●新しき受難へと
本当にスターゲイザーの土下座が待っていた。
一日も顔を見ていなかった訳でもないのに、久しぶりに顔を見たような気がする優男は、再会するなり床に膝をついて額を擦りつけたのである。
「率直に言いますと騙していました! 申し訳ありませんでした!」
あの毒舌と嘲弄を我が属性として、不謹慎な表情で不真面目なことしか言わない男が、土下座である。それだけでも驚愕に値するというのに、今、彼はなんと言ったのか。
「騙していた……?」
鷹晃はマルグリットと顔を見合わせる。二人してスターゲイザーの言っている意味がわからない、というのが確認出来た。
「待つでござる。確かに拙者達は騙されておった。それを今更言われても……」
「いいえ違います。そういう意味ではないのですよ。もっと悪い意味で私達はあなた方を騙していたのです。どうかお許し下さい」
頭を上げず、口早にスターゲイザーは言う。
「「?」」
もう一度、鷹晃とマルグリットは顔を見合わせた。さっぱり彼の言うことが理解出来なかった。
説明を求めると、彼は顔を上げ、全てをぶっちゃけた。
説明とはこうである。
発端はスターゲイザーの発案だったという。彼は将来における『ある事』を懸念して、<鬼攻兵団>のオーディス、<ミスティック・アーク>のウォズ、そして〝プリンスダム〟のラップハールに声をかけた。
御門鷹晃を試す手伝いをして欲しい、と。
三人とも説明したところ、快諾は得られなかったが最終的には同意してくれた。責任はスターゲイザーが全て負うところとして。
それで始まったのが今回の出来事だ。
まずラップハールが手紙で鷹晃を呼びつけて、そこで用意しておいた男五人とシュトナが一緒にいるところを鉢合わせさせる。実際に〝プリンスダム〟の人間が襲われているように見せかけるためだ。そしてその間に、楽那が<鬼攻兵団>へ行き、打ち合わせ通りに熱刃をオーディスの胸を突き刺す。これはオーディス暗殺がマルグリットの仕業であると偽装するため。最悪、鷹晃が来た際に遺体の確認を求められても大丈夫なようにだ。だがまあ、そこはオーディスの参謀であるフライスが、自分の上司の演技力にさして期待していなかったためだろう、うまく阻止してみせたが。
そして鷹晃がマルグリットを連れて<ミスティック・アーク>と<鬼攻兵団>を訪れている間に、スターゲイザー自身はオーディスに襲われたふりをする。そのために自らに傷を負わせ、家も壊した。周囲の人間へアピールするために<鬼攻兵団>から何人か人手も借りて、戦闘しているように見せかけたのだという。
それから、ラップハールとウォズの話の齟齬、オーディス暗殺の報を持って鷹晃達が帰ってくるのを待つ。無論、それだけではない。ラップハールの手の者に〝プリンスダム〟近辺にいるだろうガルゥレイジを襲わせた。それが楽那によるガルゥレイジ襲撃である。そうすることで鷹晃がそれを止めに行き、ついでに〝プリンスダム〟へ寄って、ラップハールとウォズ二人の話の齟齬感を強くして帰ってくるに違いない、と見越してのことだった。そうして待っているとマルグリットだけが戻ってきたので、それらしく演技をして、鷹晃を呼びに行かせた。
ここからが本番である。慌てて家に戻ってきた鷹晃に、オーディスに襲われたのだと言って、これまでの首尾を聞く。すると当然、オーディスが暗殺されていると信じている鷹晃は混乱して、自ずと聞かれるまま自身の心境や状況を語る。そこに付け込めば、作戦はほぼ成功したも同然だった。
周り全員が灰色である可能性を示し──実際にマルグリットを除いた全員が真っ黒だったわけだが──、さらに鷹晃を迷路の中へ追い込む。その上で『妙案』と称して、鷹晃達を罠にはめたのだ。
