聖女の姉は酒が好き
前話あらすじ
あまり話が進んでいないので、前話参照してください。
全員がワインを一瓶ずつ開け終わったころ、新たに兵士が入ってきた。
見覚えのある顔と中にいる他の人たちが動揺していないことから、落ち合う予定だった護衛たちだろう。
「お待たせしました。賊は追い払い、何人かは拘束しております。こちらの被害はけが人はありますが重症者や死者はありません。」
大きなけがをした人はいないという言葉にほっとしたが、何人かは致命傷といった風ではなくとも、けがをしているのが服ににじんだ血液と刀傷で明らかにわかる。
「ご苦労だった。賊を送りがてら、男爵のところに泊めてもらうか。。。」
「ただ、主犯と思われる男は行方が分からなくなっております。主犯以外の賊はこちらを襲うようにといわれ金で雇われただけの可能性が高いです。」
アリスは護衛たちのけがを見て我に返ったようだ。
「痛そう、大丈夫でしょうか。今治しますね。」
手をかざしかけたアリスの手を殿下が制止する。重ねて兵士たちも口を開く。
「いえ、放っておけば治るものですから聖女様は手出しなさらないでください。」
「膿みさえしなければいずれ治る程度ですから。」
「アリス。俺たちを守ってくれた傷を治したいという気持ちはわかるが、こういったことのたびにどの兵士のけがも魔法で治していればキリがなくなってしまうし、治癒魔法に回せる人員も足りない。
様子を見て治せるものは、魔法を使わないのがルールなんだ。
それにー。」
「キリがないっていったって、見える範囲で痛そうな人を治そうとして何が悪いんですか!」
「いやまて、それにー」
まだ何か言いかけている殿下をアリスはきっと強い目つきをして睨み、手をかざした。
じんわりとした明りに包まれた後、兵士の傷が癒えているのが刀傷のために避けた服の隙間から確認できた。
「まだ治療魔法は勉強中です。きっとこの先、魔力を扱えるようになったらここでは魔力を使う、こういった場面で使わないということを学んでいくと思います。ですから、まだ勉強中の今は私のやりたいようにさせてほしいのです。今回は私の勉強ということで、かまいませんよね?」
アリスは殿下に向かって笑いかける。
殿下もまいった、といわんばかりに口元を緩ませる。
「…ああ。私からも礼を言う、ありがとう。」
部屋全体が和やかな雰囲気に包まれる。
ここにいる兵士は殿下に仕えてるからある意味当然なのかもしれないが、殿下のことが本当に大切なのだろう。
「さて。」
殿下と側近たちがすっと立ち上がる。
「…じゃあ、すぐに場所をうつそうか。」
「え?休んだ方がいいのでは?」
アリスは不思議そうな顔をするが、兵士たちの顔つきは険しくなっている。
「…あ。」
さっき殿下が何か言いかけていたのを思い出した。
あれはおそらく、魔法を使うと自分たちの居所が魔法を使える人間にしれるから、ということなのだろう。平民にはあまり魔力がないということは、こういった市街地で魔力を使える人間はほとんどいないのだろう。
今アリスが治療に魔法を使ってしまったのは、自分たちを狙うかもしれない人間に場所を教える―ということだ。
それをわざわざ伝えないのはアリスの気持ちをおもんばかってのことだろう。
入ってきた扉がノックされる。
アリスを除いた全員が、身構える。
入ってきたのはー
「兄上!」
クリス様だった。
何やら相当に急いできたのか戦闘の後なのか、息を切らし前髪が汗で額に張り付いている。
整えていない状態でもその佇まいから気品と色気が出ているのはさすがとしか言いようがない。
クリス様はこちらを確認しー
ほっと溜息をついた。
「けがはないか?ーとはいっても、アリスさんが治してくれたか。」
全員を見渡しているのはけが人がいないかの確認だろうか。
アリスはえ?という顔をした後、何かに気が付いた顔をした。
せっかく全員が黙っていたのにとも思うが、アリスはバカではない。
遅かれ早かれ気が付いたことだし、今後のことを考えると知っておいた方がいいのは間違いない。
