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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二節 そして魔法大学院へ
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1-2-2.ちょうど困っていたところ






 奥に進むと、いよいよ敷地は広大になり始めた。


 正門の粗雑さに比べ、中はいくらか整えられていた。大学院の中央を走る大きな通りは、赤と白のタイルが敷き詰められ歩く者の足をからからと鳴らせた。両脇には躑躅の植え込みが整然と刈り込まれ、所々には古びた木製のベンチが置かれて休息の場を提供している。


 もう一つ、大きな通りと直角に交わったポイントには、交差路の中央に大きな噴水が作られている。周囲には背の高い植木が等間隔で行儀よく並べられ、水の飛沫に彩りを加えている。


 ちらほらと見えてくる、一日の課程を終えて束の間の休息を楽しんでいる学院生たちの姿。噴水脇のベンチで寛ぎながら談笑する男子たち。きゃらきゃらとガラス玉の鳴るような笑い声を上げて駆け回る女の子たち。ティリルとすれ違った年長のカップルは、どこかで売っているのだろうか甘くて美味しそうな焼き菓子を二人手に持って微笑み合っていた。当然ながら、一様に同じ格好。上は白。飾り気のないワイシャツに、赤いネクタイを締めている。下は黒。男子はズボン、女子は丈の長いスカート。先程ティリルも渡された、それがこの学院の制服らしかった。


 時折、自分のことを見返してくる視線があることに、ティリルは気が付いていた。注目の理由、わかっているつもり。同じく白黒二色の色合いとはいえ、肩から肘までを覆う黒いケープはさぞかし目に付くことだろう。『学生ではない誰か』の存在が、好奇の目を集めるのは至極当然のことだ。


 早く、自分に宛がわれた学院寮を見つけて、部屋に潜ろう。ティリルは少し肩を丸めて、足の速度を速め始めた。


 学院の敷地内、数分間歩いただけでも、指を折って数えられるだけの校内の見取り図が配置してあった。広すぎて、どこに何があるのかわからない。そう感じるのはティリルがとりたてて方向音痴だからというわけではどうやらないらしい。ひょっとしたら、王城の敷地よりもずっと広いのではないか。少し歩いただけでもそう思わされてしまうほど、そこは広大な迷路になっていた。


 それでも、すれ違う院生たちは自分たちが目指す場所をよく知っているようだった。地図も見ず、友達との話に夢中になりながら、それでも迷わず道を歩いていく。いくら見取り図を眺めても自分の目指す場所がわからないティリルとは、随分と違うようだった。


 誰かに道を聞こうかとも思ったが、実際に誰かを呼び止めようとすると、瞬間頭の中が真っ白になって体が固まってしまう。寮はどこにあるのかと聞くだけの簡単な行動が、自分にはなかなか出来ない。


 このまま辺りをうろうろと彷徨っていれば、あるいは地図の前でぼんやりと立ち尽くしていれば、いずれ夕闇に追いつかれて道を聞く相手もいなくなってしまうだろう。


 どうしたものだろう。泣きそうになりながらどうにか胸を押さえ、俯いて考えあぐねていると。


「どうかしたの?」


 後ろから声をかけられ、ティリルはびくりと肩を震わせた。


 飛び上がって振り返ると、長い黒髪の、制服姿の女性が、ティリルの様子を覗き込んで声をかけてくれていた。


挿絵(By みてみん)

     illustrations by イコ様


「え、えと、あ、あの、えと……」


「あ、ええと……。何か困っていたようだったから声をかけたんだけど――。迷惑だったかな?」


「い、いえっ、いえっ! そんなことないですっ! ちょうど困っていたところでしたっ」


 緊張しながら、それでも迷惑でないことだけは伝えようと絞り出した、精一杯のティリルの答え。一瞬間をおいて、なんだかマヌケな台詞だったなと自省する。けれど、黒髪の女性はティリルの様子に笑い立てることなく、優しい笑みを浮かべながら。


「よければ力になるけど?」そう言ってくれた。


 その瞳は、どこか小さい子供を見守る母性を感じさせるような暖かさを湛えていて。ティリルを子ども扱いしているようではあったけれども、それでもそれが今のティリルにはまるで砂漠で見つけた一杯の水のように有り難かった。


「あ、ありがとうございますっ!」


「ううん、私が気紛れで、困ってるあなたの姿に見かねただけだから。お礼なんかいらないよ。で、何を困っていたのか、聞いてもいいかしら?」


「あ、あの、えっと……。私、その、どこに行けばいいのかわからなくなってしまって」


 困惑をまとめきれないまま、口を開く。そんな困惑を相手することに慣れているのだろうか。黒髪の女性は戸惑わず、一つ一つティリルに質問を始め、情報を整理し始めた。


「あなた、学院生なの?」


「え、あ、はい。その、ついさっきから」


「ついさっき……。じゃあ編入生なんだ。事務課には行った?」


「事務課……。あ、入り口のところの受付でしたら。学院の制服とか、何かの冊子とかをもらってきました」


「手続きは済んでるんだね。その後はどうしろって? 何か言われなかった?」


「それが……。その、恥ずかしいんですけど、気が昂ぶっちゃって、何を言われたのかもよく覚えていなくて……」


「あー……」


 困った顔をして見せると、女性は右手の人差し指でこめかみを押さえ、呆れ顔で溜息をついた。自分が、何かまずいことを言ったのだろうかと一瞬ティリルは不安になったが、どうやらそういうわけではなかったらしい。ポン、とひとつ、女性に肩を叩かれ。


「ここの事務員ってホント仕事しないのよね。説明もなく、ただ冊子だけ渡されて放り出されても何していいかわかんないんだよねぇ」


「あ、は、あの、えと、その……」


「ええとね。編入生が授業を受けるためには、まだいくつかやらなきゃいけないことが残ってるはずなんだけど……。まずは学生寮に行って、自分の部屋を確認すべきね。寮まで案内してあげる」


 ついてきて、と言って女性はティリルの前を歩き始めた。


 慌てて、小走りに女性についていく。すみません、ありがとうございます。謝罪とお礼を伝えると、女性はすっきりとした微笑を浮かべながら、気にしないでと言ってくれた。


「困ったときはお互い様でしょ。初めての学校に編入してきたばっかりの子が、わかんないことだらけなのは当たり前だし、緊張だってしてないはずないんだから」


 その笑顔は、なんだか見つめているだけでどんどんと心がほぐれてゆく。そして女性の言葉も、ティリルの心にすんなりと染み入ってきてくれる。こんな人と友達になれたらいいなぁ。彼女の斜め後ろをおずおずと歩きながら、ティリルは内証、そんなことを考えていた。





いこ様からキャラクターイラストを頂きました。

イラスト代500円払ったんですけどね(笑)。いこ様ありがとうございました!

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