「魔力で除細動ですか?」


「そうだ。魔力での除細動は時間がかかるから、その間脈拍を確認して、止まっていれば並行して心臓マッサージをしてくれるか。やり方はわかるな?」


「わかります。」



 胸骨圧迫という言葉が広まったのはここ数十年のことで、元々は心臓マッサージと言われていたのを思い出す。心臓は本来体のほぼ正中に会って少し左よりにあるのだが、心臓マッサージという言葉で左の胸部を圧迫することが多かったからだといわれている。

 適切な場所に圧をかけないと心臓から血液を拍出させることはできないし、不要な肋骨骨折などの合併症が増える。



 だが今その語彙について話し合っている場合でないことくらいは自分にもわかる。


 本をいったん平積みの棚の上に放置して出た店先には、想像通り意識を失った店主を他の男が抱える形で支えていた。野次馬のように人も集まりだしていた。


「ゆっくり寝かせてください。下は床で大丈夫です。むしろ硬い方がいいです。先生、治療魔法がはじまるまでどのくらいですか?」


 胸骨圧迫にはかなり力が必要だ。始めても私の体力ではすぐへばるだろう。


「5分くらいだ。」


 ―長い。入り口近くに寝かせてもらいながら頸動脈のあたりを触れるが、脈は触れない。


 原因として可能性が高い疾患であることを考えるとー



 考えると同時に胸を思いきり強くたたいた。

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