1-13-10.あたたかい雰囲気
「はいはい、飲み物お待ち遠様。さあ、改めて新しい仲間に乾杯しようじゃないの」
店主がグラスを二杯、ティリルとリーラの前に出してくれた。見れば、アリアとダインもそれぞれのグラスを片手に持っている。ああ、二人とも、あれはアルコールの入っているグラスのようだなぁ。ダインさんはともかく、アリアさんは私より年下のはずなのに。
「よし! では新たな仲間に! そしてもう一度、今日の勝利を祝して乾杯だ!」
「おーっ」
銘々に喋っていたその場の全員が、声と一口を一堂にする。
そしてまた、銘々の会話に戻っていく。違うのは、ほんの少し、ティリルとリーラに向けられる会話が増えたことだ。
「初めて来たって話だけど、ベルトゥードに誘われたのかい?」
「あ、はい。そうです。ダインさんって有名なんですか?」
「XRの応援席の常連のことなら、俺は大概知ってるよ。あいつは、俺たちと一緒にやるよりも少し離れたところにいたいみたいだけどな。名前くらいはよ」
「すごいですね。あんなに大勢いた人たち殆どとお知り合いなんですか」
「殆どったら言い過ぎかな。今日は取り分け大勢来たからな。まぁでも、今日いた連中の半分くらいは顔見知りだな。あんたたちももう覚えたし」
「え、あ、ありがとうございます」
リーラは隣で、また別の人に話しかけられている。
「トランサードのファンったって、こっちじゃ殆ど試合やんねぇだろ」
「そうですねぇ。なので、XRやユニアと対戦するときは見に行ってるんですけど」
「んだよ、敵側かよ。敵に食わせるようなつまみはねぇぞ、さっさと帰りやがれ」
「わ、ひどいー。いいじゃないですか、今日はXRを応援したんですから。トランサードと関係のない試合の時は、これからもXRを応援しますよ」
「ほんとだな? よし、じゃあお前を仲間と認めてやろう。トランサードとの試合の時は、ざまぁって指差して笑ってやるから覚悟しとけ」
「その言葉はそっくりお返ししておきます。今年は負けませんからね」
少し離れたところでは、ダインが何人かの男たちに囲まれている。
「お前毎試合来てるのに、いっつも一匹狼じゃないか。今日はどういう心境の変化だ?」
「開幕ダービーったら盛り上げどころだろ? 研究室に後輩が入ったから、ぜひと思って誘ったんだよ。そしたらその子がアリア殿下とお知り合いでね。お誘いを受けたんで、じゃあたまにはって、そんな風の吹き回しだよ」
「はあん。その程度のことでこの店にも顔見せるのか。お前、俺たちのことは嫌いなんだと思ってたわ」
「別に嫌ってなんかないよ。同じチームを応援する仲だしな。ただノリが違うなと思ってるだけ。多分ずっと一緒にいたら、お互い疲れるんじゃないかなってね」
「めんどくせえこと考えてんな。よっしゃ今日も勝ったぜって酒の一杯も飲み干せば、それでもうノリとか関係なくなるだろ」
「ほら、そういうとこでもうノリが違うんだよ。まあいいや、今日くらいはあんたたちに合わせるよ」
あちらからこちらから、人のも自分のも、楽し気に会話をする声が響く。
取り分け大きく響く、アリアの周りを囲む男たちの声と、それに答えるアリアの笑い。応援中も楽しかったが、この宴席もまた、とても楽しい。隣にリーラはいるものの、周囲をぐるりと知らない人たちに囲まれた今。だと言うのに、不安があまりない。楽しいという思いばかりが先行する。学院のどの授業でも、こんな雰囲気は味わったことがない。そもそも最近は、周囲の学生がみな自分に対して悪意を持っているようにさえ感じられる。
ここにいる人たちは皆、少し口の悪いところはあっても、例えばそう、違うチームのファンであるリーラのことも笑顔で受け入れてくれる懐の広さを持っている。きっと、今日の勝利に拳を突き上げられる人間なら、誰でも分け隔てなく受け入れてくれるに違いない。暖かいな、とティリルは息を漏らした。
「ねえティリル、大丈夫?」
ふと、ダインがティリルのすぐ後ろに来て、肩を叩いてきた。
何がですか? 笑顔で訊ね返す。
「いや、この場の雰囲気がさ。強引に話しかけられたりって苦手かなって思ったんだけど」
「そんなことないですよ。皆さんに優しくしてもらってるし、とても楽しいです」
「そっか。ならよかった」
言って、ダインはまた自分の席に戻っていった。
先程の様子だと、ダインこそこの雰囲気が苦手だったのかもしれない。アリアに誘われた最初こそ、行くか断るかをティリルに一任して寄越すなんて無責任な、と憤っていたが、ひょっとしてダインはダインなりにティリルのことを気遣ってくれていたのかもしれない。いろいろと心配をかけていたのかもしれない。それで、試合観戦には無理に誘ってくれたのか。この宴席には自分自身苦手であっても、ティリルの意思に付き合ってくれたのか。
「……なんて、考えすぎかな。試合に誘ってくれたのは、応援席を賑やかす目的の方が大きかったみたいだし」
ダインに気付かれないように、彼の姿を遠目に見ながら、小さく独り言ちた。
「ティリル先輩は、やっぱりこのままXRのファンになるんですか?」
リーラが聞いてきた。
「え、ファンになるって……、正直よくわかんないんですけど……」
「難しく考えるこたないよ」
戸惑うティリルに、声をかけるのは店主の女性。
「XRが勝てば嬉しい。XRが勝つと嬉しいって思う奴を見たら嬉しい。負けたら悔しい。そんなことをぼんやりとでも感じるようになったら、あんたはもうファンなんだよ」
「は、はぁ」
にんまりと笑いながら、もう何杯目かのシーデリャを注いでくれる彼女。愛想笑いしか返せなかったが、仲間と認めてくれたことは、素直に嬉しかった。




