第63話 龍の血
目の前が純白に染まり、それと共に爆風が吹き荒れる。
爆風は砂塵を空高く巻き上げ、今度は世界を茶色に塗り潰した。
「ハクトっ! ハクトっ!!」
私は大声で叫んだつもりだけど、その声は自分の耳にも届かなかった。キーンッという耳鳴りがおさまる頃、巻き上げられた砂塵も少しずつ薄くなり、やっと視界が戻ってくる。
熱い……。
爆心地に駆け寄ると、そこは極大魔術を放ったかの様な熱量を持っていて、容易に近づけない。
だけどここにハクトがいる! 今の爆発で怪我をしているかも知れない。極限までの肉体強化で身体がボロボロになっているかも知れない。
それを思うと躊躇う事なんて出来ず、私は爆心地に夢中で突き進んだ。
「竜巻」
残り少ない魔力で小さな風の魔術を放つ。
爆発によって巻き上げられた砂塵と熱の残りを、少しでも散らす。
そうするとそこに、倒れ込んだ二つの影が見えてきた。
大きな影と小さな影。迷わず小さな方へ駆け寄ると、仰向けに倒れたその人物は、やはりハクトだった。
「ハクト、ハクトっ! しっかりして! 目を開けてっ!!」
頭を抱きながら声をかける。反応がないから揺すってみる。それでも反応がない。最悪の想像に眉間の真ん中が熱く痛くなってくる。
残り全ての魔力を治癒魔術にあてながら、ハクトに向けて声をかけ続けた。
いつまで続けただろうか。ハクトの右手の指が一瞬だがピクッと反応した。
生きてる、まだ生きてるっ!
ちゃんと治療出来れば、まだ間に合うっ!
だけど、私に魔力はほとんど残されていなかった。化物との戦いの間ずっと浄化魔術を使っていたし、ハクトへの肉体強化も大量の魔力を消費してしまった。
……まだだ、まだ方法はある。でも、それをしてしまうとハクトと一緒にいられる時間が少なくなってしまう。ハクトへの負担も大きいだろう。でも、でも……。
──でも、ハクトの命には変えられない。
私は意を決してハクトの治療を始める。
私がまだ残している力、それは私本来の力。すなわち、龍の力。
龍の力を封印して、私は人になる。この封印は私が人でいる為のもの。
この封印を解き放つ事で私は龍に戻る。
そして龍の姿になれば、その血を分ける事でどんな傷も癒す事が出来る。
躊躇う事なく指を噛み切り、胸にある刻印に自身の血を垂らす。
私の血に反応して刻印は紅く光り、その光は私の全身をくまなく包み込んだ。
ハクト、お願い。還ってきて……!!
少しづつ身体が龍化していく。皮膚が硬い鱗に変わり、牙が少しずつ突き出してくる。その牙を使い私は指先を噛み切った。
勢い良く血が噴き出す。それをハクトの口に差し込んで、私の血を無理矢理飲ませる。
……未だにハクトの反応はない。確かに私の血を飲ませているはずなのに。
だが、次の瞬間に突然ハクトの身体が跳ね上がる。身体を反り返しビクビクと痙攣を繰り返す。
その痙攣が収まった時、ハクトの顔に生気が戻ってきた。
……はぁぁぁ、良かった。本当に良かった。龍化する身体で大きく安堵のため息をつく。さあ、早く封印を元に戻さないと。
胸の封印に手をかけた時、ふと視界の隅に一つの影を捉える。
いや、元々見えていたのだ。分かってはいたけれど見えないフリをしていたのだろう。その影が一瞬だが動いた様に見えたのだ。
ハクトをそっと横たえて、その影の元へと近づいていく。ハクトと同じだけ戦い、傷つき、そして瀕死の状態のアレクだった。
服は擦り切れ、身体は真っ黒に焦げていた。ただ、右腕に融合していた呪いの剣だけはどうやら外れたようで、右手も真っ黒ではあったが人の手をしていた。
アレク……。
彼に罪はないのかも知れない。あるとしたら現実と向き合えなかった弱い心か……。
