第30話 ハクト二回戦
決勝トーナメント三日目、僕が戦ってからは二日目だ。今日は上位8名に勝ち進んだ人全員が戦う事になる。そのうちの1組は昨日の戦いで酷い怪我を負い、今日の戦いには出られないらしい。
だから7人で上位4名を目指す事になる。一人は不戦勝で上に進む事が決定しているので、少しだけ羨ましいな。
……ダメだダメだ、そんな事を考えている様ではこの先の戦いは勝てない。
僕は甘ったれた心に鞭を打つ。
今日勝って上位4人、明日勝って決勝戦。ここまでは絶対に進んでやる。拳を握り気合いを入れる。
そうして控室に進む時、突然耳元に息を吹きかけられる。
「うわぁっ!!」
ぞわっとする感触と、漂う甘い香り。後ろを振り返ればクラリスが僕の耳に顔を寄せてこちらをじっと見ていた。
「……ハクト、怖い顔してるよ。ほら、力を抜いて」
そう言って肩に手を乗せてくる。
戦いの前になると自然と僕は力み過ぎてしまうみたいだ。毎度毎度クラリスに緊張を溶き解して貰ってる。はぁ、情けない。せめて感情のコントロールくらいは出来る様になりたい。
程よく力みが抜けた所で控室に入る。
既に僕以外の参加者は集まっていた。
皆ここまで勝ち進んできただけあって、何かしらの達人の様な雰囲気を醸し出している。僕だけうっかり踏み込んでしまったような、場違い感が否めない。空気に飲まれない様に心だけは平静を保つ。
あてがわれた席に座り、目を閉じて自分のやるべき事を考える。
落ち着け、普通に戦えば勝てる。焦るな、冷静にだ。
ふと周りを見渡せば、他の参加者も誰も無駄に喋ってはおらず、心を落ち着けているように見える。あのアレクでさえも同じ事をしていた。
そうしていると、遂に名前が呼ばれ始める。
「三日目、第一試合、アレク=フォン=フリューゲル。及び、コルト・バーブ。続いて第二試合……」
次々に呼ばれる参加者達。僕は今日の三試合目になった。呼ばれなかった一人は恐らく不戦勝なのだろう。今日の勝者のうち誰かと明日戦う事になる。
今日戦わずに体力を温存できるだけでも明日の試合に有利に働く。
いいんだ、そんな事は考えるな。実戦で経験を積む分だけ僕は強くなるんだ。再び心を落ち着ける為に目を閉じる。
第一試合で名前を呼ばれたアレク達は早速会場に向かっていった。
今日は参加選手は全員控室で待機なので、誰の戦いも見る事は出来ない。そういう意味では誰も他の人間の戦いを見て研究する事は出来ないので、条件は一緒だ。
果たしてアレクは勝つ事が出来るのだろうか。
◆◆◆◆◆
じっと控室で待っていると、色々な考えが頭を過る。一体どれだけ時間が経ったのだろうか。
アレク達がいなくなってから暫く経った。ふと顔を上げると、会場から歓声が聞こえる。恐らく戦いが終わったのだろう。
歓声が消えてしばらく後、控室の扉が開く。勝ったのは、……アレクだった。
アレクは特に怪我等している様子は見えないが、全身が血塗れだった。多分アレは返り血なんだろう。それほど迄に激しい戦いだったのだろうか。
「お、お疲れ様です。怪我はないですか?」
恐る恐るアレクに声を掛けてみた。
「あ、あぁ。ありがとう。怪我はない、問題ない」
相変わらず素っ気ないが、恐らく怪我はないのだろう。僕はその言葉にどういう返事をしたら良いものか。
「……君も頑張ってくれ。是非決勝で戦おう」
僕が返事に悩んでいると、初めてアレクから声を掛けてきた。しかも応援とも取れる内容だ。
アレクの言葉に少しだけ心が高揚する。次もその次も勝って、必ず彼と決勝で戦おう、そんな気持ちになる。
その言葉を残して、僕の返事を待たずにアレクは消えていった。恐らく返り血を洗いに行ったのだろう。
よし、よし、必ず勝つ。それで決勝でアレクを倒すんだ。そんな気持ちをより強くする。
第二試合も終わり、いよいよ僕の番だ。大丈夫、きっと勝てる。そう自分に言い聞かせて会場へ向かった。
◆◆◆◆◆◆
会場内に入るのはこれで三回目だ。予選の時、決勝の一回戦、そして今日。
昨日は相性が良かったのか、難なく勝つ事が出来た。でも毎回そうとは限らない。どんな相手か、どんな武器か。色んな事が頭を巡り考えが纏まらない。
緊張を悟られない様にリングに上がる。
暫くすると僕の対戦相手が現れた。
……男? 女? 子供?
