ミントの想いと新魔法
『見ているのだろうアキラ。これからミントに稽古をつける』
自宅でぼんやりと漫画読んでいたら、フォルテが画面越しに語りかけてくる。
「おう、見てるぞ」
『これどうやって声が届いている?』
「魔法。まあ気にするな」
『それも研究したいが、まあいい。そちらの存在は教えてはならんのだろう?』
「それで頼む」
さて、あそこは魔物の出ないように結界が張り巡らされた砂浜だな。
ミントがやってきた。勇者と忍者はいないようだ。
『あたしに必殺魔法を教えてくれるって、聞きましたけど』
『ああ、習得できれば勇者の手助けができる』
『ならお願いします』
真剣な、切羽詰まった表情だな。
修行をはじめて二週間だ。そろそろ成果の一つも欲しいだろう。
『お前に教える技の名は、天魔封神波』
『てんまふうじんは?』
『吾輩には使う必要のない技だが、お前たちの敵には効くだろう』
面白い。名前がカタカナから漢字っぽくなった。こいつ引き出し多いなあ。
『敵の動きを止め、魔力を吸い取り、己の力とする技だ。敵の技が魔力によるものであれば、その力も取り込める』
『すごい! そんなすごい技があるなんて!』
敵の力を利用する技か。ちょっと意外だ。フォルテのやつは近距離も遠距離もできる戦闘スタイルだし、まさかそっち系とは思わなかった。
『だが膨大な力をコントロールし、相手の動きを封じ、できることならぶつける。それはとてつもない精度と精神力が要求される』
『だから使わなかったんですか?』
『いや、吾輩の戦闘に付いてこられるやつがいなかった。単独で行動することが前提なら、もっと必殺の魔法で潰せばいい』
納得。ギャラクシーノヴァとかいうの使えばいいからな。
『この技は魔法使いの技術全てに応用が効く。技術の粋を集めたと言っていい。魔力の放出・操作・吸収・変換。そのすべては膨大な知識と経験からくるものだ』
ほほう、いいぞ。これは楽しみだ。そういう技術の使い方は、上級者しかできない。俺も見てみたくなってきた。
『最初から完ぺきにできると思ってはいない。魔力を吸い出し、相手の動きを止めるだけで、あとは勇者と忍者が倒すだろう』
『それで、あたしにその技を……』
応用が効く技は、使い方を絞れば強力な一点特化にできる。
急ごしらえの魔法なんてそういくつも使えないし、それでいい。
『吾輩に魔法を撃ってこい』
『いきます。フレイムボール!』
火球が形を成し、高速で飛んでいく。
だがその炎は魔力に飲み込まれ、渦の中へと消える。
『自分と相手の間に魔力の渦を作り出す。もっと撃ってこい』
『ライジングアロー!』
雷の矢も、連射しているにも関わらず、お構いなしに吸い込まれては消えていく。
『このように鉄壁の守りになる。返すぞ』
渦がミントまで伸び、その中を炎と雷が飛ぶ。
『うわわ!?』
慌てて撃ち落とそうとするも、魔法が出たそばから吸収されていく。
体内の魔力まで吸われているのがわかった。
『魔法が……撃てない……吸われる!?』
『相手に魔法を発動させない……これは無理だろう。渦に飲み込んで動きを止めるだけに専念しろ』
渦を消し、具体的な魔力の練り方を教えていくフォルテ。
これは使えれば強力だが、さてどうなるかね。
正直五分五分といったところだろう。
『こうして……こう? くっ!!』
『集中しろ。ただでさえ魔力を使う。それを敵の魔力を奪って補っているのだ。それができんお前は、消耗も激しい』
『大事な局面以外では、使わない方がよさそうね』
『当然だ。乱発すれば対策も取られ、接近戦のできないお前は死ぬ』
魔法使いの弱点が露呈する。大抵は接近戦ができない。
というか魔法って炎だの電撃だのを飛ばすし、集中して出すものだから、相性が悪いのだろう。フォルテがおかしい。
「そうか、フォルテってやっぱすごいのか」
「そうよ。この世界有数の実力者よ」
クシナダがお茶とお菓子を運んできてくれた。ここで見ていくつもりらしく、隣に座ってきた。やはり女神だからか、現地勇者たちを心配しているのだろう。
「これ成功するかしら?」
「完璧な制御は無理だな。どこまで修行と妥協ができるかだろう」
『術式の展開が遅い! それでは死ぬぞ!』
魔力を放出する。意のままに動かす。そこに相手の魔力を混ぜる。誘導する。これはかなりきつい。
『で、でき……た?』
『いいや、こうすればどうだ?』
軽くフォルテが魔力を流し、攻撃魔法を放つ。
一気に体制が崩れ暴走した魔力が爆発し、ミントにダメージが入る。
『うあああぁぁ!?』
『敵の魔力をいじるということは、並の魔法使いには不可能だ。取り込むか、分解するか、自分で見極めろ。今回復してやる』
回復魔法で傷は治る。回復薬で魔力も戻る。
だがそれでも過酷な修行であることには変わらない。
肉体的にも精神的にもボロボロになっていくのが、はっきりとわかる。
『あうっ!?』
『敵は水と炎を同時に使う。同時に別属性をさばけなければ意味がない!!』