「あの防御魔法は兄上だとは思ったが、想像以上に早かったな。」
「ああ。発動すると僕に知らせが来るようにしていたから、転移魔法で飛んで来たんだけど。今アリスさんが治療魔法を使っていなかったら見つけられないところだった。」
「魔法が発動した位置に、変な輩はいたか?主犯と思われる男がまだ見つかっていない。」
「野次馬が多かったからわからないな。ここに来るまではあまり人気はなかったけど。」
アレク殿下とクリス様の会話から、先ほど私を刀の攻撃から守ってくれた光の壁は、クリス様の魔法によるものだということが判明した。
防御魔法自体は基礎で習う、対象を不特定の害から守るための魔法ということで、。通常は発動時のみに使用できるものとのことだ。
私に秘められた力が有って解放されたわけじゃないのか。
期待はしていなかったものの、少し残念に思った。
「…殿下。殿下はお姉ちゃんに防御魔法をかけてくれていなかったのですか?かけておいてくれるって、言ってましたよね?」
知らなかった。
「いや、他人にかけて、しかも条件付きというのは非常に難しいんだ。俺の魔力ではアリスにかけるので精いっぱいだったし、姉君にもと思い出したころにはもう姉君には兄上がかけた後だったというだけだ、決して蔑ろにしたわけではない。」
殿下は少し焦ったように言う。じとっとした目でアリスが睨むのに耐えかねたのか追加で白状した。
「…いや、まあ、この術は難易度が高いから、そうそうかけられない。だから兄上がかけていなかったら、なかったか…あってもここまで完全ではなかっただろう。…済まない。」
「結果として無事だったので気に追わなくても問題ないです、殿下。アリスもわたしのことでいちいちつっかからなくていいよ、ありがとうね。」
結果として問題はなかったわけだし。悪気がなかったことのせいで、私のせいでアリスと殿下がぎすぎすするのは本意ではない。
そして現実頻回に使えない魔法であればもちろんアリスが最優先になるのはこの世界では仕方ないと思うし、狙われる危険性や替えが効かないという意味でも側仕えよりは聖女にかけるのは当然だろう。
もっとも、今無事だったからそう言えるものではあるのだろうが。
殿下が話を変えようといって咳払いした。
「とりあえず、サクラ男爵の家に泊めてもらおうか。領主の家に出入りすると目立つから避けたかったんだが、女性陣を野宿させるわけにはいかないからな。」
「殿下に野宿させるわけにもいかないですよ。四方八方出入り口のないところで護衛する方がしんどいんですから。」
側にいる兵士が言う。
「悪い。一人サクラ男爵の家に使いをやってくれ。」
「はい。」
一人がさっと駆けていく。一人ずつをじっくり見たわけではないが動き方からは一番若手が行くことになったのだろう。
「僕は外を見ておくよ。一番適任だろうし。」
そう言ってクリス様は外に出て行った。
殿下という立ち位置にしては若干自由な気もするが。側近や護衛はどうしたのだろう。
騎士が改めて報告する。
「さっきの盗賊ですが、殿下たちが宿から離れてしばらくして、急に踵を返して去っていきました。何かを探してたり金品を強奪されたという報告はなかったので、おそらくこちらを狙ったものと考えられます。」
「まあ身なりのいい人間が泊まる宿はあの辺りにはあそこしかないだろうからな。おいてきた金品には手を付けられていたか?」
「殿下の部屋には押し入った人間が少なかったからかもしれませんが、おそらくそのまま残っていたと思います。回収してきたものが今男爵の家に向かいましたので正確な中身までは把握できていませんが、街去るなら袋ごと持ち去るのではないかと。お二人の荷物もそのままでした。」
「窓から侵入してきたのは二人の部屋だけか。」
「そうですね。表にいた宿の主人やスタッフ、ほかの客を含め、我々以外に被害にあった人間はいなかったようです。怪我はありますが死者及び重症者は一人もいません。数人捕まえましたがいずれも金で雇われた末端で、入る窓を指定して突入するよう指示されたとのことでした。」
