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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十五節 炎の痕
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1-15-2.五人の密談







「昨夜の様子から、ティリルは朝一でヴァニラさんのお見舞いに行くだろうと思っていたの。私自身別にやっておくことがあったから一緒に来られなかったけど、これでも昨日の今日で何かあったらって心配してたのよ。

 そうしたらマノンが、私の代わりに様子を見に行ってくれるって言うから、うっかり任せちゃったんだけど……」


 四人廊下を歩きながら、ミスティがまとめてくれた今回の全貌だ。最初からそのつもりだったのだろう。マノンが単身ヴァニラと接触し、以降は先程あった通り。ミスティの気遣いに感謝しながら、マノンの暴走に苦笑いもしておいた。彼女のやり様は困惑ばかりを大きく齎したが、その割には結果的に感謝したいこともいくつかあった。苦笑い、くらいがちょうどいい対応だろう。


 さらに四人は、目的地までの間に事務的なやり取りもいくつか交換した。


 ミスティはヴァニラと初対面の挨拶を。


 マノンは、先程までの嘘をにこにこと種明かしし、改めた自己紹介。ついでに「ああでも、ティロル・ゼーランドもまた私の内面を表すペルソナの一つ。ぜひ覚えておいてください」などと訳のわからないことを言っていた。


 ヴァニラはティリルに謝罪をした。けれど、その思いはもう先に聞いてしまっていたので、むしろティリルの方が悪いことをしたような気になってしまった。


「大丈夫、気にしていません。そんなことより、ヴァニラさんみたいな大切なお友達を失う方がよっぽど怖いです」


 答えた言葉は、どうやらヴァニラを喜ばせていたようだった。


「それで、どこへ行くの、ミスティ?」


 さてと話が途切れたところで、ティリルはミスティに今後のことを聞いた。この四人で並んで歩くのは、相当に珍しい。というか初めてのことだ。ヴァニラを除いた三人でならよく話をしているのだが、見舞いが終わっても尚彼女を誘って歩いているとなると、その先には一体――。


「とりあえずはそこの小教室。あそこで待ち合わせしてるから」


 そうわれた部屋の中には、ゼルが先に来て一向を待ってくれていた。


 話がある。そんな前置きが必要ない程、話をするための空間だった。


 木製の、表面がデコボコしたまま、ろくに調えられていない一人用の机。それに向かうための脚の長さが揃わない椅子。そんな席が十二ばかりあるその部屋で、合流した五人、ミスティが指示をしてそれぞれ位置を決める。


 ミスティが真っ先に部屋の中央の席。向かい合わせるようにヴァニラを座らせ、自分の右側、近いところにゼルを座らせる。ティリルはヴァニラの横顔が見える位置、教室の奥の方の席。唯一マノンが、入り口に近い辺りで、椅子を遠慮して立ちながら総員を見守っている。


「最初に確認しておきたいの。ヴァニラさん」ゼルの話を聞く前に、ミスティがヴァニラの名前を呼ぶ。「ティリルがとある女からされているいろいろな嫌がらせの話は、少しくらいは聞いていると思うけど」


「え? ああ、はい。ある程度は把握してるつもりです」


「私たちは、その女に対して反撃をしようって考えてるの。あの女のせいでティリルが嫌な目に合わせられただけじゃない。素晴らしい教員だったラクナグ師が退職に追いやられてる。許された話じゃないわ」


 ミスティが、感情を込めて力説する。ヴァニラは静かに聞いていた。その横顔を、ティリルは黙って見守っている。


 ヴァニラのことは信じている。けれど、アルセステの力に怯えている者は少なくない。学院の教頭でさえ、諫めることをしようとしていない。ましてやどれほどの一学生が、彼女の我儘に対抗できるというのか。


 そう考えれば、ヴァニラのことは確かに信用しているけれど、おいそれと自分たちの手の内を曝け出してよいものか。ヴァニラ自身にその気がなくても、脅されて敵に回らざるを得なくなることもある。ヴァニラが、アルセステの標的にされることだってある。


 もしもこれ以上をヴァニラに話すなら、相応のリスクを覚悟し、また覚悟させなければならない。


「あなたにも協力してほしいの。その女を懲らしめるために。それが無理なら、学院から追い払うために」


 その覚悟をあっさり乗り越え。ミスティがヴァニラの目を見つめた。


 彼女を「仲間」に加えようと、ティリルはまだミスティから相談されていない。相談するまでもない、ヴァニラを仲間に加えるのはむしろ前提、と判断する何かがあるということだろうか。


「ええと、私が何をそこまで期待されているのかわかりませんけど」ヴァニラが答える。「私にできることなんて、何にもありませんよ。私なんてただの一学生ですし」


「期待をしている、というか。あなたにも覚悟を持ってもらいたい、と思って」


 意味深げな言葉を吐き出すミスティ。ティリルも、そこまでは彼らはヴァニラを「仲間」として勧誘しているのだと思って聞いていた。違うのだろうか。


「これ以上のことは、あなたが覚悟を決めてくれるまでは言えないわ。思いがけず中途半端な言い方になってしまったけれど、どれだけ気になったとしても、あなたが決意しないうちはこれ以上何も言えない」


「私、何か誤解してるんでしょうか。あなたのお話は、私を誘ってるんだと思っていましたけど」


「誘ってはいるわ。どうせ戦うなら、バラバラに何かするより共闘した方が効率がいいと思うから」


「私が、そのアルセステ女史と戦うことは決定事項なんですか」


「恐らくね。私の勘が正しければ」


 ミスティは不敵な笑みを浮かべた。


 そこにどんな腹の裡が隠されているのか、ティリルにもわからない。横で、マノンが「そう、あなたも私たちと同じ前世を持つ、星の戦士なのだから」などとふざけてはミスティにうるさいと叱られている。


 暫し待ってみても、ミスティやゼルからその続きが語られることはない様子。ヴァニラが心を決め、その意を口にするまでは。


「戦うにしても、実をいうと私、女史のことをよく知らないんです。もちろん、アルセステ通運の名前くらいは聞いてますよ。私の故郷フォルト市でも会社の広告や世話になってる商人の話くらいは耳目にしました。

 ただ、ひとつわからなくて。あちこちに影響力のある大企業とは言え、たかだかそのご息女が、どうして学院で教員ひとりやめさせてしまえるほどの力を持ってるんですか? アルセステ女史って、そんなに怖い存在なんでしょうか」


 ヴァニラは少し困ったような表情で、ミスティの顔を見上げ疑問を口にした。いまさらと言えばあまりに今更な、とはいえ言われてみれば当然の質問。直接対面したときのインパクトが強すぎて、そういえばティリルも深く考えていなかったこと。


「一企業の後ろ盾が、そこまで怖いものなのでしょうか」




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