僕の相手は僕よりも一回り程小さい人物だった。顔の下半分を黒い布で覆い、その表情は窺い知れない。髪の毛は僕と同じで黒髪だ。肩に着かないくらいの長さなので余計に性別が分からない。
ゆったりとした服装はその体を隠し、その両手には僕の刀の半分程の長さの、刀を二本持っていた。
「短い刀……?」
つい独り言を漏らしてしまう。するとその言葉に相手が反応した。
「やあ、はじめまして。兄さんも刀を使ってるんだね。オレの刀は刀じゃない。造り方は一緒だけど使い方が違う。これは小太刀と言うんだ。切れ味は……試してみる?」
言うが早いか、その相手は一瞬で僕の懐に飛び込んで来た。
僕の喉元に付きつける様に、小太刀を見せてくる。
「こらっ! まだ戦いは始まってない。勝手な事をすると失格にするぞ!」
突然の行動に審判の制止が入る。はいはい、と適当な返事をしながら相手は戻っていくが、その動きには微塵も隙がなかった。
「兄さん、オレはキキって言うんだ。よろしくね」
「あ、ああ……。僕はハクトだ。よろしく……」
キキと名乗った相手の言葉に生返事をしてしまう。
……見えなかった。キキが僕の懐に飛び込んでくる所も、その小太刀を抜いたところも。
これは、こいつはまずいかも知れない。昨日クラリスと話していた、僕よりも敏捷性に優れた相手、僕よりも速い相手だ。少しだけ僕の手が震える。
──だが、負けないっ! 僕は絶対に勝つ!!
お互い最初の立ち位置に戻り、試合開始の合図を待つ。開始と同時に動ける様に僕は既にその刀身を鞘から抜いていた。
そして、いよいよ戦いが始まる。
鐘の音がなると同時に、僕は相手に飛び掛かる。最速の動きで刀を横に振り払うが、キキは一歩退くだけで躱してしまった。
だがそんなのは予想通りだ。躱された刀を返し、止まらぬ連撃を放つ。
刀を振る度に刀身が空気を裂き、ヒュッヒュッと鋭い音を鳴らす。その全てをキキは最小限の動きで避けていく。
ステップを踏む様に動き、傍から見ればまるで踊っているかの様だ。
──このままじゃダメだ。当たらない。
一度攻撃の手を止め、後ろに跳んで距離を取る。どこかにあるはずの隙を探さなくちゃ。
「兄さん、中々良い太刀筋だ。刀で相当鍛錬したんだね。でもね、刀って言うのはこういう風に使うんだよっ!」
キキは残像を残して、消えた。
そして突然背後に現れる気配。
────ガガッ!!
叩き込まれる小太刀の連撃を、なんとか刀で防ぐ。
「おお、兄さん本当に凄いね。こんな簡単に防がれたのは初めてだ」
キキは体勢を整えてから小太刀を逆手に持ち、両手で扱う。そしてそのままクルクルと高速で体を回転させ、小太刀で連続で斬りかかってくる。まるで刃のついた独楽だ。
……どれくらい続いただろうか。キキの独楽の様な動きから繰り出される攻撃は、一つ一つは重くはないものの、その速さで繰り出されるもの全てを躱すのは不可能だった。
頬を、太腿を、手の甲を。薄くではあるが少しずつ切られていき、体力よりも気力を削いでくる。
その連撃が収まった時、お互いにまた距離を取る。一連の攻撃をしのぎ切った僕は素早く大きく息をして、呼吸を整える。
しかし、良く見るとキキも額にうっすらと汗をかき、その肩は大きく上下している様に見える。
……疲労? 戦い慣れていない?
