第97話 逃避行
「さて、行こうか」
まるで散歩に誘うような軽い口調でクラリスが告げる。
これから僕たちは人間界に戻る為に門である泉を潜らなくてはならない。
恐らくというか、間違いなく警備は厳しい。帝国の兵士と、多分魔族もそこにいるだろう。
「大丈夫かな。突破出来るだろうか」
「大丈夫でなくても、行くしかない。人間界への道は一つしかないんだからな」
アレクがいつにもまして真面目な表情でそう言うと、その後ろではクーベルがアレクの服の裾を掴みながら大きく頷いている。
「簡単だけど、作戦はある。私が魔術で泉の北側を爆破するから、その間に飛び込むよ」
陽動を仕掛け、その隙を突いていく。確かに簡単だけど、そう上手く行くんだろうか。
僕の不安を察知したのか、クラリスが僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
「大丈夫、いつだって上手くいってきたじゃないか。私を信じておくれ」
いつもより多いスキンシップを受けながら、僕は強く頷いた。
まだ陽が昇りきる前の薄暗い中、僕達は作戦を始める。
「……いくよ」
クラリスの声に全員が頷き、突入の姿勢を取る。
「炎獄の淵より出し焔よ、我が願いを聞き全てを燃やし尽くせ。『極大火焔弾』」
クラリスの杖からは何も出た様には見えない。だが、一拍遅れてまずは光が、続いて轟音が、最後に皮膚がチリチリする程の熱が僕らに届いた。
「なっ……!」
クラリスの陽動だとは理解していても、その規模に僕たちは呆然としてしまった。
泉の北側、ここからは良くは見えないが、そこには天まで届きそうな火柱が上がっていた。
「……や、やり過ぎじゃないかな?」
「だって陽動だよ? これくらいの方がいいのさ。さぁ、行こう」
泉に近づくと、慌ただしくしている帝国兵達が見えた。
みんな手に水を入れた袋を持ち、魔術師にかけては火元に送り出していた。
そんな彼等の目を盗んで泉のほとりに立ち、手を組んで一斉に飛び込む。
背後で帝国兵の声が聞こえた気がしたが、もう僕らは泉の中だ。
一瞬の浮遊感の後、次の瞬間には青い空が目に飛び込んできた。
「……よし、無事に戻れた……!」
「誰だっ!?」
安堵したのも束の間で、当然のごとくこちら側にも帝国兵が待ち受けていた。
「流石に全部は巻けないだろうね。ちょっと眠ってて貰おう」
クラリスが杖を構えて帝国兵に相対する。僕とアレクも剣を手にして、そのまま帝国兵に斬りかかった。
◆◆
三十人程いた見張りの大半を蹴散らして、僕らは森の中を疾走する。
心配だったクーベルも、魔族だけあって身体能力が高いようだ。僕たちの足にも遅れる事なくついてきていた。
「こ、ここから走って王国まで向かうの!?」
走りながらクラリスに問いかける。
「流石にそれは無謀だね。あてはある。上手く残っててくれればいいんだけど……」
森の中をジグザグに走り抜けて、僕たちは外周部を目指す。
……そうか、クラリスが探しているのは僕たちがここまで乗ってきていた馬車だ。
森を抜けると、その木陰の目立たない場所に馬車はある。よかった、乗ってきた時のままだ。
だが、当然ながら馬がいない。
「大丈夫だ」
アレクが指を輪の形にして口に含む。ぴゅーっと甲高い音がして、しばらくすると馬蹄が響く。
「うちの馬はちゃんとみんな調教されている。あまり乗ることは無かったが、こういう時に差がつくな」
まもなく、馬はいななきながら僕らの目の前に現れる。だが、先程の音で馬以外も引き寄せてしまった。
「こっちだ!」
背後から帝国兵の声がする。
足音は……結構多い。
「どうする!?」
「逃げるが勝ちってね。さあ、急ごう」
その言葉で僕たちは馬を慌てて馬車に括り付ける。
そして僕とクラリスが御者台に座り、急いで走らせた。
「ふぅ、なんとか間に合ったね」
「そうだね。でも、奴らはしつこそうだ」
走り出した馬車に乗り一息付きながら僕たちは後方を振り返る。
予想はしていたが、やはりそこには砂煙を巻き上げながら追ってくる騎馬の姿が見えた。
そして、その上に羽を生やして飛んでいる魔族の姿も確認出来た。
「なっ……! こんな昼間に魔族と一緒に追ってくるなんて! 帝国は魔族と手を組んでるって言ってる様なものじゃないか!」
「そうまでしてでも絶対に私達を逃しちゃならないって事だろう。ふふふ、面白い。本当に命懸けの逃避行だ」
言いながらクラリスは身を乗り出して杖を掲げる。
そして無言で風の魔術を放った。
「ぐおっ!」
