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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第二十節 魔法大会へのいざない
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1-20-7.決意を言葉に







 溜息をつきながらも、確かに悪い気はしない。ネスティロイなら思いやりのない理不尽はしない。これが、例えばヤルダが課題を設定するなどということになれば、もはや辱めを受けに行くだけだと言っても過言ではなくなるだろうから。


「わかりました。では、魔法大会の第一種競技に出場しようと思います」


「ああ」


「……見に来る、ぐらいはしてくれますか?」


 期待は込めずに、一応聞く。答えは予想の範疇だ。「ああ、気が向いたらな」どうせそうだろうと思いました、と聞かせるような大きな溜息をついて微苦笑を浮かべた。


「ダイン先輩は来てくれますよね」


 首を傾げながらにっこり微笑むと、しかし意外にも返ってきたのは戸惑い顔。


「あ……」


「あれ? 来てくれないんですか?」


「え、ええと、その……。

 例年困ったことに、魔法大会の日程って、よく試合とかぶるんだよねぇ。……あはははは。だから、僕もまぁ、予定が入らなかったら見に行くよ。ごめんね! ホントごめん」


 両手を合わせて頭を下げる先輩に、ティリルは驚き半分呆れ半分。もういいですよ、私の大会よりもクロスボールの方が大事なんですね!と頬を膨らませて拗ねてみせると、ダインはさらにひょこひょこ頭を下げてよこした。


 どんなに頭を下げても、「わかった絶対行くよ。大会を優先するよ」とは言ってくれない。なかなか酷い先輩だ。溜息をつきながら、知りませんと突っぱねる。何、これも冗談の範疇。たまにはいじめてやらないと、何でも許してくれる心根優しい後輩だと思われてばかりでもつまらない。


 鐘が鳴る。ふと気が付けば夕刻六時。そろそろ部屋に戻らねばと、冗談を適当に切り上げティリルは二人に頭を下げた。


 正式に大会への出場を申し込んだら、また報告しに来いとフォルスタに言われた。完全な放任なのかと半ば本気で心配していたティリルは、その一言でずいぶん安心した。


 心は決まる。あとは、また件の副委員長に声をかけられたときに答えればよい。


 ……いや。珍しく自分でもやる気を感じているのだ。たまには積極性という言葉を持って行動してみるのもよいかもしれない。




「えっと、あの! ……私、魔法大会に出場しようと思います!」


 挨拶もそこそこ。ティリルはプラチナブロンドの釣り目の少女を睨みつけて、そう宣言した。あとでよく考えたら、実行委員会副委員長が出場希望の声を受け取ることなど茶飯事だったろう。その彼女が、ティリルの決心にきょとんと目を丸くして一瞬がところ固まっていたのだから、よくよく自分の勢いが極端だったということか。


「そ、そう。あとで私からお返事を聞きに行こうと思っていたのですが。そこまでやる気を感じてくださるとは嬉しいわ。歓迎します」


 若干勢いに押されながらも、ティリルの勢いを喜んでいるのは本当らしい。戸惑いを笑顔で塗り隠しながら、ランツァートはティリルの言葉を受け取ってくれた。


「今日は取り急ぎ、その決意だけ先にお伝えしておこうと思いまして」


 ティリルが頭を下げる。


 廊下での立ち話。休み時間に探し回ってようやく見つけた副委員長に駆け寄って、勢いに任せて出場申請の言葉をぶつけた。考えがあったのはそこまでだ。ここから先のことは何も考えていない。


「わかりました。後程委員会の窓口にもご案内しますね。今後のこともご相談していきましょう」


 今日は私もまだこの後授業があるので、とランツァートは物腰柔らかく頭を下げた。ティリルとしてもありがたい。また後日、ゆっくりと。それで大分心の余裕ができた。そうだ、もう一つ、先に断っておかなければ。


「あのっ!」


「はい、なんでしょうか?」


「その、出場競技なんですけど、私、第一種競技に出ようと思うんです。いいでしょうか?」


 微笑みを口許に張り付けたまま、ランツァートはしばし固まった。


 山から流れ出す小川のようにさらさらと話をする彼女が、言葉に詰まるのは珍しい印象だった。そんなに答えにくい質問をしてしまったのだろうか。


「……私としましては、第三種競技に出て頂きたいという思いがあります」


「え……?」


 今度はティリルが固まる。第三種だけは絶対に出たくない。その思いが強く、どのようにか言葉を探してランツァートに断りを入れなければ。


「まぁ、私個人の思いではあります。どの道どの競技に出るかも時間をかけてお話したい事柄ですし、それもまた、改めて、ということでいかがですか?」


「あ、……はい。すみません。よろしくお願いします」


「いいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。

 先週差し上げたお話に、今週の水曜日でもうお返事くださった。そのお心遣いだけでも十分ありがたいですよ」


 にこり微笑んで、小さく頭を下げてくれた。


 静かに別れ、ティリルも次の授業の教室へ向かう。


 別れは静かだったけれど、心の中は騒々しくて、なかなか講義に集中できなかった。これから大きなことが始まる。その高揚感が、座って、落ち着いて息を吐いて、そしてようやく、強く芽生えてきたようだった。




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