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第76話 帝国の思惑

不穏な空気が漂ってまいりました。

 全身傷だらけの男は、その手にボロボロになった剣を持ちながらこちらを睨んでくる。


 明らかな殺気を感じるが、そこには戸惑いも含まれている様に感じる。


「お前らは誰だ! ここに何をしにきた!」




 再び僕等に向かって叫ぶ。僕等には恨まれる理由がないが、恐らくこの男はここの村人なのだろう。


 その見た目から、良くない何かが起こった事はわかる。


「あの、僕等は怪しい者ではないです。王都から人を探してここに来たんです。ここはアルタール村ですよね?」


「…………」


 男は黙ってこちらを睨んだまま、剣を構える。そしてそのまま斬りかかってきた。


「うわっ、ちょっと──」


 驚いて後ずさってしまったが、この男にはもう力がなかった。アレクが前に出て剣をいなすと、そのまま当身で男を眠らせる。


「ちょっとアレク、そんな事しなくても……」


「この男の為だ。ボロボロの身体で無理にここに立っている。何か理由があるのは分かるが、このままでは死にかねない。少々乱暴だが、ここは寝ていてもらおう。おいっ、誰かいないのか?」


 アレクが辺りを見回しながら声を上げる。すると、家々の陰からゆっくりと人の気配が現れてきた。


 一つではなく、複数。やはりまだこの村には人がいたんだ。でも、一体どうして……。


「あ、あんたらは何者なんだ。これ以上俺達に一体どうしろっていうんだ……!」


 先程の男と同様にボロボロで傷だらけの格好をした男が再び僕等に問いかける。


 その男をなだめる様に中年の女性が見つめ、さらにその後ろには年端もいかない子供達が不安そうな目でこちらを見つめている。


 その全員に共通して言える事は、衣服は破け、身体のいたるところに怪我を負っているという事だった。


「クラリス、これって……」


「ああ、そうだな。だが詮索は後だ。他にやる事がある」



 そう言って一人前に出るクラリス。ローブをゆっくりとはずすと、美しいその銀髪が露わになり、村人達が息を飲む音が聞こえるようだ。

「私はクラリス。先ほど言った通り、私達は王都からここまで旅をしてきたのだ。嘘ではない」


「た、旅人だと……!? 嘘だ、そんなの騙されねえぞ!? どうせ帝国の奴等みたいに俺達をなぶって、根こそぎ持ってくんだろ!?」


 帝国!? 帝国だと!? この村人達は帝国の手によってこんなボロボロの状態にされたのか!


 僕はその言葉に憤りを覚える。


 だが、クラリスはあくまでも冷静な態度で、それを否定した。


「私は帝国の人間ではない。私達はこのシャルマン王国の首都、フライハイトから向かってきた。ある人物を訪ねるためだ。貴方達に危害を加える気はない。どうか信じて欲しい」


 話しかけながらクラリスはローブの紐を緩める。そしてスルリとローブを脱ぐと、持っていた背嚢も地面におろした。


 丸腰をアピールしながら、目の前にいる男に近づき、その傷だらけの腕を優しく取る。


「この傷は帝国にやられたのか。なんとも許しがたい奴等だ。少し、大人しくしていてくれ」


 そう言って胸元から魔術用の杖を取り出す。


 その仕草に男も一瞬構えたが、クラリスに害意がないことを悟るとそのまま黙って大人しくしていた。


「この者達に癒しの光を……」


 クラリスの杖が優しく光り、男の腕を、次第に全身を包んでいく。


 破けた衣服は戻らないが、傷ついて血の滲んだ皮膚はあっという間に元通りになっていく。


 その様子を信じられないといった目で見つめる村人達。


「これが私の出来る施しだ。傷付いた者は私の前にきてくれ。順番に治していこう」


 クラリスの言葉で騒めく村人達。当然だ、無理もない。そもそも魔術を扱える人間の絶対数が少ないのだ。こんな辺境の村では魔術師に出会う事もないだろう。



 クラリスの力を間近で見せつけられた村人達は我先にと並び始める。だが、そこに一つの声が割り込んできた。



「待って! 治してくれるんだったら、先に長老様を……!!」



 声を掛けてきたのは、やはり自身も傷付いた少年であった。それでも、自分の怪我よりも村の長老を優先するあたり、この村の事を考えているしっかりとした少年であった。


 少年の声に村人達は賛同し、僕達は村人に案内され、客人として三人で長老の所へ向かう事になった。






 ◆◆◆◆◆








 長老宅は村の一番奥まった所にあった。木造の建物ばかりの中、長老宅は石造りで、大きさもかなりの物だった。もしかしたら村の集会所等の役割も持っているのかも知れない。


「アビル様。客人を連れて参りました。失礼致します」


 声を掛ける割には返答も待たずに入っていく。その事に違和感を覚えながらも続いて入っていけば、そこには目を覆いたくなるような光景が待ち構えていた。


 アビルと呼ばれた長老は、全身を包帯で巻かれていた。真っ白な包帯に血が滲み、そのほとんどが真っ赤に染まっている。


 そしてその足は膝から下が失われており、左腕は肩から先が無くなっていた。


「ひ、ひどい……」


 アビルが寝かされている部屋中に血の匂いが充満しており、思わずそう呟いてしまう程の状況だった。


「客人達よ。先の帝国の襲撃で、この村の長は見ての通り酷い怪我を負わされてしまった。助けて、貰えるだろうか……」


 長老宅まで案内をしてくれた男が、沈痛な面持ちで声を掛けてくる。

 こんな酷い怪我、治せるのだろうか。帝国は、一体何故こんな酷い事を。


 クラリスを見ると、珍しくクラリスが険しい顔をして長老を見ていた。そして黙って近づき、そっと傍にしゃがみ込む。


「アビル長老。大変でしたでしょう。今、お助けします」


 そうしてクラリスは血まみれの包帯が巻かれた腕を取り、杖をかざす。


 いつもよりも強く杖が光輝き、長老の全身を包む。


 全身を包帯で巻かれている為、外からでは分かりにくいが、長老の呼吸が穏やかになっていく所を見ると、クラリスの魔術で治療されているのだろう。


 やがて光が収まると、額の汗をぬぐいながらクラリスは告げる。


「無事に身体の傷は治っただろう。ただ、消耗が激しい。後は本人の体力次第となると思う。手厚く看護してあげてくれ」


 そう言われた男は涙を流しながらクラリスに礼を言う。


 長老の看護をしていた女性たちが恐る恐る包帯を外すと、血まみれだった皮膚は無事に傷が癒えている様だった。


「あの、厚かましいとは思うんだが、村の他の者達の手当てもお願い出来ないだろうか。皆もう立っているのがやっとの状態で……」


「私が断ると思っているのか? なんでもいい、早く皆をここに連れてくるんだ。この広さの方がやりやすい」


 突然の事ではあったが、クラリスは村人全員の治療を約束した。慌てて集められる村人。怪我が重く連れて来られない人は改めてクラリスが赴くという事で話はまとまった。






 僕達の目的地であったアルタール村は、帝国の襲撃により壊滅寸前となっていた。今このタイミングでここに辿り着いた事は、果たして何を意味しているのだろうか。

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