病院を抜け出してマルグリットの方へついていく、と嘘をついたし、『封印の概念』のことに関してもずっと口を噤んでいた。ラップハールにも直属の配下を使ってガルゥレイジを追い込むように指示した。無論、鷹晃が街中でガルゥレイジの力を解放させるわけがない、と理解していたからだ。
つまりスターゲイザーは鷹晃やマルグリットの性格、ガルゥレイジの特性を逆手に取って全ての作戦を練っていたのだ。
それもただ騙して討ち取るためではない、と彼は言う。
ならばどうして? と鷹晃が問うと、
「将来におけるメルゼクス戦のためですよ」
いつの間にやら常の調子を取り戻してスターゲイザーは言う。そもそも『それ』こそが、この計画を発案した原因でもある、と。
「それが懸念した『ある事』だと貴様は言いたいのか」
マルグリットが、睨むと言うよりも軽蔑の眼差しをスターゲイザーに向ける。
自称正義のミーローはしれっとしたものだった。
「そうです。現在の〝クライン〟の状況を見て下さい。いつメルゼクスが体勢を立て直して攻めてくるかわからないというのに、<鬼攻兵団>だの<ミスティック・アーク>だの共和区だの暫定政府だの言っている場合ではないでしょう」
ここまでの口が利けるのは、当然オーディスやウォズ達がこの場にいないからだろう。特にラップハール達は怪我人の対処で忙しいはずだった。鷹晃達もそれを手伝うと言い出したのだが、スターゲイザーはどこまでも用意周到で、すでに〝プリンスダム〟の出張要員は呼べるだけ呼んでおいた、とのことだった。最悪ガルゥレイジの力が解放されることを想定していてのことだったという。
「それがどうして拙者達を罠にはめ、命を狙うことに繋がるのでござるか」
半ば呆れ気味に鷹晃は言った。なんとなく話の筋は見えてきたが、それにつれて怒りを通り越して呆れてくる。裏切られた、と衝撃を受けていた自分は、もしかしてとんでもない道化を演じていたのでは、と思えてくるのだ。
が、それでもスターゲイザーは熱弁を振るう。
「そこですよ。我々には圧倒的なカリスマを持ったトップが必要なんです。そこで白羽の矢が立ったのがあなた。御門鷹晃さんなんですよ」
その時、鷹晃は話の全てが見えた。何気ない動作で腰に手をやる。そこには、この『鬼岩要塞』へ戻ってきてすぐに返してもらった白洸が鞘に収まっている。
「つまり、<鬼攻兵団>と<ミスティック・アーク>と暫定政府を統合する際、そのトップに立つ者として拙者が見込まれたと。そして、その資質を見極めるために今回の事を仕組んだと。そう言いたいのでござるな?」
スターゲイザーは殊勝に頷いた。
「全くその通りで」
「そうでござるか」
そう言って鷹晃は白洸を抜いて、峰をスターゲイザーの頭に打ち下ろした。
鉄と、肉に包まれた骨がぶつかる鈍い音がした。
「──~っ!」
そうとう痛かったのだろう。スターゲイザーは目の端から涙をにじませ、頭を抱えて座り込んだ。大した速度で殴ったわけではない。避けようと思えば避けれたはずだ。そうしなかったのは、スターゲイザーなりの懺悔のつもりなのだろう。
「全く人騒がせも良いところでござる。下手をすれば死人が出ておったし、現に怪我人も出た。スターゲイザー殿は何を考えておるのだ。こんな事、愚の骨頂ではござらんか!」
「鷹晃、余もそやつを殴ってもよいかね?」
「マルグリット殿は黙っていてくだされ」
真剣に怒気を孕んだ声で言われて、マルグリットは大人しく黙り込んだ。鷹晃が本気で怒っていることを察したのだ。今回の件で感情を高ぶらせ叫ぶことがあった鷹晃でも、怒りを露わにしたことはほとんどなかった。フライスと会話した時でさえ、苛立ちや焦燥、厳しさが強かったように思う。純粋に怒っている鷹晃を見るのは久しぶりだった。
