第46話 再会
──遠くで音が聞こえる。
これは朝の音だ。鳥が鳴く声。朝食を用意する食器の音。そして、布の擦れる音。
ゆっくりと目を開くとやはり朝の様で、ガタついた小窓からは陽の光が漏れ出している。
「宿……。夢……? もう、どこも、痛くない……」
……そっか、僕は、守れなかったんだ。命を懸けてでも守るって決めたのに。
クラリスは生きているだろうか。無事に逃げられたんだろうか。もう、クラリスには、会えないのかな。
「……すぅ、すぅ」
誰かの息遣いにハッとする。水の中を泳ぐ様に、ゆっくりと首を傾ける。膨らんだ布団。蒼みがかった銀髪。良く知った甘い香り。
クラリスだ。僕の隣で寝ていたんだ。
……じゃあクラリスは一緒に死んでしまったんだ。
ごめんね、クラリス。守るって言ったのに。
でも、死んでからもこうして一緒にいられるなら、それも悪くないかな。
なんだか体が怠い。もう少しこのまま横になっていよう。
僕は首を戻そうとする。
その途端にクラリスがゆっくりと目を開けて、横になったまま目線が交錯する。
「……おはよう」
「うん、おはよう。クラリス、ごめんね。守れなくて」
「……うん」
「でも、クラリスと二人だったらそんなに悪くないかな。こんな所までついて来なくて良かったのに」
「…………うん」
「ねえ、ここはどこなんだろう。これから神様の所に行けるのかな。これからどうしたらいいんだろう」
今度はクラリスは何も答えない。微かに肩を震わせて、なんだか息が荒い。
「大丈夫、クラリス? どうしたの?」
それでもクラリスの震えは止まらない。
そして、その震えが笑いを堪えているという事に気付くまで、そう時間はかからなかった。
「ぷふ、ははっ、ははははっ。ふふ、ハクト、ふふふ、だ、大丈夫、私達は、い、生きてるよ」
クラリスは鈴の音の様な声をあげ、涙を流しながら笑っている。こんなに笑ってるクラリスは初めて見る。
……って、そうじゃない! なんだって? 僕達は生きている?
じっと自分の身体を見る。千切れた腕も、失くした脚も、ちゃんと付いてる。魔物と戦ったのは夢だったのだろうか。
……でも、そんな事どうでもいい! 僕もクラリスも生きてるんだ!
そう思った時には、僕はクラリスに飛び込んでいた。迷惑かも知れないけど、溢れる感情はそんな事を考える暇をくれなかった。
寝ているクラリスを布団の上から力一杯抱きしめる。
「……クラリス。クラリス。クラリス! クラリスっ!!」
流石にこれだけ揺さぶられては迷惑だろう。でも、クラリスは優しく僕を見つめる。
「……やぁ、ハクト。今日は随分と激しいお目覚めだね。でも、私はこういうの嫌いじゃあないよ」
微笑みながらゆっくりと話しかけてくる。そして、僕の頭をいつもの様に撫でてくれる。
堪らなく愛おしく、堪らなく嬉しい。
クラリスの無事に、二人でこうして朝を迎えられた事に。
とめどなく溢れる涙は、全ての疑問を吹き飛ばし、ただ感情のままに流れ続けた。
◆◆◆◆◆
「……じゃあ、クラリスが三頭獣を倒したの?」
「そうさ、私にかかればあんな奴、チョチョイのちょいさ」
「じゃあ僕の腕とか脚は? 絶対に千切れてたと思うんだけど」
「……それは気のせいだね。腕は千切れかけていたけど、魔物達を倒してから治しておいたよ」
「ふーん……」
なんだかクラリスの説明に納得が出来ない。でも、こうしてここで生きているという事は、クラリスが倒した事に間違いはないのだろう。
クラリスの説明では、僕はあの戦いから三日程寝込んでいたらしい。魔物を倒したのはクラリスで間違いないのだが、当然無傷ではなかった。
