第24話 アレク決勝トーナメント進出
その後の本選は、ほぼ1ブロックの戦いと同じだった。
それぞれの戦士がお互いの相手と戦っている中で、不意を突かれて致命傷を負う。そんな事が当たり前の様に行われる戦いは、とても闘技会と呼べるものではない、と僕は感じる。
ただ、その中でも特筆すべき人は何人かいた。特に、最初の敏捷性試験の時に見かけた、金髪の美丈夫の戦いは見事だった。
彼は本戦の6ブロックに参加していた。昨日見た時と同じく、騎士の様な服装で腰には立派なロングソードを下げている。
そして、試合開始の合図と共に、ロングソードを抜いたまま動かずにじっと会場中央に立っていただけだった。
そんな人間がいれば当たり前の様に男達に狙われる。彼は同時に5人程の男から迫られ、その凶刃が彼の喉元を引き裂くかに見えた。
しかし彼は慌てる事なく一歩下がり、紙一重の所でその剣を避ける。他の男達の剣も同様だ。ダンスのステップを踏むかの様に、最小限の動きで迫りくる刃を躱していった。
そして、軽く剣を振る。今度はワルツの様に舞い、男達に傷を負わせる。その剣は、ある男の足首の腱を絶ち、ある者は手首の腱を絶たれ獲物が握れなくなる。
そして彼は剣だけではなかった。一連の流れの中で、正面に立った男にはその拳をお見舞いし、背後から迫る巨漢には回し蹴りを喰らわせた。
そのどれもが急所を的確に突いていき、男達はもんどりを打った後に動かなくなる。
そして彼の周りには誰もいなくなる。その戦いぶりを見ていた人間はあえて近づかなかったし、それを知らない人間は勢い良く襲い掛かり返り討ちにあう。
みるみるうちに立っている者は減っていき、気づけばその金髪の彼ともう一人、熊の様な戦士だけが残っていた。
熊の様な戦士は、歴戦の勇士の様だ。
今日出来ただけではない傷をいくつも体に背負い、金髪の剣士と相対する。
体格は熊の様な男が遥かに勝る。手には剣と斧の間の様な、凄まじく巨大な獲物が握られており、アレが一発当たったら鉄の扉だってひしゃげるだろう。
金髪の剣士は、そんな相手でも臆する事なく立っている様に見える。
……そして、勝負は一瞬で決着した。
熊の様な男が、その獲物を大きく振りかぶった瞬間、金髪の剣士は突きを放った。
それは、ともすれば見失いそうになる一瞬の出来事だった。
何の予備動作もなく、立っている姿勢から突然突きを放ち、相手の太腿を貫いた。
金髪の剣士の突きは、貫くだけでなく、その太腿に大きな孔を開けていた。
この一撃に熊の様な男も耐え切れず、その場で蹲る。そして降参を告げた様だ。
こうして6ブロックの本戦は、彼が一筋の傷を負う事もなく決勝トーナメント進出を決めた。
僕は彼の戦いに、知らず知らずのうちに見惚れていた様だ。
息をするのも忘れる程に彼の事を見つめる。
戦い終わった彼は、観客席にいる少女の元へ戻っていった。
……彼女だろうか? 赤い髪をした美少女と何やら親しげに話している。どちらかと言えば少女が彼の事を気にしている様に見えるが、まぁそれはどっちでも良いか。
本戦を突破出来るか分からないが、仮に突破出来たとしても彼の様な存在が決勝トーナメントでは控えている。
それだけは忘れずにいよう。
「ハクト、あの赤毛の女の子を見ていたのかい? 君は随分と浮気性だったんだね。私は悲しいよ」
隣にいるクラリスが呟く。その言葉で僕の耳は真っ赤に染まってしまった。
「そ、そんな訳ないじゃないか! 彼の戦いが見事で、ついつい見惚れてしまってたんだ。あんな風に戦えたら、怖いものなんてないんだろうな……」
最後の方は僕の願望だ。クラリスに返事をしていたはずなのに、ついつい自分の気持ちが漏れてしまう。
「……君は本当に心を奪われたんだね。でも大丈夫、あれくらい君だって出来るさ。さあ、明日の為に今日は美味しい物を食べに行こう?」
クラリスに手を引かれ、会場を後にする。まだあと2試合残ってはいたが、残りの参加者に目を引かれるものはいないと言う事なので、素直にクラリスの言葉に従い食事をする事にした。
会場を出ようとした時、出口付近で先程戦っていた金髪の剣士を見かける。普段の僕ならそんな事はしなかっただろうが、未だ興奮が冷めていない。気付けばその彼に声を掛けていた。
「あ、あの! 先程はお疲れ様でした! 見事な戦いに感服しました!」
突然の声に彼とその隣にいる赤毛の女性は驚いていた。だが、声をかけた僕にちゃんと対応をしてくれる。
「……ああ、ありがとう。なんとか勝てたよ」
「もう、アレクったら! どうしてそんな素っ気ないんだよ! ごめんね、彼ってば恥ずかしがり屋だからさ。あまり気にしないでね。応援してくれてありがとう。君も参加者だよね? そちらも頑張ってね!」
どうやら金髪の彼はアレクと言う名前の様だ。そしてその隣の彼女の方がエリスと言うらしい。
僕達は少しだけ会話をすると、お互いの健闘を祈って別れた。
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「ほら、アレク。彼が昨日言ってた眼の良い子だよ。思い出した? 良かったね、悪い子じゃなさそうで。応援してくれてたじゃん?」
「ああ、悪い奴ではなさそうだ。だがまだまだ貧弱そうだな。精々予選で死なない事を祈っているさ」
「もう、またそんな事言って! そんな事ばっかり言ってるといつか足元掬われるよ? もし彼と当たったら、アレク負けちゃうんじゃない? そうならないと良いね!」
エリスはそう言って舌を出してくる。当然負けない様に頑張るさ。だが、そんなのどうなるか分からないではないか。
二次予選だって、相手が格下だから勝てたのだ。同位、もしくは格上の相手であればこうはいかないだろう。
同格以上の相手であれば俺の心の一瞬の隙、すなわち怯えを察して致命の一撃を放つだろう。その時に俺の気持ちが浮ついていたら、間違いなく命を落とす。
俺はこんな所で死ぬ訳にはいかないし、死ぬつもりもない。エリスの前で無様な姿も晒せないしな。
だから、彼の応援は嬉しかったが、いつか戦うかも知れない相手に心を許す事は出来ない。それがギリギリのせめぎ合いで勝ち負けに繋がるのであれば尚更だ。
「そんな難しい顔しないでよ、アレク。何はともあれ予選突破おめでとう。本当に見事な立ち回りだったよ! あれじゃボクも一本取られちゃうかも知れないね!」
「……そう思うならお前が出れば良かっただろう。優勝も狙えたんじゃないのか。そうすれば一躍有名人で、冒険者だろうか騎士だろうが何にでもなれただろうに」
「むぅ、アレクは本当に人の心が分からないんだなぁ! まぁいいや、明日はアレクはお休みだもんね。今日は美味しい物を食べて沢山飲もうじゃないか。私がエスコートしてあげよう! ほら、いこ? アレク!」
エリスがそう言って手を伸ばす。正直こんな人前で恥ずかしいと言う気持ちの方が大きいが、ここで拒んでは後で何を言われるか分からない。
幸い、まだ予選が続いておりこちらを気にする人間も少ないだろう。
こそばゆい気持ちを抑えて、俺はエリスに手を引かれてエスコートされる事にした。