クラリスの放った魔術で鎧を切られ落馬する帝国兵。魔族も何体かは羽を傷つけられて落ちて行ったみたいだ。
複数いた帝国の騎馬達は、落馬した仲間を助ける為に一度止まったみたいだ。その上空を魔族が旋回しているのが確認出来た。
「どうなった?」
アレクが馬車の中から顔を出してくる。
「見える敵はいなくなったけど、さて、どうしたものかね。アイツらがこれで諦めるとは思えない」
「そうだね。それに僕たちは馬車だ。どうしたって広めの道しか走れない。やっぱりどこかで戦うしかないかもね」
流石にそう簡単に逃してくれるとは思えない。真っ直ぐ走っても、王都までは一週間近くかかるだろう。
果たして僕達は無事に辿り着けるだろうか。
◆◆◆
そこから毎日帝国兵達に追われる事になった。
僕たちは日の出と共に出発して、日が落ちて何も見えなくなるまで馬車を走らせた。
遠距離からの攻撃はクラリスの魔術に頼るしかない。僕とアレクにはそれが歯痒いが、どうにも出来ない。
僕らはなるべく馬が疲れない様な道を選び、馬が潰れない速度で走り続けるしか出来なかった。
馬車を三日程走らせる。
ギリギリ帝国との国境は越えたが、依然王都まではまだ遠い。国境を越えれば追手はこないかとも思ったが、そんなに甘くはなかった。
ただ、夜になれば追手も襲っては来なかった。
これはただ単に見失っていたのか、それとも僕らを油断させる為の作戦なのかは分からない。
休憩中でも気が抜けず、少しずつ確実に僕らは神経をすり減らしていた。
馬に回復の魔術をかけ終わったクラリスが戻ってくる。
「あのさ、魔界の時みたいに龍の姿で蹴散らせないかな?」
「……出来るならそうしたいんだけどね。ごめん、今は戻れないんだ。魔力が足りない」
「あ、そうなんだ……。なんか、ごめんね」
「いや、こちらこそ必要な時に頼りになれなくてすまない。それよりも、ハクトは私が龍族だと知って怖くはないのかい?」
「え? いや、別に怖くはないよ……? むしろカッコいいなぁって思ったけど……」
「俺も怖くはなかったな。威圧感は凄かったが。だが、あれだけの龍なのだ。名も無き龍ではないだろう。それが仲間だと言うのだ、むしろ誇らしい」
焚き火を見つめながらアレクが呟く。その言葉は、どこか憧れを含んでいる様に聞こえた。
「わ、私も、龍族を見たのは初めてでしたが、感動しました! その昔、神や悪魔に惑わされず、人間と自然を愛した慈悲深い龍族。噂でしか聞いた事はなかったですが、実際に目に出来て私は幸せです!」
何故かクーベルは興奮した様子で告げる。
「……そうか、みんなありがとう。それと、黙っててごめんね。もう、龍族は私しかいない。それに龍族自体知っている人もいないだろう。そうなると中々言い出せなくてね」
確かに、遠い異国の地の御伽噺でしか龍族の名前は出てこない。でもそれは御伽噺なんかじゃなかった。目の前にその人物がいる。それに──
「クーベルも、あの、伝説の聖女の生まれ変わりだって……」
「私は聖女でもなんでもないですけどね。ただの無力な女でした」
今度は力なく微笑むクーベル。今は魔族の姿をしているが、その微笑む姿にはどこか慈愛に満ちたものがあった。
「……なんだか色々信じられない事が多いね。疑ってる訳じゃなくて、まさか自分がそんな物語の中にいるみたいな気がして、自分が自分でないみたいだよ」
そんな話をしている時だった。
背後にある茂みが不自然に揺れる。風じゃない。
確実に何か生き物が木々を揺らしたのだ。
僕もアレクも剣を握り、クラリスは杖を構え臨戦体制を取る。
一秒、二秒と沈黙が続き、どちらにも動ける様に腰を落とした瞬間。
ひょこっとそいつらは現れた。
「あっ!」
茂みから現れたのは、(自称)大魔王のボンとバーンブ側近、ミレとトニーの二人組だった。
「ミレ、トニー、久しぶりだね。どうしたの、こんな所で」
「クラリスさん、それにハクトとアレク。また会ったな。この気配はお前達だったんだな。ん? 一人増えているな」
ミレが警戒を解いたように僕たちも警戒を解く。
いつもの様に襲撃されなくてよかった。
「それで、二人はなんでここに?」
「いや、今言った通り人の気配を感じてね。まぁあんた達だったんだけど。それと、その気配を狙っている奴らがいたからさ」
ん? どういう事だ。
僕たち以外の気配がする……? それって──
「お前達、狙われてるぞ? まもなく、──来る!」
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