顔を覆う布の為に表情で推し量る事は出来ないが、だがキキは今の攻撃で明らかに疲れていた。
体力勝負なら勝てるかな……。
技術とスピードで圧倒的に負けているが、体力で押し切れば勝てるかも知れない。僕も特別に体力が多い訳ではないが、流石に今の攻撃くらいで疲れたりはしない。
もう一度刀を強く握りしめてキキに襲い掛かる。今度は少し大きめの軌道を描く線に乗せて刀を振るう。
キキは変わらず最小限で避けようとするが、そうはさせない。
斬撃と織り交ぜて打突を繰り出す。当たればいいし、当たらなくても良い。避けているだけでは済まない攻撃を繰り返しキキの疲労を誘う。
反撃だけは受けない様に攻撃を繰り返していた時、初めて拳がキキの身体に触れた。
キキは、刀の攻撃だけは当たらない様に避けていたが、肉体による攻撃には多少鈍感だったみたいだ。
僕は続けざまに拳を、脚を振り続ける。一度当たればその後も面白いくらい攻撃が当たる。顔や腹を殴り続け、キキの体が沈んだ時、刀で攻撃をする。
すると今までの劣勢が嘘の様にキキは飛び退り刀を躱す。
口に溜まった血を吐き、怒りの眼差しを向けてきた。
「兄さん、強いね。でも、調子に乗るなよ」
突如、冷たい声と眼で僕を睨むキキ。
確実に疲労とダメージが蓄積しているはずなのに、その声は、声音だけで人を殺せる程に冷めていた。
ふっとキキの姿が溶ける。
違う、消えた! 陽炎の様な姿だけを残し、キキは姿を消す。
そして、一瞬で僕の目の前に現れ、手にする小太刀で僕の喉元を貫くべく、鋭く突き出す。
「っ! ふっ、ふぅ、ふぅ……」
小太刀の刀身を素手で握り、間一髪で食い止めた。握りしめた手からは血が滴り落ち、全身からは冷たい汗が噴き出る。
今の一瞬で確実に命を取りに来た。その寸前でなんとか首の皮一枚で繋がる。
「忌々しい……。本当に見えてるんだ。むかつく」
近づく時とは違い、ゆっくりと歩いて距離を取るキキ。そして充分距離を取った後、一つの提案をしてくる。
「兄さん、アレやってよ。予選の時に大男を真っ二つに斬ったあの技。オレも本気で攻撃するから、あの技とオレの技とどっちが上か勝負しようよ」
予選の時の大技……。おそらくジェドを斬った時の抜刀術。技というよりは、持てる力全てで刀を振るだけなのだが、今の僕が使える最大威力の攻撃なのは間違いない。
しばらく無言で考える。
あの技は隙が大きい。それは自分で分かってる。キキはその隙を突いて攻撃を考えてるのか、それとも真っ向勝負出来るだけの何かを持っているのか。
……うん、悩んでてもしょうがない。キキの体力が続けば、あの動きに翻弄されて、いずれは追い込まれてしまうだろう。
それであれば最初から大技を出して一撃で仕留めたい。
僕は無言で頷くと、慎重に立ち位置を決める。
足元を確認し、納得のいく場所でゆっくりと刀を鞘に納めた。腰を落として抜刀の準備をする。
「いいね、ぞくぞくするよ。兄さん、簡単に人を殺す目だ」
そう言いながらキキも位置を探っているようだ。そして位置が定まると、同じく小太刀を鞘に納める。キキの小太刀は、腰の後ろに左右から納められる様になっていた。
小太刀を鞘に納める。あいつも抜刀術を使うのか? ただ、小太刀では抜刀術の威力を発揮しない。長さが足りず、抜刀の速度が出ないのだ。
じゃあ何をするんだ。納刀、小太刀、二刀流……。
思い付く事はいくつかあるが、あれこれ考えると自分の技に影響が出る。
今は、今だけは自分を信じてこの技を放つしかない。自身の最強の技を。
お互いに柄を握り呼吸を探る。
その時は一瞬。呼吸の一拍の隙を突いてお互いが動き始める。
リングが沈む程強く踏み込み、全身のバネを使い刀を振り抜く。瞬きの速さで相手を捉えるべく、僕の刀は最速の弧を描く。
キキは当然この攻撃を理解していただろう。
だとしても、躱せないだけの速さで攻撃をすればいい。
僕の刀はキキの胴体を両断すべく真っ直ぐ進んだ。
……どうだっ!!
キキは僕の刀を二本の小太刀を使って防ぐ。小太刀の鍔元で襲いくる斬撃を受け、その衝撃を得意の回転により受け流そうとする。
ここまで来ると、力と技の戦いだ。僕の力が勝つか、キキの技が勝つか。
抜刀した刀を最後まで振り抜く。これでダメならこれまでだ。
────キキは刀を受けながら遂に廻り切った。
そして、その勢いのまま小太刀を交差させて上から振り下ろす。
……ダメだ。避けられない。
苦し紛れに鞘を頭に掲げて防御する。
小太刀はそのまま鞘を砕き、……そして、その刀身も砕け散った。
「「なっ……!」」
僕もキキも同時に驚きの声を上げる。
二人とも体勢を崩しリングの上に膝をつく。直ぐに立て直し向き直るが、キキの表情には既に戦意はない様に思えた。
「……兄さん、オレの負けでいいや。凄かったね」
「えっ……? なんで……」
「いいんだよ、本当に兄さんは強かった。ただ覚えておいて。最強の攻撃のその次、その先にも見える景色はあるはずだから。そこまで行ければもっといい所いくんじゃない?」
キキはそう言ってリングを降りる。降りる際に審判に降参を伝えていた。
会場のアナウンスが高らかに僕の勝利を告げるが、全然納得いかない。勝利の発表を聞いた後、すぐに会場を出てキキを追いかける。
だが、そこは既に観客でごった返しており、キキを見つける事は出来なかった。