「聖女が来たかもしれないという情報が回るのも、ましてやアリスの身元が割れるにも早いが、無差別に上流階級の人間を狙ったとしても滞在先が特定されるのが早い気がするな…。ひとまず明日は一旦帰宅しよう。」
「そうですね。」
「クリス様こちらに転移魔法できたって言ってましたよね。それでパッパッと帰れないんですか?」
聞いてみたがアレク殿下は嫌そうな顔をする。
「…あれは、今ここにいる中で使えるのは兄上だけだ。」
聞かれたことが嫌というより、自分が使えないことをわざわざ言いたくないらしい。
転移魔法とは察するにテレポートみたいなものなのだろうが、クリス様の護衛や側近がいまだにだれも現れないところを見ると、そんな多くの人が使えるものでもないのだろう。
何やら予定を詰める話などが始まった。これ以上ここにいても余計な口をはさむ気しかしないので、勝手に近くのおいしそうな酒をもち、グラスをもって外に出る。
「クリス様、今大丈夫ですか。どうぞ。」
「ああ、ありがとう。今のところは怪しい気配はないよ。」
差し出したグラスを受け取り、クリス様が微笑む。お好みはありますか、と聞くがなんでも飲めるという。
ちょうど喉が渇いていた、と言ってすぐグラスを空にした。
喉が乾いているほど汗をかいたのならアルコールでないほうがいいと思うのだが。
次はジュースをもってこようと思いつつ、お代わりを促されたので注ぐ。
持ってきた瓶が少し細めの瓶だったこともあり、すぐに空になった。空になったグラスを受けとる。
「防御魔法をかけてくださったとのことで、ありがとうございます。」
「当然のことだよ。…ただ、一度発動するとかけなおさないといけないから、今君が襲撃されると困ったことになるんだ。何かあったらすぐに自分の身を優先して隠れるようにしてくれ。」
「自分の身を優先…ですか。」
「言うまでもなくだけどね。ただ先日の治療魔法と言い、君は周囲を、特に妹君を優先して自分のことをおろそかにしがちに思える。刃物での傷なんて、思わぬ深さになったら治療魔法も間に合わない場合がある。」
「まるで見てきたかのように言いますね。」
そもそも刀で襲われたといつ言っただろうかとひっかかるが、その辺は防御魔法が発動して場所が知らされるのと同じような何かがあるのだろう。深く考えないことにした。
「わかるよ。君は僕と似ているから。」
「似てますか?」
こんなキラキラしたこと今までの人生で一瞬たりともないんですが。
「自分より優先される他者を抱えて生きているところがね。もっとも、まぶしさは君にはかなわないけどね。」
クリス様には私のことがキラキラして見えるとでもいうのだろうか。
言っていることは嘘くさいが不思議と嘘を言っている顔には見えない。
「まだそんな長い付き合いじゃないでしょう。」
「付き合いは長くない、でも、見ていたらわかることもある。」
こちらを見て微笑みながらクリス様は続ける。
「君はもっと、自分にも他人にも大事にされていい存在だ。」
そんなたいそうなことを言われたつもりはないのだが、目から水があふれてきた。
何がそんなに自分の心の琴線に触れたのか、自分でもわからない。
改めて考えると怖かったのか、助かったことに今更ながら安堵したのか、自分のことを重んじられたのがうれしいのか。
いや。
そのどれもだろうが、それだけではない。
単純に想われているだけではないだろう。
裏には打算や思惑があるだろう。
ーもっといえば、想われているように見せかけているだけかもしれない。
それでも。
「顔、かつてなく崩れているので見ないでください。」
次から次へと目から水があふれるのを、クリス様がのぞき込もうとするので顔を背ける。
「じゃあ、少ししか見ないから。」
手で顔を隠そうとするが、グラスを持っているので強く振り払えない。
いや、振り払う必要はないのか。
私は空いてる方の手で、クリス様の手を引き寄せ自分の頬に充てる。
彼は私の頬に充てられた手でそっとわたしの髪をかき上げ、唇を寄せた。
ご覧いただきありがとうございました。




