1-20-4.大会の競技種目
「魔法大会?」
相変わらず顔も上げずに、フォルスタが聞いてきた。
最近はティリルも目を向けない。滅多に向けられることのない視線を待って横に立っているよりも、自分のノートを見返し、復習の作業をしながらの方が効率がいいように思ったのだ。実際、フォルスタ師もそんなティリルの態度に何も言いはしない。
「はい。そう言ったものがあると聞いて」
「馬鹿にするな。大会自体は知っている」
「すみません。私が知らなかったんです」
お互い手許の紙の文字を目で追いながら、そこそこ早いタイミングで相手に言葉を返す。傍から見たらなかなか不思議な光景だろうと思う。
「っていうか、慣れ過ぎだよねティリルも。ほんの八か月足らずでよくまぁ……。この先生にここまで馴染んだもんだよ」
「どういう意味ですか、先輩」
「どういう意味だ、ダイン」
傍から見た感想をくれたダインに、ティリルとフォルスタが同時に首を上げた。
どうもこうも、とダインはろくに、回答を言葉にしなかった。代わりに溜息をつく。そして、「お茶はいつものでいいですか」と、全く関係のない言葉で話を変えてよこすのだ。
「なんでもいい。お前の好きに入れろ」
「さすがに、僕も好きで入れてるわけじゃないですよ先生。いらないなら言ってください。入れませんから」
「私、お茶を入れるのは先輩の趣味だと思ってました」
ティリルもつい口を挟み、ダインの表情を引き攣らせる。
いつもいつも先にカップを用意させちゃって申し訳ない。今度は自分が、先輩の分まで用意しなければ。――そんな殊勝な思いを抱いていた時期が、自分にもあったような気がする。フォルスタではないが、今ではティリルも、なければないで困らない。ダインが入れてくれるから、ありがたく頂戴する。そんな意識になってしまっていた。
「じゃあ今日はお茶なしです。僕も話に参加させて。
何ティリル、魔法大会に出るの?」
よっと勢いをつけて腰を下ろし、本の隙間を見つけて胡坐をかく。
はい、そのつもりです。ダインにも顔を上げずに答えるティリル。相手がフォルスタだからの態度ではない。この研究室の中だから、この礼儀なのだ。学問優先、なればこそ。ダインの言葉の通り、ティリルが馴染んだだけだ。
「へぇ。第三種?」
「まさか! 一種か二種で、どちらがいいか検討してるんです。先生にご意見伺おうと思って」
「何に出ようがお前の自由だ。好きに選べばいい」
ぺろりと書物のページをめくりながら、興味薄そうにフォルスタ師が言う。
ティリルは僅かに顔を歪めた。ノートに置かれた自分の文字が、視界の真ん中でにやりと笑う。
「私、今日先生に一緒に考えて頂こうと思ってきたんですよ。そもそも私、競技ごとの違いもよくわかってないんです。教えて頂きたいと思って――」
「……。ダイン、教えてやれ」
「え、僕ですか? もう、先生面倒くさがるんだから」
そう言いながら、ダインはよいしょと体を持ち上げ、ティリルの正面に向き直った。
さすがに、教えてもらうのに顔を上げない態度はよくないと、ティリルもノートを閉じてダインの正面を見る。鳶座りの姿勢で、両手を膝の間に入れて、なんとなく背中を丸めて、よろしくお願いしますと小さく頭を下げた。
「ええと、まず第一種競技だけど、これが魔法大会本来の開催目的って言われる競技なんだ。問題数も年によって違うけど、最低でも五問以上かな。教員たちが設定した課題に、出場者が一斉に応対してその技能と速さを競うもので『課題式競技』とも呼ばれてる。地味だけど、一番魔法の地力と応用力が問われるものだね。
次に第二種競技。これは学生が自分の魔法力の見所、見せ所を考えて、アピールする競技だね。元々は単純に『どれだけ重いものを持ち上げられるか』とか、『どれだけ強い風を吹かせられるか』みたいな数字競技だったんだけど、最近はそれをどう魅せるかが勝負の肝になってきてる。だから『芸術式競技』とも呼ばれるようになってて、出場者はいかに華のある魔法を用意できるかで勝負するようになったね」
姿勢を崩さず、ふんふんと首だけ小さく頷いて、ティリルはダインの言葉を真剣に聞いた。課題式と芸術式。出場するならどちらかかな、とミスティとは話をしていたが、内容を細かく聞いてみると、なんとなくだが課題式の方が自分に合っているように感じられた。
「で、最後が第三種競技だけど」これは聞くまでもないな、とティリルの気が緩む。「これは一対一の対戦形式で相手から一本取ることを目的とする『武闘式競技』だ。勝敗の決め手は年によって違うけれど、例えば各々頭の上に色水の球を浮かばせて、相手のそれを破裂させたら勝ち、とか。火のついた蝋燭を片手に持って、相手の火を消したら勝ち、とか。そういった形で行われる」
「……直接魔法で相手を攻撃して、怪我をさせるのが目的なんじゃないんですか」
「えっ、何その発想。ずいぶん殺伐としてるねえ、ティリル」
ダインに呆れられて、気まずい思いで頬を赤く染める。
だって、ミスティがそう言ってたし。浮かぶ言い訳を口に出しても仕方ない。せめてほんの少し口を尖らせ、「知らないんですもの。そういうものかと思いこんじゃったんです」と拗ねてみせると、ダインが、まるで幼児のあどけない失敗を見守るかのような穏やかな微笑みを浮かべていた。
「いくら魔法の技量を競う大会でも、相手を意図的に怪我させたり傷つけたりする行為を良しとはしないよ。勝負自体は当然真剣勝負だし、結果的に怪我したり死んじゃったりすることもなくはない。でもそれが、何をやってもいいってことにはつながらないよ」
それはそうか、と改めて納得する。
それで少しだけ、第三種への恐怖が薄れた。と言って当然、参加する気は起きないのだが。
「というわけで、三種類の競技の違いはそんな感じかな。何か質問はある?」
「ありがとうございます。とりあえずは――、大丈夫ですね」
笑顔で答えた。さらに詳細なことは、例の実行委員の人にも聞くことができるはずだ。予備知識としては、十分すぎる説明だった。ティリルはダインに感謝した。
「それはよかった。じゃあ改めて。ティリルは第三種に出るの?」
せっかくの感謝を台無しにする、にやにや顔のダインの質問。
「……なんでそんな、第三種に出させたがるんですか?」
「いやなんとなく。第三種って今や大会の花形競技だしさ。どうせ出るなら、派手な競技に出てほしいなぁって」
「嫌ですよ。ルールがあるにしても、一番危険なことに変わりないじゃないですか」
あはは、まぁそうだね、と軽く笑いながら同意するダイン。
ぷくぅと頬を膨らませた後、ティリルは、姿勢を保ったままもそもそ向きを変え、鳶座りのまま今度はフォルスタ師を正面にした。