ふらふらになりながらも続けているが、初日で使いこなせるものではないらしい。
「折れないわねえ。あんなに頑張るなんて、きっと何かあるわよ」
ミントは根性や努力より、理論と才能でなんとかするタイプだと思う。
優秀なのは知ってるし、あそこまで熱心にやるほど、前回の戦いだけを引きずっているとも思えない。
『まだまだ……』
『なぜそこまでする。他の魔法で妥協するか、別の策を使うという手段もある』
『あたしは大賢者じゃないけど、この魔法がどれだけ強くて、応用が効くかくらいわかる。妥協の技も、最後にはこういう形になる』
魔法はファンタジーなものだが、統計取って最適化することもできる。
その結果便利な魔法につながるため、その意見は理解できた。
『それに、妥協案はあのマオマナってやつに効く魔法でも、他の敵には効かない作戦よ。それじゃダメ。ずっと勇者パーティーにいるには、もっと強くなる必要があるの』
『勇者のためか』
『あたしは、ミルフィをずっと横で見てきたわ』
幼馴染というやつらしい。そういや過去とか見ないようにしていたな。
『家も近くて、歳が同じだもの。そりゃ仲良くもなる。あの子は剣士として、あたしは魔法使いとして将来有望だったし、それなりに有名な家で、交流もあったわ』
『ほう、特訓に慣れていると思ったが、血筋か』
『家が宮廷魔術師を出す家柄でね。同年代の子供と遊ぶ時間なんてなくて、勉強と魔法の訓練ばかりさせられていた』
「こいつエリートだったんだな」
「調べていないの?」
「流石に過去のプライベートはなあ……女だし」
重大なトラウマとか持っていそうなら調べるし、解決策をリコに教えるだろうが、そうでなきゃ個人の生活の範疇だし。
『辛い時も悲しい時も、楽しい時も、いつもミルフィがいた。あたしを励ましてくれて、笑顔を絶やさず、笑って前へ進むあの子は、勇者にふさわしいんだって、本気でそう感じた』
ミントの魔力が高まっていく。感情の発露と、自分が強くなる理由を思い出しているのだろう。精神に左右される魔法は、そういった気持に応えてくれる。
『ミルフィがいたから、あたしはくじけなかった。あの子、自分だって剣も魔法もやらないといけなくて、大変だったはずなのに。それでも誰かを助けるために、その力を磨いていった』
無意識なのだろうか、余計な力が抜け、爆発的に膨れ上がるミントの魔力。
『勇者に選ばれて、これから世界を救うんだってやる気になってて。きっとあの子は無茶をする。世界を救うために傷ついていく』
両手に集約される魔力が輝き、今まで以上の光の束となる。
『世界なんかよりずっと前に! あの子はあたしを救ってくれた!』
『ならばどうする? その力で、お前は何を成し遂げる?』
これはフォルテなりの誘いだろう。同じように集めた魔力で、同じ技を出す。
それがこの場では一番だと承知の上で。
『あの子の笑顔が曇らないように、今度はあたしがミルフィを助ける!!』
そして二人の声が重なり、魔法がぶつかりあった。
『天魔封神波!!』
純粋な魔力の激流が、両者の間でせめぎあいを続けている。
だがフォルテとの差を埋めることはできない。
ミントの技は魔力を吸われ、取り込まれ、フォルテの技となって飛ぶ。
『どうした! これではまた足手まといになるぞ! 勇者の戦いに、魔王軍との戦いには! 守られているだけの存在など不要だ!』
『守られるだけじゃない。あたしが、胸を張って隣に並ぶために!!』
ミントが魔力を振り絞る。制御を無意識下に任せ、シンプルな力押しへと変更した。それは、一瞬だがフォルテの技を押し返す。
『こんなところで負けるわけには……いかないのよおおおおおぉぉぉ!!』
さらに威力を増していく。後先も自分の限界も考えず、ただ目の前だけに集中すること。それは頭で考えるミントには難しいことだ。フォルテはこれを引き出したかったのだろう。
『いっけえええええぇぇぇぇ!!』
フォルテの渦を弾き飛ばし、光の波動が一直線に命中した。
『や……った?』
爆音と衝撃波と閃光が消えた先では、フォルテが無傷で立っていた。
『見事だ。お前の想いは届いたぞ』
『よく言うわ。ずっと手加減してたくせに。当たっても怪我してないじゃない』
『当然だ。吾輩は大賢者。この程度で深手を負うものか』
力尽き倒れ込んだミントに、回復魔法をかけ、優しく言葉をかけている。
『そのまま眠れ。褒美に吾輩が運んでやる』
『そう、ありが……と……』
完全に意識を失い、フォルテに運ばれるミント。
その顔は、どこかやりきった満足感がにじみ出ていた。
「やるわね、ミントちゃん」
「ああ、勇者はいい仲間に恵まれているな」
『どうせ見ているのだろう? ミントはいい魔法使いになるぞ』
「見ていたよ。ミントはまだまだ強くなる。フォルテもいい先生ぶりだったぞ」
『ふん……当然だ』
これでマオマナ対策はできた。あとは最終調整をして、決戦に臨むのみ。




