第62話 決戦・下
「うおおおぉぉぉ!!」
叫びながら正面からアレクに立ち向かう。今度こそ本当の正面衝突だ。
アレクの振るう剣と僕の岩斬がお互いの身体の前で交差する。ぶつかり合う金属同士から鈍い反響音と微かな火花が散り、二人の力を伝え合う。
「アレクさん、もうやめて下さいっ! もうその剣を捨てて下さいっ!」
「ハクトよ。どうしてそんな事を言うのだ。あんな奴等死んで当然ではないか。何がまずいのだ」
ギリギリ会話は出来るが、アレクにはまともな思考能力は残されていないのかも知れない。それであれば、やはり力づくであの剣を取り上げるしかない!
鍔迫り合いの姿勢から、アレクに前蹴りを入れる。一瞬姿勢の崩れたアレクに対して、僕は全力で岩斬を振り下ろした。
前屈みの姿勢からくるりと器用に回転し、僕の刀をかわす。そのまま剣を振るうかに見えたが、その剣が振られる事はなかった。
止まってなんかいられない! 僕にもアレクにも時間がないんだ!
手を止める事なく刀を振り続ける。出来ればアレクに傷は付けたくない。だけど、そんな事は言っていられない。大抵の傷ならきっとクラリスが治せる。そう信じてアレクへの攻撃を続ける。
「──っ! ぎゃあぁぁぁぁ!!」
突如、我慢できない程の痛みが右足に走り、僕は絶叫する。
痛い! 痛い痛い痛い痛い!!
なんだこれは、何が起きた!?
右足を見ると、そこには真っ黒な剣が刺さっていた。
そんな馬鹿な! アレクの剣はちゃんと見ていた。こんな所に刺さる訳ないのに!
真っ黒な剣を辿ってみると、根本はアレクの剣に繋がっていた。
アレクの剣の柄の部分から、まるで木の枝の様に伸びた剣が、僕の足を貫いたのだ。
あまりの痛みに転げ廻る。傷を負っちゃいけない、怪我をしちゃいけない。そう言われていたのに!
思考が痛いという感覚で埋め尽くされた時、不意に痛みが和らぐ。
振り返ればそこではクラリスが杖をかざし、僕の傷を癒してくれていたのだ。
だがクラリスも辛そうに汗を流している。僕の足も痛みが和らいだが完全に治った訳ではない。
「ちくしょうっ……!」
痛む足を引きずりながら立ち上がる。アレクは依然何を考えているか分からない表情をしているが、僕の事は敵だと認めているようだ。手の剣をしっかりと握りしめてこちらを見ている。
その剣はまるで生きているかの様に刀身をうねらせており、正直気味が悪かった。
だけどここで止まる訳にはいかない。痛む足を引きずりながら再びアレクに立ち向かう。
「アレク、さんっ! もう、本当に、やめましょうっ! こんな事、エリスさんも喜ぶはずが、ないっ!」
僕は刀を振りながら必死に叫ぶ。しかしアレクの顔には何の反応もなかった。もう既にエリスの名前ですら届かない所まで行ってしまったのか……!
