第94話 覚醒
クラリスの魔術は驚異的だった。
体は軽いし、力は無限に湧いてくる。踏み込む足も、振り抜く腰も、いつもとは比べられないくらい、まるで別人になった様だ。
だが相手も強かった。僕とアレクで同時に攻めても致命傷に至らない。僅かな僕達の隙を突いて反撃もしてくる。
防御力が上がってなかったら悶絶して戦闘続行は不可能だったであろう苛烈な攻撃が、何度も襲ってきた。
強化された僕とアレク二人対ブロスで互角……いや、少し押されているかも知れない。
間も無く2分程経とうとしている。強化時間の半分近く過ぎてしまった。
ここまでお互い大きな傷は与えられていなかった。だが、このまま時間が過ぎれば僕達の敗北は必至。
そうなる前にコイツを倒し切らないと……!
お互いに少し距離を取った時、ブロスが手首をプラプラさせながら呟いた。
「ちょっと期待外れだったかしらねぇ。強くはなったけど、二人合わせてそんなものなのかしらぁ? ねえ、もうそれ以上はないのぉ?」
「くそっ……!」
アレクが歯を食いしばる。僕だって悔しい。
「君たちィ、まだ自分が負けないと思ってるぅ? 負けても死なないと思ってるぅ? 君たちじゃ私には勝てないし、負けたら死ぬのは確定事項だからねぇ? ……もっと真剣に戦うべきじゃないかしら」
言葉が終わると、ブロスの全身から蒸気が吹き出す。まるで炎をその身に纏っている様だ。
──ブロスは怒っている。直感でそう感じた。
僕らの弱さに、不甲斐なさに、そして覚悟の足らなさに。
遊んでるつもりなんて微塵もない。だけど、コイツからしたら僕らの攻撃など児戯に等しいのだろう。
それだけの実力差がある。付け焼き刃の肉体強化等では埋められない差が。
「……舐めるなっ! 貴様に言われるまでもないっ! ここからだ!」
ブロスの言葉にアレクが反応する。
手にしてる剣を両手で持ち直すと、改めて気を入れ直す。
次の瞬間、アレクの剣が蒼白く発光した。
キィィィィンと澄んだ音を立てて剣の周りにオーラの様なものが纏わりつく。
──トンッ
ともすれば見落としてしまう程の自然な踏み込みをして、気が付けばアレクはブロスに肉薄している。
それは淀みない真っ直ぐな剣筋だった。
ただ真っ直ぐ上から振り下ろした剣は、ブロスに避ける暇を与えず振り切られる。
回避出来ない事を悟ったブロスは右腕で体を庇ったが、アレクの剣はスッパリとその腕を斬り落としていた。
「……なぁんだ、やれば出来るんじゃない。その調子よ、ほら、アンタもきなさい」
腕を斬り落とされたばかりなのに、やけに軽い口調で僕にまで煽りをかけてくる。
だが今がチャンスなのは間違いない。
僕も岩斬を鞘に戻し、腰を落として集中する。
「アレクッ!!」
アレクがそのままの勢いでブロスに攻勢をかけている。そしてその攻撃の僅かな隙に僕の一閃を叩き込んだ。
破断鋼製の刀は魔力を込めれば触れた物体を破断する。
全力で魔力を込められた刀身は、ブロスの太腿に一直線に吸い込まれた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。どうだっ!」
「す、凄いです! お二人とも!!」
一通り僕らの攻撃が終わり、間も無く強化魔術も切れる。
クーベルはその光景を見て純粋に感動している様だ。
ブロスの右腕と右脚を斬り落とし、そのまま二人で攻め続けた。側から見ればブロスは正しく満身創痍だろう。
だが、だがそれでもコイツの態度は変わらない。体中から血を流し、片目は潰れ、立っているのもやっとの状況なはずなのに、余裕の態度は全く崩れない。
「いいわいいわぁ、二人とも。これだけの傷を負ったのはどれくらいぶりかしら。おかげで私の中の何かが目醒めそうよぉぉ♡」
傷だらけになりながらブロスは斬り落とされた自分の右腕を拾う。それを傷口の部分にあてがうと、両方の傷口から細かな触手の様な物が伸びてきて、お互いを求め蠢く。そして触れ合ったかと思ったら、次の瞬間にはぴったりとくっついてしまった。
「なっ……! 貴様、不死身か!?」
「あらやだ、私は不死身なんかじゃないわぁ。あんな気持ちの悪い奴等と一緒にしないでくれる? 私は少しだけ回復が早いだけ。でも、先にお礼を言っておくわぁ。久しぶりに元に戻れそうだから」
そう言いながら、赤い血煙を上げてブロスの体中の傷が塞がっていく。落とした右脚も、腕同様触手同士が絡み合ってくっついてしまった。
僕達に訪れる果てしない絶望。いくら攻撃しても無駄で、攻撃の術すらもうない。かろうじて剣は構えてはいたが、既にそこに闘争本能はなかった。
「一応貴方達の為に言っておくわぁ。貴方達の攻撃は決して無駄じゃなかった。私自身にしっかりとダメージを与えたわ。じゃなければ私は変態出来ないの。生命活動の維持に支障が生まれた時、初めて私は本当の姿に戻れるのよぉ」
間の抜けた言葉だが、辺りに漂う空気は現実を容赦なく突き付けてきた。目の前のブロスからはとんでもない圧が放たれ、僕らを地面に縫い付けてくる。
ゴキッ、ゴキキッ
それと共にブロスの体が音を立てて変形する。肩が盛り上がり腕は伸び、脚の太さは三倍程になった。
背中からはコウモリのような大きな黒い羽が生え、その口からは巨大な牙が覗いている。
その異様な光景がおさまった時、元々見上げる程大きかったブロスはまるで城壁の様な大きさになっていた。
「あ、ああっ……」
ああ、これはもう無理だ。こんなの人間が勝てる相手じゃない。魔王や四天王という存在は伊達ではなかったのだ。
伝説の剣士やそのパーティーが命を賭して戦った相手だ、そんなのどうやったって勝てっこない……。
アレクも同じ思いなんだろう。剣を構えながら真っ青な顔をしている。僕も同じだ。今まで何度も死にかけた。でも、なんとかしなきゃ、きっと勝てると思って戦ってきた。
だけどこれは無理だ。アイツが言ってた意味が今ようやく分かる。覚悟が足りない。待っているのは確定的な死。
人は確実な死を目前にすると、意外な程何も出来ないのだと今更ながら理解した。
この一瞬で生を諦めてしまった僕は意外なほど落ち着いていた。だがその肩を掴まれ引き戻される。
「……ハクト、これが終わったらお仕置きだね。私は君をそんな臆病者に育てた覚えはないよ。だけどまあ、これは相手が悪かった。多少は甘く見てあげよう」
僕とアレクの肩を掴み、クラリスがブロスの前に出る。その背中には恐怖など微塵も感じない。感じるのは怒りだ。
何故? どうしてクラリスはこんなに怒っているのか。いや、それよりも
「クラリス! 無理だよ! いくらクラリスでもこいつは、こいつには敵わないよ……」
「そうだね、このままじゃ厳しいだろうね。だから……。ハクト、あと一応アレク。私の事を嫌いにならないでおくれよ?」
足を止めず、振り返る事もせずクラリスは進む。
そしてブロスの前に辿り着くと、ごく自然な態度で告げたのだった。
「私はね、魔族が大嫌いなんだ」
いつも読んで頂きありがとうございます!
続きも頑張って書いていきますので、今後とも応援宜しくお願いします(^^)!
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