第61話 決戦・上
アレクが言葉を放つと同時に、身体からも瘴気を放つ。
気のせいか、手に持つ呪いの剣も一回りその刀身が大きくなった様に見えた。
「エリスを殺したこの世界を、俺が壊してやる!!」
叫びながらアレクがその剣を振る。それはもう剣術と言えるようなものではなく、ただ力任せに振り回しているだけだった。
だが、その剣に込められた力は尋常ではない。剣が触れる度に地面が、壁が崩壊し、アレクの周りにあっという間に瓦礫の山を築いていった。
「クラリス、どうしよう! 近づけない!」
「最初から分かっていたよ。やれるだけやってみよう!」
アレクの攻撃を避けながら、今度はクラリスが杖をかざす。
杖は色とりどりの輝きを放ちながら火・水・風・氷とあらゆる魔術をアレクに浴びせかけていった。
──ドゴォォォン
全ての魔術が着弾し、アレクの周囲に土煙を上げる。
「やった!?」
「多分、ダメだろうね」
言うが早いか、土煙の中からアレクが飛び出してくる。その表情は憎悪に塗れており、見るだけで背筋が凍り付くようだ。
勢いよく振られるアレクの剣を、慎重にかわす。掠っていないはずなのに、その剣に吸い込まれる様に体が引っ張られる。
周囲を巻き込む程の凄まじい力だが、やられてばかりはいられない。僕はそのまま体を捩り、返す刀でアレクの背後を狙う!
──ガキッ!
アレクの背中に当たったはずの刀は、硬質な音と共にはじき返される。
なんで、何に!
答えを知る間もなく再びアレクの剣が襲い掛かり、僕は逃げる事に専念しなければならなくなった。
「あの剣は本当に厄介だ。君の刀を勝手に伸びて受け止めたよ」
隣でクラリスがそう告げる。どうやら僕の刀はあの剣に止められたらしい。一体どうやって……
「そんなのずるいじゃないか。本当にこのままじゃ打つ手なしだ。一体どうすれば──」
「ハクト。アレクに勝つには二つ方法があると思う」
予想外のクラリスの答えに、一瞬僕は固まる。勝つ方法があるなら早く教えてくれればいいのに!
「ただ、どちらも代償が伴う。それでもいいかい」
「……その方法を教えて。代償なんていい、アレクさんを止めなきゃ!」
二人でアレクの攻撃を必死に避けながら、この戦いに勝つ方法をクラリスが教えてくれた。
一つは、アレクの自滅を待つ方法。
呪いの力は本人の生命力を使って強くなる。本人の生命力がなくなれば、呪いは力を大きくしたまま宿主を替え、再び周囲に呪いを振りまく。
「それじゃあアレクさんの生命が……!」
「そう、アレクは死ぬ。今多分この呪いは、今までの比にならないくらいの生命力を吸い取っているのだろう。このまま逃げ切れれば、勝てる」
「そんなのダメだ! それじゃあアレクさんを助けられない! もう一つ、もう一つの方法はっ!?」
「もう一つは……」
クラリスが伏し目がちにもう一つの方法を告げる。
そのもう一つの方法は、魔術によって僕の身体を極限まで強化する方法だった。
それは闘技会でキキがやっていた事と同じ。身体能力が飛躍的に向上するが、その分反動も大きい。限界を超えての活動時間は僅かだし、その後はきっと立っている事も出来なくなるだろう。
「キキはあの時、相当な強化をしていただろう。だけど今のアレクに勝つならば、さらにそれ以上の強化が必要だろうね。そうなると君は……」
「死んじゃうかも知れない、かな」
アレクの攻撃は休む事なく襲い掛かってくる。威力が大きい為一撃毎に地面を割り、建物を崩している。
巻き上がる砂埃に紛れながらクラリスと必死に言葉を交わす。
「ああ、無事では済まないだろうね。だから、私はそんな事したくない。君が死ぬくらいなら、アレクが死ねばいい」
クラリスは冗談でもなく、真っすぐ僕の事を見つめてそう言った。
僕が死ぬくらいなら、アレクが死ねばいい。
…………あぁ、わかっていたよ。熱いくらいのクラリスの気持ちが、僕の心を激しく揺さぶってくる。
こんな事を考えている場合じゃない。こんな事に感じ入っている場合じゃない。
だけど、クラリスの言葉は僕の心に無理矢理入り込んで、勝手に動き出してしまった。僕の心の弱い部分を飲み込んで、騎士の心を持つ一人の男へ変えていってしまった。
「うん、分かった。僕は死なない。だけど、アレクさんも死なせない! クラリス、お願いだ。僕を強くしてくれ」
「……そう言うと思っていた。君は本当に私の言う事を聞かないね。だけど、それでこそ、君らしい」
静かに微笑むクラリス。目を合わせ二人で頷き、アレクから大きく距離を取る。既に自我がないのか、僕等が離れてもアレクはその場で剣を振り回しているだけだった。
「いくよ」
小さな声と共にクラリスが呪文を詠唱する。ゆっくりと僕の背中に触れるその両手は、最初は温かく、次第に火傷しそうな程に熱くなっていくのを感じる。
「身体が熱いっ……!」
その熱が少しずつ僕の身体中に伝わっていく。指先からつま先へ、目の奥へ、そして頭の先まで。
熱は痛みを伴い、そして僕の身体を遥か高みへと押し上げていく。
クラリスの手から熱が引いたとき、僕の身体は全身から蒸気が噴き出していた。
「はぁ、はぁ、はぁ。ハクト、長くは保たない。お願いだ、無事に戻ってきておくれ」
短くクラリスに頷き、僕は岩斬を握りなおす。
元々細身の刀だ。重くはない。だけど、今は持っている事すら分からない程だ。これならっ──!
ゆっくりと大きく息をして、アレクを睨みつける。
僕等がその場にいない事に気づいたアレクは、ちょうどこちらへ向き直し、再びゆっくりと進んでくる。
「アレクさん……、今助けます!」
渾身の力を込めて、僕は地面を強く、強く踏み込んだ。




