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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十八節 服装と化粧
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1-18-5.衣装を整えたら化粧もしなければ







「ふわああぁぁぁ! ティリル先輩、めっちゃくちゃかわいいですぅ!」


 結局着替えを手伝ってくれたリーラが、今にも蕩けそうな表情で両手を合わせながら、ティリルの衣装に感想をくれた。


 背後に立つクリスも、案外着てみると似合うんですね、と訝しげな表情。礼儀はなかったけれど、やはり悪意からくる言葉でもないらしい。つくづく、正直さがその人物の評価を落とすこともあるんだなぁ、と苦笑いを浮かべた。


 リーラはウェンデの民族衣装だろうか。胸許を覆う小さなベストと、腰から下を守るスカートは大きく分かれ、開かれたお腹部分は肩からかけた透けた濃緑色の羽衣で、とりあえず覆っている。


 クリスはバルテ辺りの服らしい。カラフルな刺繍入りの上着。固い素材のベルト。肩にかけるのは厚手のマント。帽子は動物の毛皮そのままのもこもこ素材だが、上にオオカミの耳のような装飾が付いていて、ちょっと違う意味でかわいらしい。


 けれどティリル自身、自分の容姿を姿見で確認したときに、自分の格好が一番かわいいような気がして、ふふっと口許に笑みを零してしまった。


 蒸かした栗の色とクリーム菓子の色とを重ねたような、濃淡の黄色が交互に編み込まれた、フリルのついたワンピース。腰には白いヒラヒラのベルト。膝上の長さのスカートには、ピンクの小さなリボンが二つついている。


 上には白にオレンジのラインが入ったボレロジャケット。肩まで覆うような広い襟と、胸許を飾るピンクのリボンがアクセントになっている。スカートの下は下着と一体化した黒の長靴下。「ストッキングって言うんですよ」と教えてくれたのはクリスだった。そして足には茶色い革の小靴。両腕に光る二重円環のブレスレット、胸許には黄色い飾りのついた首飾り。


 すべてを身に着けたティリルは、姿見に写ったその人物が自分だとはとても信じられなかった。


「これでお化粧もばっちりすれば、本当にアトラクティア辺りの今風の女の子って感じですね」


 ふむふむと口許を押さえながら、クリスが更に提案をする。その提案に、ティリルが反応する暇なく、声を上げるリーラ。


「そうですよっ、それですよっ! こんなにかわいい服を着てるのに、お顔がすっぴんとかありえない! お化粧しましょう、お化粧! ちょっと先生に言ってきます」


 ものすごい剣幕で捲し立てるや、隣の教室の扉を蹴破る勢いで開き。


「や、やあ。着替え終わったんだね。うん、なかなかいい感じ――」


「そんなことはどうでもいいんです、先生! お化粧の道具を用意してください。今すぐ!」


 ファーレルに詰め寄った。


「えぇ? お化粧? なんで?」


「先輩があんなにかわいらしいお洋服を着ていらっしゃるんですよ? さらにさらにかわいくしないでどうしようって言うんです?」


「いや、今日の目的は服を実際に着てみた時の膨らみ方や皴の寄り方を記録することでね……」


「先生の目的はどうでもいいんです! ティリル先輩がかわいい! これ以上、今化粧を必要とする理由など必要ないでしょう」


 滅茶苦茶を言っている。


 扉の陰から、クリスとともに首だけ覗かせ、届く怒声に耳を傾けて溜息をつく。


「リーラさん、どうしちゃったんですかね」


「詳しくはわかんないけど、でもあんなんなっちゃってるのは多分ティリル先輩に原因があるみたいですよ」


 呟くクリスに反論は用意しない。むしろ「そうみたいですね」と同意する。ただ自分の何が原因なのか、何がどう作用してあのような勢いになってしまっているのか、それがわからず困惑してしまう。


「じゃあ、私セリング先生に頼んできますね!」


 そう言って、リーラは教室を出て行った。どたどたと激しい足音だけを残して。


 止める間もなかった様子のファーレル師は、頭を抱えながら大きな溜息。首だけ出していたティリルとクリスを改めて見つめ、「じゃ、じゃあ、二人にはレイデン君が戻ってくる前に、素描きのモデルをお願いしちゃおうか」柔和な口許を見せた。


「あ、じゃあティリル先輩が先の方がいいですよ。どうせリーラが戻ってきたら化粧に奪われちゃうんだから」


「あ、ああ、そうだね」


 二人の会話に身を委ねながら、ああじゃあ私が先にファーレル先生の前に立てばいいんですね、と更衣室から足を踏み出した。


「おおー。いいね。なかなかイメージ通りだ。思った通りゼーランドさん、そういう服装似合うよね」


 言われて、思わず照れる。ファーレル師の誉め言葉は、あまり女性を喜ばせるような巧い言葉選びではなかったけれど、それでもティリルには十分に響いて嬉しかった。


 ね? ホント似合いますよね。それに比べて私のこの扱い。なんですかこの犬耳! 


 後から出てきて、ぶうと頬を膨らませるクリス。クリスも飛び切り褒め上手というわけではないが、良くも悪しくも正直だという印象が、言葉に一切お世辞はないんだと思わせてくる。「私完全にネタ要員じゃないですか」と、帽子を脱いで胸許で握り締めるその姿は、イタズラされた子犬そのものに見えた。


 いよいよ、モデルとして立つ時間が始まる。


 師の前に立って、直立してしばし。モデルなどと言われるので多少の緊張もあったのだが、五分ほどで描き上げたという師の手許を覗き込んだところ、完全に服を描いただけのものだったので、安心半分、少し拍子抜けもしたものだった。




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