第70話 世界の真実
僕達が目指すアルタールは、東の帝国との国境付近にある。普通の馬車でならば20日程の距離だ。
だが、アレクの用意した馬車は走破力においても普通ではなかった。
用立てられた馬は、足は速くないがスタミナがあり悪路に強い長毛種が2頭。
車輪には幾重にもゴムが巻かれ、その力を余す事なく地面に伝えている。
そして極めつけは、車軸と車体の間に鉄を加工して作ったバネが取り付けられている。これが乗り心地を極めて良くし、普通の馬車では振動で耐えられなくなる速度でも走り続ける事を可能にしていた。
極上の乗り心地で走り続ける馬車に乗る事一週間。僕達は予定よりも早く道程の半ばまで達する事が出来た。
「すごいねアレク。こんなに楽な旅は初めてだよ!」
「そうなのか? 俺は旅をした事がないからな。あるのは騎士団での遠征訓練くらいか」
「えっ!? アレクって騎士だったの!?」
「違う、騎士ではない。見習い騎士としてしばらくの間騎士団の訓練に参加させてもらっていただけだ」
馬車を街道の脇に寄せ今日の野宿場所を決めると、僕とアレクは夜営の準備をしながら話続ける。
その脇ではクラリスが火を起こし、淡々と夕食の準備を進めていた。この風景が、ここ最近の日常となっていた。
「いつもすまない、クラリス。ありがとう」
「ほう。殊勝な事を言う様になったね、アレク。じゃあ明日からは君が料理をしてみるかい?」
「いや、やめておこう。せっかくの楽しみな時間が俺のせいで無駄になってしまったら忍びない」
ここ何日かでアレクも冗談を言うようになってきた。決して愉快な旅ではないが、やはり友達と一緒にいられるのは嬉しい。
そんな気が緩んだ一瞬のことだった。
街道脇の林から、僅かだが足音がする。
──近い。
僕とアレクは咄嗟に剣を抜き、音をした方向へ切っ先を向け意識を集中する。
「誰だ! 出てこい!」
僕の声に対して反応はない。だけど、今度は足音と殺気を隠さずにソイツは現れた。
大きく、筋骨隆々な身体。低い唸り声。そして特徴的な緑の肌。
そいつの姿を見た瞬間、僕は思わず体が竦み動けなくなってしまった。
「……ハクト、大丈夫か?」
左手に剣を握ってアレクが話しかけてくる。
どうやら僕の様子ははたから見ても分かるほどに怯えていたようだ。
──ボストロール。
ベンタスの命を奪った憎き敵。
僕が倒さなくてはいけないのに、あの時の記憶が脳裏に焼き付き身体の自由を奪っていった。
「ハクト、大丈夫。君は戦える。もう、あんな奴には負けない。頑張って」
気がつけば僕の背後にはクラリスがいた。
そうだ、僕はあの時よりも強くなったはずだ。そしてあの時僕を助けてくれたクラリスがいる。
こんな情けない姿を見せていては、ベンタスもキャロルもがっかりするだろう。
震える腕を無理矢理抑え込み、僕は刀を握る拳に力を入れる。
……ふぅ、ふぅ、ふぅ。大丈夫、戦える。
呼吸を整えて力一杯足を踏み込む!
全速力でボストロールの胸元に飛び込み、そして首の横で真横に薙いだ刀を振り切る。
──ドスッ
遠くで重たい物の落ちる音がした。そして横では噴水の様に溢れ出る魔物の血。
僕の刀の一撃で、無事にボストロールの頭を切り落とす事に成功した様だった。
「ハクト。良く頑張ったね」
クラリスが優しい笑みを浮かべながら近づいてくる。
良かった、倒せた。これで少しはベンタスとキャロルに顔向け出来るかな……。
大した事はない。刀の一振りだ。なのに、僕の身体には全力で戦った後の様な倦怠感が襲い、その場に座り込んでしまった。
アレクに手を借りて夜営の場所へと戻る。クラリスはボストロールの死体を魔術で焼いている様だ。
後始末が済み、クラリスも夕食の準備を続ける。
「でも、こんなところでもやっぱり魔物は出るんだね。ちょっと油断してたよ」
「そうだね、ハクト。君は油断し過ぎているね。この大陸は基本的にはどこでも魔物がいるものだと思った方がいい。王都の周りは特別に魔物が少ないだけさ」
「なんで王都の周りは特別なの?」
「王都には常駐の騎士団が目を光らせているし、酒場で魔物討伐の仕事もある。それに強力な魔物用に魔術で結界も張ってある。だから王都周辺は魔物が少ないのだ」
そっか、そういうものなのか……。
それだと余計にあの森で魔物に出会ってしまった僕達の運の無さを呪いたくなる。
「何事も例外はあるよ。ハクト、そんなに自分を責めない方がいい。この世界は残念ながら魔物で溢れている。力を付けて、少しずつその被害をなくしていけばいいだけさ」
そう言いながらスープを渡してくるクラリス。
クラリスの言葉は、このスープ同様いつも温かい。
僕が不安に怯える時、必ず助けてくれるのはクラリスだ。
この世界の真実に気付かずここまで来てしまったのは不幸かも知れない。
でも、やっぱりそれ以上にクラリスに出会えた事は幸福だったに違いない。
僕はそう考える事にして、温かく塩味の効いたスープを飲み干した。
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