第58話 推測
ジルバの口からは、僕等がいなかった間に起きた事件の事が語られた。
最初の被害者が発生したのは今から一週間前。初日は一人、翌日は二人、そしてその日以降毎日三人以上の被害者が出る様になった。
被害者は全員男で、ほとんどは貧民街出身の者達だった。
そのどれもが今日見た死体と同様に、全身を切り刻まれていて、苦悶の表情を浮かべ死んでいたという。
ただ、何人かは貴族の人間も殺されていたとの事だ。但し、貴族の末端に連なる名もなき家系であり、残念ながら悪評の方が高い家だという。
「ジルバさんは、この事件の犯人に心当たりはあるんですか?」
「……ないわけじゃあ、ないねえ。それで、あんたらの言うマズイ呪いっての教えてくれないかね。話の続きはそれからだ」
「いいだろう」
そうして、クラリスの口から呪いに関する事がゆっくりと告げられる。
呪いによって操られている可能性がある事。
呪いによって憎しみの対象が増えてしまう事。
呪いによってその者自身が侵食され、やがて人間ではなくなってしまうかも知れない事。
「だからこの犯人が人を殺せば殺すほど呪いも、力も強くなり、やがてこの国を脅かす事になる。手遅れになる前にどうにか止めなくちゃならない」
「……怖いねぇ、呪いって奴は。多分、この街の人間は誰も気づいちゃいないよ。私だってそんな事思いもしなかった。あんた、よくわかったね」
「ああ、昔ちょっとね。それで、その思い当たる犯人っていうのは誰?」
「……私が自分で勝手に調べた事と、状況を考えて推測してるだけだ、正解じゃないかも知れない」
「それでもあてずっぽうよりは余程マシです。誰なんですか?」
「……アレク・フォン・フリューゲル。あんたも良く知ってる、闘技会の優勝者だよ」
思い掛けない人物の名前に、僕とクラリスは同時に固まる。何故、どうして。何でアレクがこの事件の犯人なんだ!
「何か証拠は、証拠はあるんですか!?」
「ハクト、落ち着きな。これはあたしの勝手な推測だと言っただろう? 証拠なんかありゃしないさ。だけど、今は彼以上に怪しい人間はいない」
「そんなっ……、どうして」
「あたしがどうしてそう思ったのか、それだけはちゃんと教えるよ。まず、あんた達が出掛けてから彼はずっと剣術の指導をしてたんだ。学校や孤児院、貴族の家とか頼まれた所に相当廻ってたんじゃないかい?」
「アレクさんはそんな事をしてたんですか……。どうしてまた」
「彼はこの間の闘技会の優勝者だ。そして彼の父親は近衛騎士団の団長をしてる。だから彼の強さは折り紙付きさ。侯爵家と身分も高いし、あちこちから指導依頼をされて、流石の彼も少し参ってたんじゃないか?」
なるほど、ジルバの言う事は良くわかる。だけど──
「なんでそこからアレクさんが犯人に繋がるんですか?」
「慌てずに聞きな。私が独自で調べたところ、彼は恐らく30件程度の指導依頼を受けていた。その全てを休む事なく毎日こなしていたんだ。だけど、ある日を境にパッタリと指導に現れなくなってしまった」
「体調を崩したりとか、何か用事があったりとかしたんじゃないですか……」
「それもあったかも知れない。でもそれならそれで依頼をした先にも話をするのが筋だろう? 彼の性格や家柄を考えれば、それをしない訳がない」
「……じゃあ、依頼した先は何の連絡もなくアレクさんが来なくなって、探し回っていたと」
「まぁ実際にそいつらが探す訳ではないけどね。うちの様な酒場に依頼したり、自分達で抱えてる私兵団に探させたりさ。結果、アレクは見つからない」
「でも、だからってそれだけでアレクさんが犯人だなんて──」
「アレクと一緒に彼女もいなくなった。エリス=フォン=ミルヒシュトラーセ。この国の公爵令嬢だ。知らない人間の方が少ない。でも、そんな彼女がいなくなった事がおおっぴらになってない。これはおかしい、おかし過ぎる」
「そんなっ! エリスさんまでいなくなったんですか? なんで皆……」
「エリス嬢については、正直分からない。ただタイミングが良すぎるねぇ。普段から彼等はほぼずっと一緒にいたというのは裏が取れている。その二人が同時にいなくなり、それと共に王都では不可解な殺人事件が多発している。おかしいと思わないかい?」
それは確かにおかしいけど、それでもあの二人がこんな事をするなんて考えられない……。
「納得いかない顔をしてるね。まあ、そりゃそうさね、私だって信じたくない。だけどこれは状況を鑑みるとアレク達しか考えられない。あの死体を見たんだろう? あんな事、普通の人間じゃできやしないよ。少なくとも刃物の扱いは人並み以上に長けてないとね」
「刃物なんか、肉屋さんでも長けてるじゃないですか……」
「そうだろうねぇ。でも、肉屋が生きてる人間をあんななますに刻めると思うかい? それに、殺された人間だ。どいつもこいつも、叩けば埃が出てくる奴等しかいない。そいつ等はとある貴族の坊ちゃんの裏の仕事をしてた奴等みたいでね。その坊ちゃんがアレクに恨みを持って襲って、返り討ちにあったんじゃないかって可能性もあるよ」
返り討ち……。そういう事ならあり得るかも知れない。だけどあんなになる迄普通はやるのだろうか。
「それでも、それでも僕はアレクさんを信じたいです。彼がそんな事をするとは思えない。きっと、何かの間違いなんです! 僕は真実を確かめたいです!」
「……そうだといいけどねぇ。でも、もしアレクが本当に犯人だったらどうするんだい?彼は強いんだろ? それで呪いの力で更に強くなるんだろ? そんなんどうしようもないじゃないか。彼が本当に犯人であれば、非常事態だ。ハクトやクラリスの嬢ちゃんの力だけでなんとかなる問題でもないと思うけどね」
「きっと犯人はアレクさんじゃない! だったら僕等でもなんとか出来るはずです!」
「……と、うちのご主人はそう言うんでね。私達でやれる事はやってみるさ。無論、街には被害を出さない様にね。ダメかい?」
今迄黙っていたクラリスが、僕の背中を押す様に言葉を繋げてくる。
「ダメじゃないさ。心配ではあるけど、あんたらなら何とかしちまうかも知れないねぇ。いいかい、無理はするんじゃないよ」
ジルバは怒った様な、慈しむ様な目でこちらを見つめてくる。彼女は僕の反応を最初から分かっていたのかも知れない。
そのうえで覚悟を確認する為にこんな話し方をしたのかも知れない。
ジルバの思いを受け止めて、今度は具体的に犯行場所や時刻等、犯人追跡の為の情報を教えて貰い、僕等は真犯人追及に乗り出した。
これから週1から2投稿予定です。




