第100話 それぞれの決意
王都の外壁を視界に捉えてから、僕達は逸る気持ちを必死に抑えて一歩ずつ確実に歩を進めた。
アレクは今すぐにでも跳び出していきたかっただろう。右の拳を握りしめ、左手はクーベルの頭を優しく撫でているあたり、彼の葛藤が目に見えるようだ。
一歩進むごとに大きくなる外壁には見慣れた人だかりが見える。あれは入門待ちの人々だ。さあ、どうしようか。あの列の後ろに並んだらいつまでかかるか分からない。だけど……
「西門から入るぞ」
アレクがそう言い、馬の鼻先を西門の方角へ向ける。
「でもアレク、西門は身分の高い人専用の門だ。そこから入ったらアレクの事が……」
「今更そんな事を気にするな。俺は既にフリューゲル家の人間ではないが、まだその証はここに持っている。せいぜい使える物は使わないとな。用事が済んだらすぐに王都をでる、問題ない」
そう言って掌にあるフリューゲル家の徽章を見せてくる。
──アレクは王都を出る時、既に覚悟を決めていたのだ。僕が気にする事ではなかった。無言で頷き、僕達は王都西門へ向かった。
◆◆◆
西門は身分の高い人間―貴族や一部の豪商―が専用で通れる門となっている。
一般人がいないので入門で待たされる事はないが、当然その分厳しい検閲が待っている。
馬車が門兵の前で止められると、身分を検める様求められた。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
「……フリューゲル侯爵家嫡男、アレク=フォン=フリューゲルだ。証はここにある」
そう言いながらフリューゲル家の徽章を見せる。
「……っ!? あ、アレク様でしたか。一体何故、ここに……」
「貴殿の言いたい事は理解しているつもりだ。だがこちらも火急の用でな。通して貰えると、助かる」
「……アレク様には以前大変お世話になりました。私に出来る事は何もありませんが、せめてアレク様に大神様の加護があらん事を……」
そう言うと、門兵は一歩下がり頭を垂れて僕等の馬車に道を譲る。
「すまん、恩に着る。貴殿にはきっと大神様も道を照らしてくれるだろう」
それだけ言って馬車の扉を早々に締める。こうして僕達は久方ぶりに王都に足を踏み入れたのだ。
王都での目的地は決まっている。エリスの眠っているフリューゲル家の屋敷だ。日はまだ高いので今すぐにでも向かいたい。だが一つ問題があるという。
「クラリス、問題って何?」
「簡単な事だ。これから私は反魂の秘術を行う。それに見合うだけの魔力が回復してないって事だよ」
「……それはどれくらいで戻るのだろうか」
「充分な食事と休息が取れれば、半日くらいでは回復するだろうね」
「わかった。どちらにしろ今は明るすぎる。今晩、クラリスの魔力が回復次第決行しよう、それでいいか?」
「もちろんさ、待たせてすまないね」
「いや、こちらこそ何から何までクラリスに頼りっきりで申し訳ない。事が片付いたらこの恩は必ず返す」
今晩決行する。それだけを決めると僕達は街はずれの安宿に向かった。食事を持ち込み、クラリスにはそのまま休憩をとってもらう。
もう一部屋にはクーベルを寝かせている。
アレクはクーベルの為に治癒術師を探しに街へと駆けていったが、口が堅く、魔族でも治療を施してくれる腕の良い治癒術師等見つかるのだろうか。
そうしている間に日が暮れ、着々と決行の準備を整える。
結局、クーベルの為の治癒術師は見つからず、街中の店で程度の良い回復薬を買う事しか出来なかった。
それでもクーベルにはアレクのその心遣いが嬉しかったようで、涙を流しアレクに感謝の言葉を口にしていた。
「……さぁ、そろそろ向かおうか。屋敷には入れるのかな?」
「問題ない。二度と敷居は跨ぐなと言われているが、今日この時は誰にも邪魔はさせない。家の者にもエリスの為に一度だけ戻ると言ってある」
三人で頷き、街灯の乏しい街中へ出る。馬車では目立ってしまう為徒歩で向かい、クーベルはアレクが背負って歩いている。
なるべく人目につかない道を選び、すっかり夜も更けた頃僕達はフリューゲル家の屋敷に辿り着いた。
フリューゲル家の正門ではなく使用人用の勝手口に廻る。そこにも一人ではあるが番兵が立っていた。
「失礼ですが、どなたですかな。当家にどの様なご用向きでしょうか」
「……久しいな、カノン。俺だ、アレクだ」
「こ、これはアレク様!! よくぞご無事でっ……!!」
「ああ、カノンも息災で何よりだ。だが今は時間がない、エリスの元へ連れて行ってくれないか?」
「……畏まりました。どうぞ、皆さまもこちらへ」
番兵のカノンという人物に連れられてフリューゲル家の邸宅を進む。ここでもやはり石の敷き詰められた道ではなく、使用人が通る土の道を歩いていった。
そして。
僕達は目的の建物に辿り着く。
番兵に先導され、建物の地下へ。地下扉の前ではまた別の人間が警備にあたっていたが、カノンが来るとそっと身体をずらし、僕達の前に道を作った。
「──アレク様、どうか無理をなさらずに」
カノンが一礼して踵を返す。
そして一歩足を進め、アレクがゆっくりと扉を開く。ここからはクーベルを連れて四人だけだ。
以前、魔界へ行く前にクラリスが施した氷の極大魔術。その中に眠るエリスの亡骸。
あの時と何一つ変わらないまま、全ては目の前にあった。
「──エリス、今助けるからな」
爪が白くなるほどに握りこんだ拳で、アレクが呟く。
「そんなに力まなくていい、きっと大丈夫さ」
アレクの肩にそっと手を置き、クラリスが語り掛ける。
「それで、この後はどうするんだ? 反魂の秘術、それはどのように行うのだ」
「反魂の秘術。実際には少し違うね。これは魂を戻すんじゃない。魂を奪う術だ」
「それとこれと一体何が違うのだ?」
「魂を、奪う……。ねえクラリス、それって……」
「──魂とは命そのもの。肉体とは魂の器。そして既に失われた魂は戻らない。だから……」
「器に入れる為の魂を、他人から奪う……」
「そうだ」
クラリスがそれだけ言うと、場に静寂が訪れる。
極大氷魔術で冷やされた部屋よりも冷たい空気が、僕たちの間を駆け抜ける。
「そ、それは、誰かの命をエリスに移し替えると言うことかっ!?」
「……そうだね。私が聞いた反魂の秘術、それはそういう事だった」
誰の命、なんて聞かなくても分かる。
僕たちは『ソレ』を手に入れる為に魔界に行ったんだから。
「く、クラリス、それは本気で言っているのか!?」
「本気も何も、エリスの復活を望んだのは君だろう、アレク。君がやめると言うのであれば私はそれに従うだけだ」
「そ、それはそうだが……」
アレクは視線を落とし、再び黙り込む。
そして再度訪れる沈黙。
その痛い程重い空気を打ち破ったのは、アレクの背中にいるクーベルだった。
「アレク様……。そこに眠る方がアレク様の大切な方なんですね? 私の命で、その方を目覚めさせる事が出来るのですね?」
無言で頷き言葉を肯定するクラリス。
クラリスの視線をしっかりと受け止め、クーベルが改めて口を開く。
「クラリスさん、どうぞ私の命を使ってください。そして、──アレク様の大切な方をどうか目覚めさせてください」
その深紅の瞳に静かな決意を秘めて、クーベルはそう告げるのだった。
投稿遅くなりすみません。
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