そっとアレクの横に跪き頭を抱える。既に傷の塞がっている指先を再び噛み切り、流れ出る血をアレクにも飲ませる。
──果たして大丈夫だろうか。
正直、私の血を人に分け与えた事なんてなかった。この間のケルベロス戦でハクトが死にかけた時、無意識で血を飲ませ、気付いたらハクトは復活していた。
だけど……。
思考の渦に嵌り反応が遅れたが、アレクの口に差し込んだ指がアレクの嗚咽で吐き戻される。
気が付けばアレクの顔にも生気が戻っており、無事回復の兆しを見る事が出来た。
──ただ、呪いの剣と同化していた右腕だけは真っ黒になったままだった。
ハクトとアレクが共に回復の兆候を見せた所で、今度こそ再び封印を施す。
この封印はおいそれと解いて良いものではない。そんな事は分かっている。だけど、長い間求め続けた愛しい人の命がかかっていたのだ。出し惜しみをしている場合ではなかった。
私は封印を施しながら自分への言い訳を続けていた。
完全に龍の封印が施され、身体が人間の形に戻った頃、ハクトが僅かながら意識を取り戻した。
直ぐさまハクトの元に駆け寄り、先ほどは出来なかった治癒魔術をかける。
「……クラリス。あぁ、温かい。また、クラリスに助けてもらったんだね。ごめんね、いつも迷惑ばかりかけて」
「そんな事ない。そんな事はないんだ。君が、君が生きていてくれるだけで私は嬉しいんだ……」
無事、ハクトは意識を取り戻してくれた。胸の奥に残っていた一抹の不安が、この瞬間に泡になって消えていった。
ここまでくればもう大丈夫だろう。戻った魔力で最高の治癒魔術もかける。
後はこの事件の当事者であるアレクをどうするか。
当然死んで欲しくはないし、何故こんな事になったのかも確認しなければならない。
私の龍の血を分け与えたので、問題がなければそろそろ目覚めてもおかしくはないのだが……
「うっ……」
小さな呻き声をあげ、アレクは意識を取り戻す。
その声をもとにアレクの元へ近づいていく。果たして侵食されていた精神は元に戻っているのだろうか。
場合によっては……。
「……っ、はぁ、はぁ、はぁ。こ、ここは。一体なんで、なんで……」
「気がついたかい? 私の事、わかる?」
「クラリス、さん……」
心配は杞憂に終わった。とりあえずは元の精神状態に戻った様に思える。
「そう、私はクラリスだ。アレク、君は自分が何をしていたか覚えているかい?」
「俺は、俺は……。エリスを助けようとして……。エリスを殺したアイツらを、アイツ等を俺は……!」
アレクの顔が再び暗い色に染まり始める。
「分かった、今はもう考えるのをやめるんだ。とりあえず君もハクトも今は休むべきだ。悪いが、無理にでもそうさせて貰うよ」
アレクの返事を待たぬまま、額に指先を当てて催眠魔術をかける。一瞬の抵抗も見せぬまま、アレクは眼を裏返し再び意識を失った。
「ハクト、君も今は眠るんだ。大丈夫、私がついている。心配いらないさ」
ハクトにも同じく催眠をかけ眠りにつかせる。
ハクトとアレクを隣り合わせに寝かせて、風の魔術で浮かび上がらせて運ぶ。幸い此処は夜中の貧民街だ。目撃者なんていない。
二人を運びながら適当な小屋を探し、無人か確認をしてから静かに横たわらせる。
……今は静かに眠っている顔をみていると、まだあどけなさの残る半分子供の様な顔をしている。
今の今まで命を懸けて殺し合いをしていたとは到底思えない。あまつさえ、片方は呪いに身を侵され、この街の災厄になるところだった。
その片鱗は呪いの解けた今も右腕に残っている。
当面の脅威は去った。
だけど、この少年達が向き合わねばならない試練は、ここから始まるだろう。
願わくば、今この一時の休息が、どうか心休まるものであります様に。




