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第45話 激震

 クラリスと共に森の中を駆け回る。

 少しでも群れをばらけさせて、一体でも多く魔物を倒したい。

 僕は剣を、クラリスは魔術を使い、少しずつではあるが確実にウルフェンを仕留めていった。


「はぁ、はぁ、このままいけば、なんとか、逃げられるかなっ」


「……さぁ、どうかな。奴ら、倒しても倒しても数が減らないんだけど」


 走りながら森の入り口の光が見えた。


 後少しっ……!



 僕の気が緩んだ一瞬の隙だった。

 その隙を突いて、ウルフェン達は()()()()()一斉に飛び掛かった。



 ──僕は強く足を踏み込み、踵を返し、剣を振り回す。


「クラリスから、離れろぉおぉぉぉ!!」


 再びクラリスに襲いかかる魔獣達を闇雲に振るう剣で薙ぎ払う。流石にクラリスだってやられっぱなしではない。だが、一度に襲ってくる数が多過ぎた。このままではマズい!!


「……ハクト、離れて」


 小声でクラリスが囁く。



 ──次の瞬間、特大の炎がクラリスの全身を包み込む!


 今までクラリスに纏わりついていた魔獣達は、瞬く間に燃え上がり、その一瞬後には灰となって消えた。




「クラリスっ!!」


 ゆっくりと地面に膝を着くクラリスを支えに走る。恐らくは自身の魔術で自分ごと燃やしたのだろう。

 ボロボロだった服の殆どは燃え落ち、体のあちこちが火傷をしている。


「クラリス、クラリスっ! 大丈夫かっ!? 僕が背負ってでも逃げるから! クラリスを、守るから!」


 今の炎で怖気付いたのか、魔獣達は遠巻きに見ているだけで襲っては来ない。



「ケホケホッ、だ、大丈夫だ。ありがとう。だが、これ以上はマズいね……。さて、万事休すだ」


 クラリスはどこか遠い目をして、諦めている様に見える。


「クラリス、諦めないで! 僕が絶対に守るから! 助けるから!」


 クラリスの目を、睨む様に見つめ続ける。


「…………うん、そうだね。分かった。ごめんね、私もハクトを守ろう。……例えこの身体が枯れ果てても」


 言い終わる瞬間、クラリスの全身から蒸気が勢い良く吹き出る!


 いや、これは違う……。闘技会でアレクが出したものに似ている。だとすれば、闘気、とでも言えばいいのだろうか。こんなクラリスは初めてみる。その表情は普段の温和なクラリスからは想像も付かない程に鬼気迫っており、僕はただ見ているしか出来なかった。



 ゆっくりと立ち上がるクラリス。その身体は先程の闘気に包まれたままだ。魔獣達も様子を見ているのか、襲ってこない。

 ゆっくりと右手を上げ、口元を少しだけ動かすクラリス。



 ──ボンッ



 軽い音を立てて、目の前にいた魔獣が弾け飛んだ。そのまま連鎖する様にボンボンボンッと続け様に魔獣が爆発四散していく。


「……ふぅ、ふぅ。もう少し……、もう少しだけ」



 どんどんとその数を減らしていく魔獣達。代わりにクラリスは一歩ごとに疲弊している。僕も剣を握り直し、近くにいるウルフェンに刃を突き立てる。


 クラリスの魔術は驚異的だった。既に何をしているか分からない程だが、クラリスが手を向ける先にいるウルフェンは次々に死に絶え、遂に全体の8割程を倒す事が出来た。


「これなら、これなら逃げられる! クラリス、掴まって!」


 包囲の穴が開いた箇所へ目掛け、クラリスを引っ張って飛び込む! 森の出口まで後少しだ!






 ──そして、我武者羅に飛び込んだ先には、今迄以上の絶望が待っていた。




「……なんでだ、なんでなんだよぉぉぉ!!」



 もう沢山殺した。二人で出来る限り魔獣を殺して回った。

 だけど、目の前には今迄以上の数の群れを率いて、三頭獣ケルベロスが待ち構えていた。



 魔術の使い過ぎなのか、クラリスはへたり込んだまま動かない。

 クラリスはもう戦えない。……僕が、僕が守るしかないんだ!



