第49話 バークレー伯爵家
翌日。
俺は予定通り、バークレー伯爵家へ向かう。歩いても行けるのだが、ここはいつも通り馬車に乗って向かう。
正直カールの事は生理的に受け付けないので、バークレー家での剣術指導は気が進まなかった。しかしここだけ受けないわけにもいかないし、何より父が受けてきてしまっているのだ。
父の面子の為にもここはしっかりと勤め上げねばならない。
初めて訪れたバークレー伯爵家は、伯爵家の地位から考えると少々派手で大きな造りとなっていた。
伯爵家当主と面識がある訳ではないので分からないが、カールの事を考えるとどうせ派手好きで、碌な人間ではないんだろうと勝手に想像してしまう。
正門から入り、バークレー家のメイド達に屋敷へと案内される。まずは当主に挨拶はしておかなくてはならない。
そうして、ゆっくりと屋敷の奥から出てきたのは、予想通りというかでっぷりと肥え太ったカール同様の金髪の男だった。
「よくぞおいで下さいました、私が当主のバルボス=フォン=バークレーです。以後お見知りおき下さい。先般の闘技会ではうちの愚息が大変お世話になったと聞いております。そしてアレク殿も大変なご活躍だったと」
「いえ、たまたま運良く勝ち進めただけです。私などまだまだ精進が足りません。また、偶然とはいえご子息に怪我を負わせてしまいました。誠に申し訳ありません」
「それこそ気にする事はありません。あのような大会なのです。傷を負う事など当たり前、むしろ生きて帰ってこれただけでも儲けものですよ」
お互い心の通わない会話をしているとは理解している。ただ、バルボスはカールに比べてまだ常識のある様に感じる。この当主がいれば、今までのわだかまりを解消出来るだろうか。
「さあ、折角来て頂いたのに時間を無駄にしてはなりませんね。中庭で既に準備は整っております。お願いできますか?」
「ええ、もちろん」
そうしてメイドに連れられて中庭へと向かう。
──そしてそこで目にしたのは、予想を悪い方へ裏切った光景だった。
「やあやあ、これはこれはアレク殿。わざわざお越し頂き感謝に絶えません。今日は私達に指導頂けるとの事で、有難う御座います」
広々とした中庭に、見たくもないカールが立っていた。その周りには既に剣を握った男達が所狭しと並んでいる。
ゆっくりとこちらに向かってくるカールは、失ったはずの腕に義手を付け、厭らしい笑みを浮かべこちらに近づいてくる。
「せっかくあのアレク殿が指導に来てくれると言うのです。我が親族連中も是非にと集まって来ましてね。何、迷惑はかけません。指導のほど、お願い、出来ますよね?」
蛇の様な目をこちらに向けて、カールは問いかけてくる。
……こいつは、この状況を意図的に作った。一体何の為に?
そんなの決まっている。
闘技会で負けた腹いせに俺の事を潰しにきたのだ。
カールの親族と言っていたが、明らかに普通ではない奴の方が多い。本当の親族はせいぜい5、6人だろう。
残りはゴロツキの様な風体をしており、俺の方を見てニヤニヤとしている。
「……これは、どういうつもりだ。カール殿」
「どういうつもりも何も、皆アレク殿の指導を受けたくて集まって来たのですよ。もしかして、闘技会優勝者ともあろうアレク殿は、この程度の人数相手に指導は出来ないとでも仰るのですか?」
「……いや、そんな事はない。ただ、確かにこの人数相手では質の高い指導にはならないだろう。そこの所だけ理解してくれればいい」
「それは勿論構いません! アレク殿の指導が間違う訳がありません。もし伝わらないとしたら、指導を受ける方の人間が悪いのです! その時は何度でも繰り返し訓練させますので、時間の許す限りどうぞお願い致します」
そう言ってカールは、一人中庭に用意されたテーブルについて椅子に腰をかける。
俺の目の前には剣を持った傭兵の様な男達が並んでいる。どこから集めたのか知らないが少なくとも貴族の子弟には見えない。
まあいい、まずは普通に剣術の指導をすればいいのだ。もしそういう事態になったとしたら、その時は、その時だ。
