1 節間-3.ミストニア・ルーティア
夜。
「で? どうだったの」
単刀直入。鋭い視線で訊ねるミスティ。その問い口にくははと苦笑いする、ルースもまたちゃんと質問の意図を受け取っている。
「負けたさ、準決勝敗退」
「知ってるわよ。結果じゃなくて感想を聞いてるの」
受け取ってなお、この無駄口。相変わらずふざけた態度だと、大きな溜息を吐く。
大会の前にルースと話をした、校舎の陰に面した小さな木壁の部屋。今度はここで反省会。大会前も、大会中も、ルースは常にここにいた印象だ。よほど気に入りの場所なのだろう。……まぁ、マノンがからかっていた時点で、おおよそ彼のやりようには察しがついている。
「感想、かぁ。……まぁ純粋に力不足は感じたよ。負ける気はしなかったんだけどな。小細工を見破れなかった」
壁際に、乱雑に寄せられた机と椅子。動かしてミスティの方に向け、やぁ疲れたと重ったるそうに腰を下ろしたルース。はあ、とわざとらしく大きな溜息を吐く。
ミスティは、前に二人で話した時と同じ場所にあった、机の上に座っている。片膝を抱え、ルースを睨みつけながら、彼の言葉をゆっくりと待っている。
「小細工ねぇ。……力不足とか言いながら、実力だけなら負けないって言ってるように聞こえるけど」
「実際そう思ってる。本当にスポーツみたいな、お互いルールを守った上での勝負だったら負けてねぇ、ってな。だし、相手の本性を聞いていながら、そんなスポーツみたいな感覚で試合に臨んじまった自分の浅はかさが問題だ、とも思ったわ」
ふぅん、なるほどね。鼻を鳴らす。
「じゃあ、あなたが負けたことにティリルは関係ない?」
念のため、確認する。ルースなら何と答えるか、本当にティリルが目に見える形で彼の足を引っ張ったとしても、彼は答えを同じくしただろう、とは思うが。
「当然だろ。相手のやり口を見抜けなかったのは俺の実力不足だし、ルールを守らなかったのはあの女の問題だ。ティリルのせいじゃねぇよ」
頬杖をつきながら、ルースは首を横に振る。そしてさらに、「ティリルはあの女をどうにかしたかっただけで、俺は頼られたから力を貸しただけ。最初に言った通りさ。だろ?」と続けた。
そ。一言。頷く。
ルースの言葉には一切の衒いがない。ティリルに何らかの責があってもそれを口にする男でもないが、そう感じた自分の心を隠そうとする演技も見えない。
その反応が見たくて、ミスティはルースと話をしたかったのだ。
「安心したか? かわいい後輩にもうあんな叱責しなくてすむって」
にやにやとルースが聞いてきた。最初から不安なんか抱いてないわよ。膝を手放し、その手と左手とを尻の脇に置いて背中を支える。そして首を天井に向け、木目を眺めた。
「どうなんだ? ティリルは」
ルースが聞いた。少しだけ、声音が固くなった。
「平気よ。疲れて寝ているだけだろうって、校医の見立てよ」
「そっか。そりゃよかった」
ルースがほんのりと、口許に笑みを飾った。
「ヴァニラは? あの子の足は平気?」今度はミスティが訊ねる。
「怪我だからわかんないところもあるらしいけど、当面の処置は無事にすんでたぜ。本人も包帯の足でにこにこしてたし、大丈夫じゃないか」
「そう」
息を小さく吐きながら、静かに相槌を打った。
今回の第三種競技。どこまでがゼルの狙い通りだったのかそれは定かではないものの。結果的に、自分たちは、ティリルはアルセステを倒した。その結果には、ほとんど何もしていないとはいえミスティにも達成感がある。
試合直後は、ティリルの魔法の威力とそれが齎した会場の惨状に、観客たちは騒然としていた。アルセステとランツァート、目の前で負傷者が二人も出て、そのうちのランツァートは掠り傷ではあったものの怪我の原因が不明。アルセステは、吹っ飛ばされて教室に放り込まれた挙句、腕と足の骨を折る大怪我を負った。勝者――そのように見えるティリルも、気を失って倒れている。風に煽られて破損した校舎の窓の傷跡も大きく、誰しもが、拍手喝采で終われる大会ではなくなったと血の気が薄らいでいくのを感じていた。
ざわつく観客を巧くまとめたのは、確かにネライエの手腕だった。会場の中心に立って今の試合の総括をし。
「怪我人や、校舎の破損が出てしまったのは、確かに悲しい結果でした。全ては運営の不徳の致すところです。そのことについては申し訳ありませんでした。ただ、どうやら今のところ、観覧席には負傷をした方はおらず、そのことについては個人的にも安堵しております。
何より、二人の若き魔法使たちが壮絶で凄烈な真剣勝負を展開してくれた。そう感じています。激しい戦いの結果大きな怪我を負うかもしれないリスクは、二人とも覚悟の上だったことでしょう。その上でここまで白熱した試合を見せてくれた二人に、改めて感謝と祝福を送りたいと思います」
そう、演説した。
聞いてすぐにはぽかんとしていた観客のうち、誰かがふと拍手を始めると、やがて二人、三人とそれに続く者があり、最後には全員が、この結果に笑顔を零し、そうだそうだ、確かにいい試合だった、楽しかったと声を上げ始めるのだった。
つまるところ、多かれ少なかれ誰しもが、アルセステを嫌っていたのだろう。
