第29話 ハクト、決勝トーナメント一回戦
今日は遂に決勝トーナメントだ。
対戦相手は直前まで分からないみたいだから、余計に緊張する。知らぬうちに体に力が入っていたみたいだ。
後ろからクラリスが肩を揉んできた。
「ハクト、もっとリラックスして。君の実力ならそう簡単には負けはしない。どんな相手でも大丈夫だよ」
微笑みながら語りかけてくるクラリス。その笑顔は少しだけ僕の心を軽くした。
「そうかなぁ……。みんな凄い人ばっかりだ。経験も技術も僕なんか足元にも及ばないと思うんだけど……」
「大丈夫だよハクト。君の目と体はちゃんとついて来ている。君が油断さえしなければ見えない攻撃はないさ。君が負けるとしたら、全てのバランスが君より上回っている相手の場合だね」
クラリスが言うには、僕の武器は目と体だ。僕の敏捷性は稀に見る高いレベルだそうだ。力と体力が並だとしても、その二つがあればそうそう負けはしないと。
だが、裏を返せば力も体力も敏捷性も高く、目が良い相手には勝てないと言う事だ。それはそうだろう。その人物に勝るところが一つもなければ勝てる道理はない。戦いを前に、僕はそんな人が現れない事を祈るばかりだった。
今日のトーナメントの第二試合で僕は戦う事になる。他の参加者を見ることは出来ないが、余計な力が入らずにかえって良いかも知れない。
控え室でドキドキしながらその時を待つ。どんどんと脈を打つのが早くなってくる。
その時、会場の方で一際大きな歓声とアナウンスの声が聞こえた。……多分第一試合が終わったのだ。
いよいよだ。両手で頬を叩き気合を入れる。
「よしっ!」
大きな声をあげて、僕は会場に足を踏み入れる。
◆◆◆◆◆
勢い勇んで会場に入ると、そこには傭兵の様な格好をした男が立っていた。
肌は浅黒く、体のあちこちに刀傷がある。
特徴的なのが、上半身のみを覆う金属の鎧と、騎士のロングソードよりも更に長い剣を持っていた。
あれは確か馬上で使うのが目的の剣のはずだ。鎧は同じく馬上で邪魔にならない為に上半身のみを守っていると聞いた事がある。
と言う事は、普段は馬に乗って戦場を駆ける傭兵と言う事だろう。やはり決勝は違う。経験豊富な猛者ばかりだ。
戦う前からその見た目に少し圧倒される。だが、僕だって訓練をつんできてんだ。タダではやられないさ。
リングに登り相手の前に立つ。やはり風格があり、近くに来ると余計に迫力を感じる。そんな僕の様子に気づいたのか、鼻で笑う様な仕草をして来た。
……いや、いくら僕が子供に見えるからってそんな舐めてかかっていいの?
これには僕もちょっとイラッときた。さっきまでの恐怖が少しずつ怒りに変わってくる。
審判の説明が終わり、いよいよ戦いの鐘が鳴る。
試合開始と同時に僕は走る。相手の剣はその長さで、僕よりも圧倒的に射程が長い。その射程に入らない様に足で揺さぶりをかける。
そして相手も動き始めた。僕が円を描く様に走ると、それに合わせて剣を振るってくる。
……威嚇か?
攻撃にしては遅い、でも止まっている訳ではない不思議な速度で剣を振り続ける。
その隙を見て軽く刀を一振り。
刀はサクッと軽い音を立てて男の太腿に切れ目を入れた。
男は少し顔を歪めて一瞬動きが止まったが、その直後にはまた長剣を振り回す。
……あれ?
僕も威嚇だけのつもりだったんだけど、当たった。
不思議に思って今度は蹴りを入れてみる。
ドカッ!
今度は正面から男の腹を捉える。
金属の鎧を着ているのでダメージはないだろうが、その衝撃で男は2、3歩よろめいて後ろにたたらを踏む。
……なんか違う。
よろめいてからも体勢を立て直しまた剣を振るってくる。
なんだろうか、この違和感は。
その後も男はずっと剣を振っているだけだった。その動きは僕から見れば隙だらけに見えたので、合間合間に刀で、拳で攻撃を入れ続ける。
その全てが男の体に吸い込まれ、少しずつではあるが男はその傷を増やしていく。
……もしかして、コイツは弱いのか?