剣術指導の基本として、体をほぐす体操と走り込みを行わせる。いくら広い中庭とは言え男全員で走る事は出来なかった為、二班に分けて体操と走り込みを行った。
男達は何故こんな事をしなくてはならないのか、と不満の声を上げたが剣術指導の一環であると黙らせた。
ある程度息があがってきたと思われるところで、今度は型の指導に入る。
やはりというか、全員が真剣を使っていたので、取り扱いには十分注意する様に伝えた。しかし庭の広さに余裕がなく剣が掠めて流血する者がおり、それを発端にあちこちでイザコザが起こり始めた。
「貴様ら! 何をしているのだ。真面目にやれっ!」
慌ててカールが椅子から立ち上がり男達を抑えに入るが、一度火の付いた感情はなかなか静まらず既に拳での会話に切り替わっていた。
「やめろっ!!」
思わず大声で男達を制止する。俺の声で男達の動きは止まったが、その感情までは止める事は出来なかった。
「元はと言えば、てめえがくだらねえ走り込みや素振りなんかさせんのが悪いんだろうが! てめえが責任取れ!」
「お前達は剣術の指導を受けに来たんだろう。指導者の指導に従えないならすぐに止めて帰ればいい。帰らないなら俺の指導に従って稽古を続けろ」
「お前の剣術なんかじゃ一つも強くなんねぇよ! なんだったら俺の方がお前なんかよりよっぽど強いぜ!」
男は口汚く罵って俺を挑発してくるが、その手には乗るつもりはない。
「だったら今すぐ帰れ。俺より強いのであれば俺から指導を受ける必要はないだろう。帰れない理由があるのであれば、帰れる様にお願いをしたらいい」
「う、うるせえ! 俺はお前みたいな貴族面してすかした野郎が大っ嫌いなんだよ! 俺と勝負しやがれ!」
大声で怒鳴ってくるが、この男には何の力も感じない。闘技会で戦った有象無象と同じ感覚しか受けなかった。
「貴方達、やめなさい。先生が困っているだろう? 手合わせをしたいのであれば、普通にお願いをすればいい。ですよね、先生?」
男達の後ろから、落ち着いた声が聞こえる。
……屈強な男達を掻き分けて前に出てきたのは、その集団には似つかわしくない茶色い髪の線の細い男だった。
だが、その男には只ならぬ気配が漂っている。
凡庸な者には決して纏えぬその気配。いうなれば野生の動物の様な気配だ。隙のない動きで俺の前に立ち、静かに告げる。
「先生、私は少しでも強くなりたい。その為に今日こうして参加させて頂きました。個別で稽古をつけて頂けないでしょうか」
あくまでも丁寧にお願いをしている様に見えるが、目は笑っていない。こいつは間違いなく俺と戦う為にここに来ている。
「おう、待てよてめえ! 何勝手な事言ってんだ! 俺がこいつをやるって言ってんだよ、ひっこんでろ!」
「ええ、構いませんよ。私は先生が相手をしてくれるならいつでも構いません。……ここにいる奴等を全部倒した後でも、ね」
振り向いてこちらを見つめる目に、俺は寒気を覚えた。なんなんだこいつは。こいつには何があるのか、いや、何かがあるのだ。感覚で悟るが、どうしていいのか判断がつかない。
「だってよ! じゃあまずは俺からだな、先生とやらよ!」
「待て。俺はまだそんな事了承していない。それに──」
「おやぁ、アレク殿ともあろう者がそんなに及び腰でいいのですか? あの大会で優勝した貴方にとっては、こんな事雑作もない事でしょう?」
今のやり取りを聞いてか、背後から突然カールが現れた。
……やはりこいつがこの様に仕向けたのだ。ここまでくれば確定だ。
乗せられてはいけない、戦ってはいけない。そんな事は分かっている。なのに。……それなのに。
「──わかった、やってやろう。腕を失くそうが命を落とそうが全て知った事ではない。それでも良ければ、……かかって来い!」
もう、俺は後には退かない。
週一投稿で申し訳ないですが、鋭意執筆中ですのでお付き合い頂ければ嬉しいです!
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