痛む体を推して町に帰り、僕を宿に置いてから町中を色々駆けずり回ってくれたみたいだ。
「大変だったんだよ、あの後。これは追加で報酬を貰わないとね」
「うん、勿論さ。僕が出来る事ならなんでもするよ! ごめんね、守るなんて大口叩いちゃって。結局またクラリスに助けられたね」
「そんな事気にしなくていい。私もハクトに助けられているよ。それより、もう体は平気なのかい? 出かけられるなら出かけたい所があるんだが」
少し部屋で体を動かすと、もう特に違和感はなくなっていた。痛む所は勿論あるけれど、アレだけの戦闘をしてこの程度であるなら御の字だろう。
問題ないと告げ、僕とクラリスは並んで部屋を出る。
「……あれ? なんかクラリス、背が小さくなった?」
「私が小さくなったんじゃない、君が大きくなったのさ」
こちらを見ずにそれだけ言うと、クラリスはさっさと部屋を出て行ってしまった。
◆◆◆◆◆
宿を出てまず向かったのは酒場だ。
クラリスが報告してくれているとはいえ、受けた依頼の完了報告を僕はしていない。
完了出来たのか甚だ怪しいが、それでもやはり筋を通さないと気持ち悪い。
二人で並んで酒場に入る。そこには、渋い顔をしたジンが待ち構えており、僕の顔を見ると驚いた様に表情を変えた。
「……本当に帰ってきたんだなぁ。まぁ姉ちゃんが帰ってきてたから当然なんだが、良く無事で戻ってきたな」
「ええ、なんとか。結局僕は何も出来ていないですけどね。でも、この町に害をなす魔物が討伐出来て良かったです」
ジンは無言で何度も頷くと、一枚の紙を見せて来た。
「じゃあ早速で悪いが、依頼の完了報告をしてくれ。ざっとは姉ちゃんに聞いてるが、この紙を書いて依頼終了だ。報酬も用意してある」
僕は手渡された紙を読む。そこにはウルフェン50頭討伐と記してあった。
「あれ? ウルフェンだけですか? アイツは──」
「店主、これで構わない。ほら、ハクト。サインをして」
クラリスが話を遮って無理矢理サインを書く様に促してくる。
なんでだ? ケルベロスを倒したのであれば、それは報告すべきじゃないのか。
だが、クラリスの表情には有無を言わさない迫力があった。
とりあえず今はそれに従いサインをする。
「よし、これで依頼は完了だ。これが報酬だから数えてくれ」
今度は硬貨が一杯に詰まった革袋を渡してくる。僕が数えようとする前に、クラリスがまた言葉を繋いだ。
「それよりも、職人関係への話は通して貰えたんだろうね?」
「ああ、勿論さ。姉ちゃんが帰って来てから直ぐに伝えてある。今武器屋に行けば、嫌な顔して追い返される事はねえよ」
「分かった、ありがとう。また何かあればこちらに寄るよ。そちらも何かあれば宿まで来るといい。少なくとも武器が出来上がるまではこの町にいるから」
クラリスとジンはお互いに目線を合わせ、一つ頷くとそれだけでもう意思疎通は出来たみたいだ。
こうして報酬金額を確認する事なく僕等は酒場を後にする。
スタスタ早足で歩くクラリスに連れられ、その足でそのまま武器屋に向かった。
「ねえ、クラリス本当に何がなんだか分からないよ。こんなに慌ててどうしたの?」
「ん? 別に慌ててなんかいないよ? ただ、早くハクトの武器を作りたいからね。早く武器屋に行きたいのは当然だろう?」
「それはそうだけど……。じゃあ武器屋に行ったら打ち合わせして、材料探しだね」
きっと、僕が寝込んでる間に何かあったのだろう。とりあえず今は頭を切り替えて、僕の武器の話に集中する事にする。
二度目の訪問となる武器屋は、ジンの言う通りすんなりと中に通して貰えた。
そして、そこには前回会った武器屋の店主と、闘技会で戦ったキキが待っていた。