その疑問が戦っている最中に確信に変わる。
僕の何度目か分からない攻撃に、男の視線は全く追いついて来なかった。コイツは僕の動きが見えていない。
僕が近づけないように長剣を振り回してはいるが、その長さ故に小回りがきかず、ヒットアンドアウェイを繰り返す僕の体を捉える事は出来なかった。
そして、力を込めた僕の拳が男の顔面に突き刺さる。男よりも小柄な僕が放つ拳に、そこまでの威力があるとは思えないが、それでもその衝撃に男は膝を折る。そしてそのまま前に倒れ伏してしまった。
「勝者、ハクト!!」
男が動かなくなってから審判が高らかに僕の勝利を宣言する。
こうして、決勝トーナメント一回戦は、本当に呆気なく終わってしまった。
◆◆◆◆◆
「ハクト、お疲れ様。今の戦いは良かったよ。君らしい戦い方だったね」
控え室に戻った僕に、クラリスが労いの言葉をかけてくれた。
「僕らしい……かな? 相手の攻撃が遅くて当たらないだけだったと思うけど……」
「言ったでしょ? 君の速さは相当なものだって。別にあの男だって弱くはないと思うよ。ただ、相手の得意な戦い方と君の戦い方では、君の方が対個人向けでは勝っていたんだと言う事だよ。相手のあの戦い方は、馬上から複数と戦う為の方法だね」
なるほど、そういう事か。戦い始めの時に思った違和感はそれだったのか。あの長剣も鎧も、そう言う為の物だと僕も感じていたのを忘れていた。
「何はともあれ、まずは初戦の勝利、おめでとう。明日も戦いが続くから体をゆっくり休めるのも大切だよ」
「そうだね、そうしようかな。戦いよりも、戦い前の緊張で体が疲れた気がするよ。出来れば他の参戦者の戦いも見てみたいけど……」
「きっと君が気にする程の相手はいないよ。それだったら私と出かけようじゃないか。君の勝利のお祝いに好きな物をご馳走するよ」
そう言って、僕は半ば無理矢理クラリスに連れ去られてしまった。
◆◆◆◆◆◆
「やぁやぁ、やっぱりハクト君の戦いは見事だったね、アレク! 相手が弱いのもあったけど、あの間合いの取り方は素晴らしいよ」
「……そうだな、多分そうだろう。だが……」
俺は負けない。
心の声は心の中だけに留めた。思いは言葉よりも結果で表すべきだ。
「もうっ、いっつもアレクは素っ気ないよね! 本当に試合を見てたの? ハクト君の戦いってちょっとアレクに似てるよね?」
「そうか?」
「うん。剣筋が真っ直ぐで、淀みないところとか。ああ、でも使ってるのが刀だから、一振り一振りはあっちの方が速いかもね」
そうか、俺に似ているのか。
ハクトの事は良く知らないが、それでも弛まぬ研鑽を積んできたのだろう。でなければあんな戦いが出来るはずはない。
ハクトが俺に似ているのか、俺がハクトに似ているのか。
なんとなくだが、決勝でハクトと戦う予感がしている。だったらその時にどちらが本物かハッキリさせてやる。
憎い訳ではない。だが、同じ土俵で戦う者として負ける訳にはいかない。
俺には大きな目標がある。闘技会なんてその通過点の一つに過ぎない。こんな所で躓いてなどいられるか!
一つ活を入れると俺は席を立つ。その後ろを慌ててエリスがついてきた。
「ちょっと、どこいくのアレク!」
「決まっている、家に帰って稽古をするのだ。明日はまた俺も戦う。1日体を動かさないと鈍ってしまうからな」
エリスはニコーっと歯を出して笑うと、横に並んで歩き始める。
「もう、アレクってば本当に素っ気ないね。仕方がないからボクが稽古に付き合ってあげるよ。明日立てない程にメタメタにしちゃうんだから!」
そう言って嬉しそうについてくる。
そうだな、今日はエリスに付き合って貰うか。
今日は、俺が知ってる限り最強の女剣士の胸を借りるとしよう。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
しばらく戦闘シーンが続きますが、物語として重要な立ち位置のキャラが出る事があります。
キャラだけ覚えておいて頂けると嬉しいです。




