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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十六節 第62回サリア魔法大学院習得技識披露大会
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1-26-2.サリア魔法大会、開幕







 と。


「はぁ。やっと解放された」


 頭の上から声がして、慌てて振り返った。


 高身長の、赤茶の髪の青年。見知った顔。ネスティロイだ。いつ会った時よりも手入れが足りない様子の乱れた髪を手櫛で整えながら、果実酢を口いっぱいに含んだかのような皴の寄った表情を見せている。


「これは宮廷魔法使様。皆様の人気を一身に集めておられて、相変わらず素敵なことですね」


「何が素敵だよ」曲げた口先で、エルサの皮肉に舌を出す。「ったく、この女中はホントいい性格してるよな。国王にも王女にも堂々とひねた口叩いてんだから、一介の魔法使風情なんか鼻であしらう勢いだぜ」


「何を仰るんです。陛下を前に『よう雇用主、ご機嫌麗しゅう』なんてご挨拶をなさるあなたが」


「俺は照れ屋なんだ。口じゃそんなこと言いながら、心の中じゃいつも国王陛下に万歳三唱してるんだぜ」


 とんでもない会話の応酬に、ティリルもミスティも絶句する以外ない。口など挟めない。下手に挟んだら、不敬を問われてこちらの身が危うそうだ。


「ああ、そうそう。女中の憎まれ口を聞きに来たんじゃないんだ」


「喧嘩を売っていらしたのはそちらでは……? まぁ、後にしましょう」


「そうしてくれ。それより俺は、バドヴィアの娘君を激励に来たんだよ。

 ってわけで、久しぶりだなゼーランド。調子はどうだ?」


 あ、はい! 答える声が上ずった。


 覚えてもらえている自信はあった。バドヴィアの娘と認知されているだろうことも、織り込み済みだった。だからだろうか。名を呼ばれたことが、予想外に嬉しい。


「はい。調子は万全です。成績が悪くても言い訳ができないくらいに」


 囲むメンバーの影響もあるだろう。すんなりとそんな冗談が口からこぼれた。


「ははぁ、なかなか肝が据わったな。いいことだ。まぁ、初戦敗退したとしても大したことじゃない。気負わず戦ってこい」


「はい」


 答えて、一拍の沈黙。少しした違和感を感じ、念のため注釈をつけておくことにした。


「その、私は第一種競技に出場するので、初戦とかはないんですけどね」


「そうなのか? てっきり第三種だと思っていた。まぁお前の真面目さなら納得もできるが――」


 なら、陛下にも伝えておくか……、いや、そこまでのご興味はないかな。ぶつぶつと独り言ちるネスティロイに、噛み合わない居心地の悪さを覚える。


 声を潜め、聞いていた内緒の話を確認した。


「あの、ネスティロイさんが第一種競技の課題を考えられたんじゃないんですか?」


「俺が? 俺は今は現役の宮廷魔法使だぞ。学院とは直接関係はない。懇意の研究者とのやり取りはあるがな」


「あー、ええと、それはわかってるんですが、その……。

 すみません変なこと聞きました。フォルスタ先生があまりに自信満々にそう仰るものですから」


「フォルスタ老が……。全く、何を考えているんだあの親仁は。そりゃ確かに、学院生の頭を捻くらせる問題なんて面白そうだとは思うが……」


「先生は、国王様が私のことを推薦なさるなら、ネスティロイさんは絶対に私に向けた問題を作りたがるだろう、って言っていました。あまりにムキになるからつい私も信じちゃってましたけど、そうですよね。改めて口に出すと自意識過剰で恥ずかしいです」


 えへへと、少し淋しい想いを噛み締めながら、自分の後頭部を撫で恥じ入るティリル。


 そこに、「え」と疑念の音が二つ、重なって聞こえた。ネスティロイとエルサが、同じ表情でこちらを見てきた。今度はティリルの外に、噛み合わない違和感が存在しているらしい。


「国王が……?」


「陛下が、推薦された?」


 ぽかんと、復唱される。


 心がざわつく。


 何か、良からないものが露見されたような……。


 その時、学院の鐘がぐおぉん、ごぉおん、と大きく鳴り響いた。


 校庭の真ん中に木箱の台を置き、そこに立ってネライエとランツァートが、大きく声を張り上げていた。


「ただいまより、第六十二回、サリア魔法大学院修得技識披露大会を開幕致します。大会出場者の皆様、校庭中央へお集まりください」


 慌てて、視線を向ける。すぐ近くにいた学生たちが、一斉に校庭の中央、ネライエたちの前に集合していく。


 ああいけない、と挨拶もそこそこ。エルサはすぐ近くで抱腹していたアリアを捕まえ、ネスティロイもいそいそと貴賓席に戻っていく。今の話をもう少し詳しく、などと言っている暇はない。自分も、中央に集合しなければならないのだ。


 ミスティに背中を叩かれ、ひとつ頷く。まずは今自分がすべきことに集中しよう。戸惑いは破綻を生む。役目と、自分の目標とに、徹しよう。


 中央に集合した学生は、およそ四十名ほど。皆、なんとなくは自分と同じ競技出場者を把握している。特にティリルは、第一種の出場者の名前を準備室で把握していたこともある。見知った名前が多いと注意を向けていたので、その場に集まった者のうちなんとなく顔がわかる本科一年生たちは、そのほとんどが第一種出場者だと把握していた。


 もちろん、第三種出場者の中に知った顔が四つあることは、言うまでもないことだが。


 ネライエが簡単な挨拶を施し、次いでスヴァルト学院長が開会の挨拶をする。声を張り上げる様子もないが、その割に大きく響くのは、拡声の魔法が使われているからだろう。風を震わせれば音は大きくなる。ティリルも理屈は知っているが、其の念じ方は知らなかった。


 ちらりと、自分の座っていた木の椅子を返り見る。手伝いを友人に頼む出場者は多く、出場者席の方にも学生の姿は多い。マノンの姿がある。だがミスティはいない。恐らくこの隙に、ヴァニラと接触してくれているのだろう。


 やがて学院長の挨拶も終わり、次いで国王が壇上に立った。


 最後に出場者代表が立つ。ティリルが知らない名の、背が低く横幅のある三年の男子学生が代表を務めていた。王陛下の挨拶はさすがに、学生も街の人も誰しもが襟を正して聞いていたが、その分彼が喋り始めてからは聞き手の緩み方が激しかった。本人も陛下の挨拶の後で、相当緊張しているらしいことが伝わった。他人事ながら、ティリルなどはずいぶんハラハラしながら見守ってしまった。


 最後に、第三種競技のルール説明が入る。競技開始は午後の予定だが、直前のルール説明となると、逆に第一回戦と第八回戦の出場者では初戦までの時間間隔で有利不利が生じてしまう、ということらしい。


 先程までの各位の挨拶以上に、自分には関係のないことと割り切りながら聞くことができた。おかげで逆に頭に入ってしまった部分もないわけではなかった。


 時刻は九時半を回る。


 いよいよ、第一種競技が始まろうとしていた。





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