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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26 断節 ヴァニラ・クエイン(後)







 残される、マノンとヴァニラ。そこで気付くのは、少し鈍かった気がする。上階へ、ゼルを追い詰めに行くのに、本当は二人以上欲しかった。自分の怪我の対応のために、人手が減って、ミスティが単身乗り込むことになってしまったのだ。


 今気付いても最早手遅れ。もちろん先に気付いていたところで、自分のことを放置して上階へ向かう三人でもなかったろうが……。


「……上に、ゼル先輩が、いるんで、しょうか」


 自分の気を紛らわせるために、掠れる声でマノンに訊いた。わかりません、答えが届く。二人が帰ってくるのを待ちましょう、と。


 しかし答えは、そう長い時間を待つまでもなく、呆気なく判然となった。


「……っぱりいるんじゃないっ……、んなのよあんた……」


「ちょっ、もうちょっと待ってくれって……、あとすこ……」


「ちょ、逃げんじゃないわよ……」


 どたんばたんと、そして階段の上から響く物音。


「いた、みたいですね」


「……そう、ですね……」


 マノンの呟きに、ヴァニラもうっすらと目を開けて答えた。


「あーっ、この、待ちなさいっ、いいから話を――」


「話を聞いてほしいのはこっちだって……」


「ったくちょこまかと……。あたっ、あんた魔法使えんのっ……」


 さらに聞こえる、怒声。かと思うと一際大きな音、机か棚か何かが重なって倒れるような轟音が、悲鳴のような声を押し潰して届き、一瞬、静かになる。


「全く」 


 はぁと溜息を吐き、マノンは右手に、落ちていた石壁の欠片を手にした。先程の魔法の風で窓ガラスと一緒に砕けた、手のひらに収まる程度の小さな欠片。どうするのかと見つめると、不意を突くようにマノンはそれを投げた。ミスティが進んでいった時計塔に続く階段。その入り口の辺りに。


 足音も立てず姿を現すゼル。その下腹部に、石が当たった。


「ぃぎっ……」


 奇っ怪な声を上げて、ルースの動きが止まった。マノンの勘が、物凄い。一連の流れを見守った、ヴァニラの第一声だった。


「往生際が悪いですよ、ゼルさん」蹲るゼルにマノンが声をかける。「話くらいなさったらどうです?」


「話くらい、っつったって……。ミスティは突然襲い掛かってくるわ、マノンは何、これ? 石? 投げつけてくるわ……。勘弁してほしいのはこっちだよ」


 言い分御尤も。同情の余地もあるような気がした。


「ってーか、二人ともなんで俺のこと追っかけてきてるの? 俺なんかした?」


「そうですね、私は伝聞ですけど――」


 マノンはいくつか、彼にかけられた嫌疑を列挙した。スパイヤーの正体をティリルに秘密にしていたこと、そのスパイヤーが、ティリルをバドヴィアの娘だと広めたこと。ティリルが第三種競技に出場させられるというイレギュラーを前に姿を見せないこと。ルースが守った作戦も失敗したにもかかわらず、次の手が見えてこないこと。


「あー……、まぁ、その、話せば長くなるんだけどさ」


「聞きますわ。私もヴァニラも、あなたの主催の作戦会議にあれだけ参加したんです。結末を見届けるつもりはあります」


「いや、その、話せば長くなるから、さぁ」


 ごにょごにょ、と言葉を濁すゼル。あれ、結局話くらいもろくにしないのか。怪訝な思いは、ヴァニラだけではない。当然マノンの中にもあるらしく、睨む目付きが険しくなっている。


「と、とにかく! 信じてよ、策はちゃんと練ってあるし、最終的にはきっと目標を達成させるから! だから、今はちょっと、ホントもう時間ないからさ!」


「そんな、ろくに説明もせずだなんて――」


「くぉらあぁぁ! 待ちなさいよねゼルっ!」


 マノンの言葉を遮って、ミスティまでが追い付いてきた。うわぁと声を上げ、ゼルが走り出す。そうなると、ヴァニラを看護しているマノンに打つ手はない。ミスティの手が彼の襟首を掴むのを、大人しく待つのみだ。


 もちろん、待っていればそんな結果が必ず転がり込んでくる、などという保証もない。


「あ、あの……、ごめんなさい、マノン先輩、ミスティ先輩……。待って、ください」


 何より、ヴァニラにも思いがあった。


 か細い声で、制止する。


 まずマノンが気付き、その声を大きくしてミスティにも届けてくれた。舌打ちしながら何よと足を止めるミスティ。嬉しかったのは、それでゼルも待ってくれたこと。その隙に逃げようと思えば逃げられたかもしれないのに。


「ゼル先輩のこと、もう少し、信じてみませんか……?」


 声の震えは、体の弱りだけが原因ではなかったかもしれない。


「は? あんたはこの男のやり方が信頼に足るって言うの?」


「それは……、いえ」


 正直に答える。ゼルが気まずそうに、指で頬を掻いた。


「じゃあなんで――っ」


「……ティリルなら、そう言いそうな気が、したから……」


 呟くように伝える。ミスティが言葉を飲む音がした。マノンも、ゆっくりと頷いてくれる。


「そりゃあ……、まぁ、確かに」


「だから、その……」


「ああもう、わかったわよ!」指までかけた宝箱の開錠を諦めるように、投げ槍に。「確かに。こいつの態度は到底信頼には足らないけど、ティリルを裏切って罠に嵌めようって感じじゃないのもわかる。そんでもって、ティリルなら確かにそんな甘いことを言うに決まってるわ。ったく、せっかくここまで苦労して、あんただってそんな怪我までして探したってのに」


 溜息を吐くミスティは、しかし責めるような態度は見せない。敢えて言うなら、「お互いバカね」と自嘲気味に笑おうかという印象。聞く分には心地よかった。


「……うん、まぁ、その。悪いな。絶対、ティリルを泣かせるような結末にはしないからさ」


「いいわよ。猶予付けてやるから、早く行きなさい」


 素直に頭を下げるゼルを、ひらひらと手で払いながら、言い捨てるミスティ。


 おう、と頷いて、ゼルは廊下を走り出した。空間を、溜息が支配した。重い溜息ではない。つくづく自分たちを嘲った、諦めのような三人分の溜息だ。


「ったぁく。これでアルセステをどうにかできなかったら、私たちみんなバカとしか言いようがないわね」


「ティリルさんも含めて、ですね」


「はっは。とんだとばっちりだ」


「……でも、ティリルなら、受け入れそう、ですね……」


「そこまで含めてあの子もバカなのよ」


 だから目が離せないのよね。ミスティが言うのと、こっちだ、早くとルースの声が響いてくるのがほぼ同時。医務の人を連れてきてくれたらしい。


「よし、ひとまずは安心ね」音を聞くや、ミスティが声を上げた。「ごめんね、私は、あのバカんとこに戻らなきゃ。どうせ対戦相手はアルセステ。一人で戦わせるなんてそんな無茶できないからね」


 ミスティがそう言って、出口に向かおうとする。ええ、頑張って。小さな声で、ヴァニラは笑った。


「絶対に、ティリルを、守ってあげて」


 付け足した声は、走り出したミスティの背中には届いているはずもなかった。




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