「……ところが、そうでもないんですよ、これがね」
痛みが引いてきたのか、座り込んだままスターゲイザーが発言する。鷹晃は厳しい視線をその栗色の頭に突き刺した。
「どういう意味でござる」
「まあ怪我人は出てしまいましたが、結果的にオーディス・ウォズの両氏があなたのことを認めてくれました。暫定政府との話がつき次第、御門さん、あなたの下で力を合わせてくれるとね。これで<鬼攻兵団>と<ミスティック・アーク>の武力衝突は回避出来たわけです。死人も出なかった。ラップハール氏も納得してくれてましたよ」
「……なるほど」
確かにそういう考え方もある。争いは回避され、怪我人は出たが死人は出ず、ラップハール達〝プリンスダム〟の信念も満足させる状況だ。いずれは勃発するはずだった<鬼攻兵団>と<ミスティック・アーク>の戦争を考えれば、犠牲者は遙かに少ないと言っていいだろう。
そう納得しかけて、しかし、
「……そ、それは結果論でござる!」
慌てて鷹晃は反論した。せざるを得なかった。そうしなければ、まるで自分が進んで道化を演じたかのような気になってしまう。それは認めたくない鷹晃だった。
だがスターゲイザーはそれを笑って流してしまった。
「まあまあ。終わりよければすべてよし、と言うではありませんか。そうそう結果と言えば、私としてもとんでもない結果が出たと思いますよ。何ですか、あれは?」
『あれ』とは当然、鷹晃が『封印の概念』下の異空間で取り出した、魂の大剣のことだろう。
「あれだけのものなら、下手をすると〝クライン〟を裂いて元の世界に戻れるやもしれませんぞ?」
「! それは本当でござるか!?」
鷹晃は食い付いた。それが本当なら、この〝クライン〟にいるほとんどの者の願いが叶えられることになる。
スターゲイザーは余裕を持って首を横に振った。
「いえいえ、それは試してみないとわかりませんし、出来るにしても細かい調整や理論を突き詰めなければならないでしょう。まあ、まだ手掛かり程度のレベルでしょうな」
「……そうでござるか」
それを聞いて肩を落とす鷹晃に、
「して、あれは一体?」
とスターゲイザーは同じ質問を繰り返した。鷹晃は敢えてマルグリットとのやりとりを省いて、手短に説明した。その時に思いついたが、後でマルグリットにあの時のことを口封じをしておかねばなるまい、と鷹晃は心に決めた。二人だけの秘密、などと言えば喜んで黙ってくれることだろう。あれをスターゲイザーやウォズに知られるのは恥の極みだった。
「なるほど、そうきましたか。概念を物質化……概念を超える概念、ですか。これはまた興味深いことをしてくれましたな」
スターゲイザーは嬉しそうににやつき、視線をあらぬ方向へ逸らした。何か考え込む風にしている。彼が考え込むとろくなことにならない気がするのは、今回のことが根強く鷹晃の精神に絡みついてしまったからだろうか。
何はともあれ全容は判明し、事態は収束へ向かっている。
一件落着、と言いたいところだったが、運命の女神はどうやら鷹晃を嫌っているようだった。いつかメルゼクスが『勝利を約束された英雄』と言ったが、やはり嘘だったとしか思えない事態が起こるのだった。
ガルゥレイジの変化による被害が一段落した後、オーディス、ウォズ、ラップハール、シュトナと楽那がそれぞれ謝罪に来てくれた。
「すまなかったなぁ鷹晃ぁ、あとマルグリットよぉ。まっ、あの時言ったことは本気だからな。恨みたかったら恨んでくれ。俺もちゃんと受けいれっからよ」