再びアレクの剣がその身をうねらせながら襲い掛かってくる。流石に二度目は喰らわない。その剣を避け、僕の一撃がアレクの右腕を掠めた。
「っ! ……う、うっ、うおおおぉぉぉぉ!!」
その時、突如アレクが叫び出す。今までに聞いた事もないような大声をあげ、その場で仰け反りながら叫び続けている。
「クラリスっ! 何あれっ!?」
「さぁ、なんだろうね。……もう、ダメかも知れないね」
大声で叫び続けるアレクの腕は、僕の斬った箇所から血が流れ出ており、そしてその血を右手の剣が吸っていた。
真っ黒な剣は血を蛭の様に吸い、そしてその刀身をどんどんと太らせていく。いつしかその剣はアレクの右腕を飲み込み、はたから見ればアレクは真っ黒な剣と融合しているかのように見えた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。ハクトよ。あまり、長くは保たない。もう、限界だ」
何が限界なのか問いかける間もなく、真っ黒に膨れ上がった右腕を大きく振り上げ、アレクは突進してくる。
その姿は怪物の様で、僕の背筋は一気に凍り付いた。
「アレクさんっ、そんな姿になってまで……。何をっ、一体何を守りたいんだっ!!」
襲い来る恐怖を振り払い、僕もただひたすら真っすぐにアレクに向かって足を進める。
……もう、アレクを殺すしかないのかも知れない。殺せるかは分からない。ただ、あんな姿になったアレクを元に戻せるとも思えない。
僕は、僕に与えられた使命だと思って、ただアレクと戦う。
異形の姿になったアレクは、力だけは本当に強かった。腕と一体化した剣を滅茶苦茶に振り回し、街中を破壊し続けていく。
動きは速いが隙も大きい。隙を見て少しづつ刀をアレクの身体に食い込ませていく。
剣と一体化した腕は動きも力も強烈だが、他の部分は生身のままの様だ。僕の刀が振れる度に血が噴き出し、少しづつアレクの動きが遅くなっていく。
よし、効いてる! もう少しだ!
「危ないっ!!」
緩慢になっていくアレクの動きに、油断したわけではない。ただ、一瞬気が抜けたのは否定できないだろう。
クラリスの声が聞こえた時には、僕の身体は宙を舞い、凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!!」
咄嗟に刀を掲げて両断は免れたが、その勢いは殺しきれず壁にめり込む。
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる壁に飲み込まれるが、隠し切れない殺気を感じ、身体を無理矢理に転がした。
次の瞬間には、僕がいた場所に真っ黒い巨木の様な剣が突き立っており、地面深くまでめり込んでいた。
「……なんだよ、避けるなよハクト。お前だって散々俺の身体を斬っただろう? 俺にだって一回くらい斬らせてくれよ」
そう言ってゆらゆら揺れながら近づいてくる。もう、今のアレクの姿に僕の憧れはなかった。湧いてくるのは恐怖と嫌悪感だけだ。
アレクの言葉に返事をせず、僕は刀を強く握りしめる。とんでもない力で打ち付けられたせいで身体中が痺れている。だけど、ここで決めないと本当にアレクを倒せない。アレクという化け物がこの王都に解き放たれてしまう。
……そんな事はさせない。アレクは、この王都で出来た初めての友達なんだ。たった一人の友達なんだ。
アレクが化け物として誰かに殺されるくらいなら、僕がアレクを友達として殺す。
それが、それが友達として出来る事だろう? ねえ、アレク。
君は僕を認めてくれた。僕に、友達の遺志を継げと言ってくれた。あの時言ってくれた言葉を、僕は忘れない。
だから、だから君はここで倒す!
手にある岩斬に、今日初めて魔力を流し込む。何度も何度も練習をして、自分の限界はもうわかっている。だけど、中途半端な力ではアレクには勝てないだろう。
これで終わってもいい。どうせ勝てなければ死ぬだけだ。
だから僕はありったけの魔力を刀に混める。岩斬は僕の魔力に反応し、破断鋼製の刀身を蒼白く発光させて、その光を徐々に強めていく。
「アレクさん、ありがとう。……もう、終わりにしよう。これで、これで最後ですっ!」
キィィィンと鼓膜を振るわせる音を出しながら岩斬が眩い光を放つ。その光る刀身を一度鞘に納め、アレクに向けて全力で駆ける。
──これで終わりだっ!
……最後の最後まで僕はこの技に名前を付けなかった。ただの抜刀術。全力の抜刀。
だけど今、これはただこの時の為にあった技だと確信した。
「最速の刃」
僕の最速で最強の一撃。
光り続ける刀身を鞘から引き抜き、身体を捻じらせ真一文字に斬る。
それはアレクの身体を引き裂いたのか。
それは漆黒の剣に阻まれたのか。
激しく響き渡る衝突音と純白に染まる視界で、僕の意識と感覚は共に空の彼方に飛んでいった。