 血管が切れる程強く剣を握りしめ、布でキツく巻き付ける。この剣は二度と離さない。死ぬまで絶対に離さない。




「……ハクト、ダメだ。行っちゃ、ダメだ。私を置いて行かないでくれ、ハクト。ハクト……」


 僕の袖を引き、弱々しく哀願するクラリス。そんな顔をしないでおくれ。大丈夫、君は死なせない。


「クラリス。僕は死なない。クラリスを守るから。だから、クラリスだけでも、逃げて──」



 恐怖を覚悟で縛り上げて、僕は走り出す。







 ────魔物の群れを前に、僕の時間はゆっくりと流れる。

 いつからだろう。こうして剣を振れる様になったのは。


 初めて魔物と戦った時は、怖くて何も出来なかった。

 でも、今は守る為に戦えている。大丈夫、怖くない。


 幼馴染み達との約束を守る為に。大切な人を守る為に。


 身体の中の最後の一滴まで力を振り絞って戦おう。


 ……クラリスを守る為に。





 僕はケルベロスに向かいながら、剣を振り続ける。

 途中、襲い来るウルフェンを薙ぎ倒しながら。

 業物の剣であっても既に刃は綻び、脂で切れ味も落ちている。

 剣を棍棒の様に扱い、襲って来る魔物をただひたすらに打ち据える。



 そしてウルフェン達の包囲網を無理矢理こじ開けて飛び出し出し、ケルベロスの頭を狙って思い切り剣を振り回す。


「うおぉぉぉ!」


 すると不意に、剣を持っている腕が軽くなった。構わず振るうが、目の前にいるケルベロスには僕の剣が届かない。


 ……あれ?

 そこには、遠くへと飛んでいく僕の右腕が見えた。死ぬまで、死ぬまで剣は離さないと決めたのに。


 着地をして体勢を変えようとするが、足が地面を捉えられず大きく傾く。体を支えるはずの左脚は、もう僕の体には付いていなかった。


 三つあるケルベロスの頭のうちの二つの口元が、僕の血で真っ赤に染まっていた。


 視線は魔物を見ていたはずなのに、段々と空を覆う木々に浸食されていく。



 遅れてくる灼熱の痛み。牙が皮膚を突き破る感触。血が噴水の様に吹き出る音。



 ……ああ。もう、ダメなんだ……。

 僕の体は奴らの餌になってしまった。

 振るうべき腕も、踏み込む足も、包み込む手も、もはやもう無い。


 ……クラリスは逃げてくれただろうか。全ての感覚が磨耗していく中で、僕は、ただそれだけを考え続けた。




「……さない。ゆ……さない。許さないっ! 絶対に許さないっ!! 貴様らっ、種族諸共滅ぼしてくれるっ!!」





 僕の最後の記憶は、憤怒に塗れたクラリスの感情だった。





 ◆◆◆◆◆





 ──その日、大陸に激震が走る。


 北の大地にて、森が一つ丸々消滅する程の爆発があり、その衝撃は遠く離れた王都でも観測された。


 尋常ならざる事態に王都では戒厳令が敷かれ、駐屯している全騎士団も、最低限の守備隊を残し外壁にて哨戒を行った。



 後日、有識者を集めて行われた現地調査に於いても、結局原因は分からなかった。ただ一つ分かった事は、この爆発は自然現象ではなく、魔力を使って人為的に起こされたものだと言う事だけだった。


 現場には濃密な魔力の残滓が残っており、僅かに生き残った植物や生物のことごとくを変質させていた事から、その魔力の濃さと大きさが窺い知れたと言う。


 王はこの事態を重く受け止めて、王都及び近隣の街には自然的に起こった爆発であり、事件性はなし、以後この件についての調査を禁止する旨の勅命を出した。



 こうして北の大地で起きた大爆発は意図的に封じられ、人々はこの事件を緩やかに記憶の彼方へ追いやっていった。




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