こういう懐の深さがオーディスの良いところなのだろう。実際にマルグリットは『それでは聞くがいい!』と文句を散々ぶつけたが、結局オーディスはうんうん頷きながらそれを聞いて、全部呑み込んでしまった。壁に向かって怒鳴るのとほとんど一緒だった。
「申し訳ありませんでしたわ、御門様。私をお許しになって下さいます? そうですわ、良かったら今度、私がお食事をご馳走致しますわ。是非お越しになって」
けぶるような微笑みと共に言われたが、鷹晃は丁重に断った。どうにも目の奥に、獲物を狙う猛禽類にも似た光を見てしまった気がしたのだ。マルグリットが突っかかっていくと思われたが、オーディスを相手に疲れた彼は恨めしそうにウォズを睨むだけで何も言わなかった。
「ミスター……騙して悪かった。これは冗談じゃない。本当にすまなかったと思ってる。この通りだ。ほら、お前達も頭下げろ」
「申し訳ありませんでした、御門様」
「ご、ごめんなさいっ! すみませんっ! ごめんなさいっ!」
三人が三人とも、本気で肩を落として謝罪するものだから鷹晃は逆に困ってしまった。結局、オーディスにせよウォズにせよ彼女らにせよ、スターゲイザーの策略に協力したにすぎないのだ。責めるには忍びなかった。だがそう言うと、
「いや、実際に行動したんだから、あたしらも同罪だよ。信念に基づいてのこととは言え、ミスター、あんたには本当に悪いことをした。すまない」
ラップハールが深く腰を折ると、シュトナも追随して頭を下げ、
「ごめんなさい……」
と消え入りそうな声で楽那も首を垂れるのだった。
そういえばフライスが来ていない、と気付いてスターゲイザーに言うと、
「ああ。彼は本気で御門さんを葬りたかったようですからな。まだ謝罪には来ないでしょう。来るとしたら、<鬼攻兵団>と<ミスティック・アーク>が併合してあなたがその先頭に立つ時でしょうな。謝罪でなくとも、何らかの行動は起こすでしょうよ」
潔いと言えばいいのか、度が過ぎていると言うべきか。やはりあの男だけは本気だったようである。彼の態度は今思い出しても敵意が剥き出しであったし、遠慮もなかった。演技とは思えない素振りがいくつもあった。芯からオーディスに心酔していて、純粋に邪魔になりそうな鷹晃を排除しようとしていたわけだ、あのドライアイスの男は。
いつか本当に敵に回るかもしれないな、と寒い予感がする鷹晃だった。
そして、運命の瞬間が訪れる。
「でな、ミスター。これが約束していた薬なんだ」
ラップハールが妙な液体が入った瓶を二つ、取り出した。
小さな瓶に、水色の液体が入っている。
「これは……なんでござる?」
鷹晃は素朴に聞く。見たことのない薬だった。
「あたしらが開発した、あんたらの体を元に戻す薬さ」
にっ、と自信ありげに笑むラップハール。隣のマルグリットも「ほう」と言って瓶を覗き込んだが、その途端、
「……本当にこんな物で余達の体が元に戻るのか?」
と眉根を寄せて、汚物でも見るような目を向ける。その言いぐさが燗に障ったのだろう、ラップハールも同じように眉根を寄せた。その紅い唇が開くより早く、
「私ども〝プリンスダム〟の医療技術は〝クライン〟随一です。その院長であるラップハール・エノルの手腕は最高水準です。信じる信じないはご自由ですが」
と、フライスとはまた違った冷たさをもってシュトナが言った。フォローになっていないその台詞をさらに、
「あ、えと、ボク知ってますよ! こう言う時は、当たらぬもハッケ、当たるも……ほっけ? あれ?」
楽那が上手くフォローに転化しようとして大失敗した。
「それを言うなら、当たるも八卦当たらぬも八卦、でござるよ」
「あう……」
笑いながら訂正した鷹晃に、楽那は顔を紅く染めて俯き、恥じ入った。
「ともかく、これを飲めば拙者は男に戻れると?」