「全く、敵ばっかり増やしてもいいことないのよねぇ」
呟くミスティにルースも苦笑を返した。
「そういやあんた、例のポケットに入れてた嫌精石の作戦はどうなったわけ?」
はたと思い出し、ルースの顔を睨んで聞いた。
試合の後、ルースはゼルの作戦どおりに衆目の前に石を示した、と聞いた。邪魔をしたのはスパイヤー。そこまで聞いている。ミスティがルースに聞きたいのは、スパイヤーに何と言われ、何を決め手に作戦を諦めたか。
「どうなった……、って。あの男、……スパイヤーだっけ? あいつに『作戦が王陛下に露見しかけてる、ここは退け』って耳打ちされたんで、あんときは従ったんだけど」
「王陛下に露見? なにそれ」
「いやぁ、今思えばデマだろうけどさ。あのスパイヤーとかいうのが何考えてたんだかはわかんねぇけど、ゼルと一緒になってたんだろ、多分。もしゼルが、この結末目指して裏工作してたんだったら――」
「は、なるほど。自分で作戦立てといて自分で潰しに来たってわけか。あいつあんなこと言ってたけど、アルセステを勝ち残らせる気満々だったのね」
「ああそっか。そういうことか。じゃ、俺は結局ゼルに嵌められてたわけだ」
アルセステが用意してた反則技も、ゼルが施した策だったということか。なんだよ畜生。舌の上で転がす罵倒は、しかし大した実感を伴わなかった。
学院の灯は落ち、実行委員を中心とした何人か後片付けをしている。
壊れた教室は三階。ペンタグリヤとエルダールを中心に、教員たちが検分していたが、今日のところはどういった結論になったものか。吹き飛ばされたアルセステを救出した他は、今日のところは何も触られず、ただ立ち入り禁止の札が立てられただけだったように思われる。
校庭に大挙した街の人たちは、日が沈むのと同時に、皆学院から出て行った。今度は町の大通りで、夜通し酒を片手に大騒ぎする。それがこの、照闇の祭の恒例だった。
学生たちも、今日の夜ばかりは街へ出て行くことを許されている。少しくらい羽目を外して過ごさねば、闇は払えない。
「はぁ。やっぱ遊んでた二年間がもったいなかったなぁ!」
今更な愚痴を、ルースが零した。
「二年で気付けて良かったじゃない」ミスティの言葉は心底だったのだが、ルースには伝わらなかったようだ。口を尖らせ、嫌味言うなよと不貞腐れている。こういう辺りがまだまだね、ミスティは俯きながら口許を緩ませた。
「あなたは頑張ったと、私は思うわよ? 二年前はね。下らない自尊心を後生大事に抱え込んで、小さな挫折で全部捨てちゃって、ホントに馬鹿な奴って思ったわ。でも、拾えばまだまだ使えるものもあるんだし、それちゃんと気付いて拾い直したあなたはすごいと思うわ」
「……あんがと。マジで言ってくれてたのか」
「あのね。私はいつだってマジよ。グダってる最中のあんたには嫌味を言っても、反省して真面目にやってる奴に対して昔のことほじくり返したりしないわ」
腕組みをして、右の目でルースを睨む。
ふざけるんじゃない、私はそんなに暇じゃない。今のあなたが頑張ってると思うから、話も聞いてやるんだ。
「あ……、あのさ、ミスティ」
すっと顔を背けながら、ルースがミスティの名を呼んだ。
返事を音にするのは保留する。先の展開、あまり良い予感がせず、場合によっては聞こえなかったふりをすることも検討中だ。
「二年前の試合の前、優勝したら伝えたいことがあるって言ったろ」
黙。答えない。胡坐をかくように右膝を広げ、その上に頬杖をついて、ルースから顔を背け、別のことを考え始める。
ティリルは寝込んでいるから問題ない。リーラは……、しかしリーラもティリルに薬を飲ませたことをひどく反省し、落ち込んでいたようだった。きっと、今頃は自室で鬱々としていることだろう。
――うん、今日は大丈夫そう。
「今回も優勝はできなかったけど、今回は、自分なりに結果に満足してるんだ。その……、ずいぶん時間が経っちゃったけど、伝えちゃ、ダメか?」
「……伝えるのは、勝手じゃない?」答えてしまった。これで、聞こえなかったふりはもうできない。「伝わるかどうかは、どこにも保証ないけど」
「あのさ、俺……、俺さ」
震える声で、ルースが続ける。
徐に、立ち上がり、顔を背けるミスティの前に立って。
「ミスティ、俺――」
睨むようにこちらを見つめてくるルースの、ミスティは頬に手を当て、顔を近付けてルースの口を塞いだ。
唇が、暖かい。
ルースのくせに、まるで初めてするかのような、ミスティのするに任せるような、優しくぎこちないそれだった。
「……ミスティ」
「それ以上はまた今度にして」
離れた唇で、そう、拒む。
どういう意味かと問うて良いのか、ルースが眉をへの字に曲げて言葉を探していた。全くこんな時ばっかり察しの悪い奴め。顔を背けたまま、親切に説明してやる。
「私のこと、この部屋で口説こうなんて馬鹿にしてんのかって話よ。最初からやり直し。私がどうすれば頷くか、もっとちゃんと考えてから出直してきて」
マノンに言われなくとも、ミスティだって、ルースのやっていることにはちゃんと気付いている。やり直させてもらえるだけ、ありがたく思いなさい。




