表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
201/220

1-26-9.ルースの結末







「何をされてるんです? 試合前の出場者同士の接触は禁止ですよ」


 と、横から声がかかった。


 振り向いてみれば、立っていたのはランツァート。実行委員の証であるバッジを胸に付け、両手を腰に当てて仁王立ち。敵が、増えた。


「あなたたちが害虫の駆除をサボっているから、私が手を汚さなくちゃいけなくなったのよ。廊下でブンブン騒いでるんだから、黙ってらんないのも道理でしょ」


 ふん、と鼻を鳴らすアルセステ。ランツァートもアルセステの言いなりだろうに、まるで本当にただの運営に八つ当たりしているだけのような言い草だ。いや、そう感じさせるのは、アルセステの態度ではなくランツァートの対応によるのか。


「それは、アルセステさんには失礼致しました」


 淡々と頭を下げ、それからランツァートはティリルに顔を向けた。


「ゼーランドさんは何をなさっていたんですか?」


「ああ、ごめんなさい。その、トイレを探していたら、知り合いに会ったもので」


 しれっと嘘を吐く。自然に口から出るようになった。


「そうですか。では、予科生のあなたに向けて伝えるべきですね」最後にランツァートは、リーラに向き直り。「このフロアは、大会開催中は関係者以外立ち入り禁止にさせて頂いています。あなたはゼーランドさんの補助役でもないでしょう? 即刻、立ち去ってください」


 えぇ、と顔を顰めるリーラ。


 だが、ランツァートもそれ以上うるさいことは言わない。きつ、と一度、リーラとティリルを睨みつけたその後は、そのことについてはもう触れず。アルセステに向き直って、さて本題と口を開いた。


「アルセステさん、そろそろ時間です。実はあなたを呼びに来たんですけれど」


「わかってるわよ」


 乱暴に答えて、もう一度部屋の扉を開ける。


 強く横に投げるようにして閉めようとした扉は、ランツァートが器用に受け止め、勢いを吸い取った。


「勝ち抜いたとしても、もうこの部屋に戻ってくることはありません。荷物などは残さないようにしてくださいね」


「わかってるって言ってるでしょ!」


 扉の向こうからここまで聞こえてくる怒声。人にうるさいと文句をつけてきたとは思えない。見守る意味はないのだが、思わず見惚けてしまう。


「あの」アルセステが室内にいる間、ランツァートに聞いてみることにした。「ルースさんの試合の様子、聞いてもいいですか?」


「ルースさん? ああ、デルサンクさんのこと。様子とは? 何をお知りになりたいんです?」


 ランツァートが答えてくれる。優しい声音。だが、目は笑っていない。


「その、怪我などはされてないですか? その……、何か、変わったこととか」


「怪我はされませんでしたよ。風船の結果は1対0。十個までが試合の中で破損し、最後の一つをアルセステ選手が自陣に収め勝利しました。変わったこと、とは、特に思い当たりませんが」


「そう、ですか……」肩を落とす。やはり簡単に情報をくれはしないか、と落胆したところ。


「ああ、そういえば」


 ランツァートはふと手の平を合わせ、わざとらしく(くう)を見上げて口を開いた。


「試合後に、デルサンク選手は何やらを仰っていましたね。ポケットに嫌精石が入っていたとか。アルセステ選手が入れたものと疑っていらっしゃいましたが、ご自身の勘違いだったという形で収まりました」


「勘違い?」


「ええ。実行委員のスパイヤーが、先日同じ石をデルサンク選手に渡したはずだと指摘したところ、ご自身の記憶違いに思い至ったようです。それが、何か?」


 事など微塵もないとばかりに、ランツァートは首を傾げた。


 何が微塵もないだ。事だらけではないか。そう思うものの、口はおろか表情にも出せない。なぜスパイヤーがそんなことを言うのか。あの石はゼルがルースに渡したもの。スパイヤーの関わる余地はない。なぜ、その言葉にルースは主張を取り下げたのか。


 わからないことだらけだったが、これ以上質せば怪しまれる。疑念は、飲み込むしかなかった。


 やがて、アルセステが小さな布袋を肩に掛け、部屋から出てきた。もはやランツァートはその扉は閉めず、むしろ更に大きく開いて開放した。アルセステを導く形で先に立ち、今来た廊下を歩いていく。アルセステも、最早一瞥の視線も残さずさっさと歩いていく――、いや。残した。ティリルにではなくリーラに。にやりとした冷たい笑みを向けた、その一瞬が確かに目に飛び込んできた。


 リーラは、ティリルの腕にしがみついていた。


 疑念は湧いたが、守ってやらねばと思う使命感の方が強くあった。


「……ルースさんはやっぱりうまくいかなかったんですね」


 ぽつりと、呟く。勝敗のことではなく、ゼルの立てた作戦のこと。知っているかとリーラに期待をかけたが、「え」と小さく声を震わせるだけだったので、それ以上は聞かなかった。


 どうなったのか、早く知りたいところでは、ある。だが、焦ったとて方法がないのなら仕方がない。ここで大会規定を無視して控室を後になどしたら、きっと立場が悪くなる。


 大丈夫、何がどうなったとて、アリアや王陛下がその状況を見ているはずだ。ルースの立場が極端に悪くなることは、きっとありえない。


 悔やまれるのはアルセステのこと。今となっては、ゼルには頼れない。新しい策を立てる術が見出せず、自分がアルセステを倒す手段を見付けることすら難しい状況で、どうにか自分の身くらいは守り切れるかなぁといった算段だ。結局この日のために皆で準備した策は、それだけの時間は、実を結ばずに終わってしまうのか。やはり、アルセステを学院外に追放することは難しいのか。アルセステはあんなに容易く、ラクナグを放逐して見せたというのに。


「悔しいなあ……」


 ぽつりと呟く。その声は、リーラの耳には届いたのか。


 ティリルの腕を掴んで震えていたリーラは、一体何を考え込んでいるのだろう。ふと、ぐっと手に力をこめ、真っ青に褪めた顔をティリルに向けて、ごくりと一つ、(つばき)を飲んだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