第53話 汚い手
『親愛なるアレク様へ。
闘技会で優勝なされて、さぞお忙しい事と思いますが、如何お過ごしでしょうか。
貴方は私の大切なモノを奪っていきました。
なので私も貴方の大切なモノを頂きたいと思い、この手紙を認めております。
詐欺師の貴方ならすぐおわかりでしょう?
本日深夜2時。貧民街外れにある倉庫にてお待ちしております』
丁寧には書かれていたが、紛れもなく脅迫文だった。
ただ、差出人の記載もなく、具体的な事は一切書かれていない。分かるのはこの手紙と共にエリスの物と思われる髪の毛が同封されていた事だけである。
果たしてこんなくだらない事をするのは誰なのか。何の為にエリスを攫ったのか。俺に何をさせたいのか。
疑問は尽きないが、それよりもふつふつと湧いてくる怒りの方が大きい。
俺を挑発した事、そしてエリスを攫った事を文字通り死ぬ程後悔させてやる。
一度家に戻り、父にエリスは見つからなかったと伝える。先程の手紙の事は伏せておいた。
そのまま静かに家を抜け出して、再び貧民街へと向かう。
まだ時間は早い。だが、こんな汚い手を使ってくる奴等なのだ。先に来て色々と仕込んでいるに違いない。
貧民街に入るなり気配を消して街外れの倉庫へ向かう。
流石に深夜なので人はほぼいない。だからこそ逆に俺が目立ってしまう。
外套を頭から被り、建物の陰に隠れる様に少しずつ進むと、何か音が聞こえてくる。
この場所からは良く聞こえないが、小声で人が喋る音、大勢の人間が歩く音の様だ。
こんな夜中にこれだけの人間が一ヶ所に、自然と集まる訳がない。ほぼ間違いなく俺の事を待ち構えている連中だろう。
……そして、恐らくエリスもその中にいるはずだ。
奴等の後を静かにつけていく。そこは恐らく指定の倉庫だろう。一人ずつ周囲を警戒しながら中に入っている。
果たして、これは奇襲をかけてすぐに攻撃した方が良いのか、それとも予定の時刻まで待っていた方がいいのか。
相手は何人だ? 少なくとも10人はいる、それは間違いない。倉庫の中には何人いるんだ。魔術師もいるのだろうか。
あそこにエリスが捕われているのなら、今すぐ奪回しに行きたい。だがやはり、相手の戦力が分からない今、無闇に突っ込んで行くことは出来ない。どうする……!
──結局、時間ギリギリまで状況を確認する事にした。場所を変えて偵察をし、なるべく相手の戦力を把握する。
その結果、恐らくだが相手は30人程だろうという事は分かった。肝心の手紙の贈り主だが、これも多分分かった。
カールだ。
何の意図があるのか知らないが、アイツはエリスを誘拐し俺を誘き寄せた。
わざわざこんな回りくどいやり方をしてくるのだ、良い事態になる訳がない。
いい加減、アイツに付き纏われるのは本当に癪に触る。ただでさえ顔を見たくない相手なのに、いつまでこんなくだらない事をしなければならないのか。
エリスを人質にとられるという事態ではあるが、相手がカールであるという事が分かった途端、不思議と余裕が出てくる。それと同時にこれまでにない怒りが込み上げてくる。
こいつとの縁はここで終わらせる。もう二度と表舞台に出られない様に、ぐうの音も出ない程に懲らしめる必要がある。
「時間か……」
俺は一人呟くと、カールを叩きのめす為に正面から倉庫へ向かって歩き始めた。
◆◆◆◆◆◆
「これはこれはアレク殿、怖気付かずに良くぞ参られました。お待ちしておりましたよ」
倉庫の中には何故か大振りな椅子が用意されており、そこにカールは踏ん反り返って座っていた。
「相変わらずくだらない事をするのだな、貴様は。俺を呼び出して何の用だ」
「おや、そんなつれない事を言わないでくださいよ。私は貴方とゆっくりお話ししたくてわざわざ来て頂いたのです」
まるで王にでもなったつもりか。玉座の様な椅子に座り、足を組みながらそんな事を言ってくる。一体本当に何のつもりなのか。
「俺は貴様と話をする事などない。エリスを返して貰おうか」
「おやおや、本当にせっかちですね。私達がエリスさんを捕らえていると仰るのですか? それは大きな勘違いですよ。エリスさんは自分から身柄を差し出して来たのです」
「……そんな訳ないだろう! いい加減にしろっ! 一体貴様等は何を考えているんだ!」
「おお五月蝿い。いいでしょう。おい、連れてこい」
そう言うと、取り巻きの人間が倉庫の奥へ行き、そしてゆっくりと戻ってくる。
男二人がエリスの両脇を抱え、逃げられない様にしている。エリスの手足には拘束がしてあり、口には猿轡が嵌められている。
「エリスっ……! 貴様等、今すぐエリスを解放しろ!」
「それは貴方次第ですよ、アレクさん」
カールは相変わらず偉そうに言ってくる。エリスは意識がある様で、俺と視線が合うと申し訳なさそうに俯いていた。
「俺次第とはどう言う事だ! 俺に何を求める! エリスは無事なのか!」
「いい加減大きな声を出すのはおやめなさい。おい、口を聞かせてやれ」
猿轡が外されて、エリスはやっと声が出せる様になった。
「アレク、ごめんね、ボクのせいで……。ボクは大丈夫だから、こんな奴等やっつけちゃいなよ! ボクは大丈夫だか──グッ!」
「やめろっ!!」
エリスの隣に立つ男が、突如拳を振るいエリスの腹を殴りつける。苦悶の表情を浮かべるエリスを見て、カールはその顔を醜く歪めていった。
「お前たち、おやめなさい。大切なお客様だ。さて、アレクさん。少しお話をしましょうか。私は貴方の大切なモノが欲しい。この意味、わかりますか?」
「やめろ、エリスには手をだすな! 貴様は俺の何を欲しがるんだ!」
「貴方が素直に従えば手は出しませんよ。私は貴方の大切なモノが欲しいのです。それは貴方に選ばせてあげましょう」
「選ぶ……?」
「そうです。貴方自身で選んで下さい。私が欲しいのは、貴方の右腕か、エリスさんの美貌です。さあ、どちらにしますか?」
「俺の腕か、エリスの美貌、だと……?」
「その通りです。貴方が私に差し出す方を選んで下さい。私は遠慮なくそれを頂きましょう。大丈夫、安心して下さい。それ以外には求めませんよ。私は約束は守る男です」
普段なら、こんな奴の言葉を聞く必要はない。だが、今は無理だ。エリス自身がかかっているのだ。下手な事をしてエリスには傷を作る訳にはいかない。
「アレク、ボクを選んで! ボクの美貌なんてないから、いらないから! アレクの腕を差し出しちゃダメだよ!」
エリスが必死に訴えかけてくる。カールは俺の右腕を欲しいと言う。それは恐らく、闘技会で失った自身の右腕同様、俺の腕も切り落とすと言う事だろう。
そうなればもう剣は握れない。騎士の道も閉ざされたも同然だ。
だが、だからと言ってエリスを差し出す事なんて出来ない。エリスの美貌、恐らくは顔を傷付けるのだろう。それも、魔術や治療で治せない程の。
そんな事になれば俺は俺自身を許す事なんて出来ない、絶対にダメだ。
くそっ、どうすれば!
何を選べばいいんだ!
こんな奴に、こんな事で……!!