「ああ、そのはずだ。あんたらのことはスターゲイザーから聞いた後、髪の毛や細胞を採取して、出来る限り調べたしな」
「いつの間に……」
「それは探偵の秘密です」
うろんな目を向けると、自称探偵の両性具有は適当なことを言って煙に巻いた。
「むぅ……怪しい……!」
ライトブルーの双眸を細めて薬を見やるマルグリットの肩を、鷹晃は軽く叩いた。
「まあ、元に戻れたらめっけもの、というつもりで飲むでござるよ。そもそもメルゼクスでなければ元に戻せないと思っていたのだから、戻らなくても損をした気分にはならないでござる」
「鷹晃がそう言うのなら……むぅ」
渋々、という感じで薬を手に取るマルグリット。同様に鷹晃もラップハールから薬を受け取った。
栓を開き、そしておもむろに、
「ん……」
「ぅむっ……」
飲んだ。
変化は劇的だった。
ぼん、と古典的な音と共に、二人の体が白い煙を噴いて爆発したのだ。
『あっ!?』
ラップハールが、スターゲイザーが、シュトナが、楽那が、目を見張って口を開いた。
どたり、と鷹晃とマルグリットが床に倒れる。
「ミスター!?」
「マルグリット様? 大丈夫ですか?」
「楽那、水を用意してきましょう」
「え、あ、う、うんっ!」
あわただしく介抱が始まる。
この時である。運命の女神が、二人に致命的な悪戯を施したのは。
煙が晴れ、ラップハールが鷹晃を、スターゲイザーがマルグリットを抱き起こす。
ラップハールが見たのは、長い黒髪を結った、精悍な少年だった。長身で、東洋風の顔をしている。念のため胸の辺りに触れてみたが、これといった膨らみはない。わずかな期待を込めて股間に手を伸ばそうとして、ラップハールはスターゲイザーの視線に気付いた。にやり、という笑みが向けられる。
「……なんだよ」
「いいえ。お好きですな、あなたも」
「てめぇと一緒にすんな」
「はいはい、っと」
スターゲイザーの腕の中にいるのは、獅子の鬣のごとき金髪の少女。幼い顔立ちに、整えられた眉目。胸の膨らみはややあるが、大きくはない。女だった鷹晃の方が大きいくらいだ。
「ま、屈指の美女が去りて、比類無い美少女が帰ってきた……とでも言いますか」
「てめぇも好きもんじゃねえか」
「そうですよ? 何を今更」
けっ、と吐き捨ててラップハールは少年──鷹晃の顔に手を伸ばした。平手で何度かその頬を叩く。
「起きてくれよミスター。成功だ! あんたの体、元に戻ったんだぜ!」
スターゲイザーも同様にマルグリットを起こしにかかる。
「マルグリット様? マルグリット様? 朗報ですよ」
体を軽く揺さぶり、頬を優しく叩く。
二人の呻きは重なった。
「「ん……」」
弱々しく瞼が震え、次第に開き始める。すぐに視界に入った情報が理解出来ないのか、何度か瞬きを繰り返す。
まず、鷹晃が言った。
「ここは……どこ?」
「ん?」
と、ラップハールは呻いた。何故だかとてつもなく嫌な予感がした。
その隣でマルグリットが、
「……余は、誰だ……?」
「はい?」
スターゲイザーは彼らしくもなく素っ頓狂な声をあげてしまった。
黒衣の女医と正義の探偵は顔を上げ、互いに見合わせた。
それぞれが、何とも言えない複雑な顔をしていた。
記憶喪失。
そんな単語が二人の脳裏に浮かび上がる。
どっ、と冷や汗が噴き出たのは言うまでもなかった。
「ミスター? 冗談だろ? 憶えてないのか?」
「マルグリット様? 忘れているっぽい割には一人称が『余』なあたり、嘘ですな?」
二人はほとんど絶望的な期待を込めて、そう問いかけた。
鷹晃とマルグリットは茫然自失という感じで、ぽつりとこう言った。
「憶えていない……」
「わからない……」
と。
『────』
運命の女神は本当に悪戯好きか、よっぽど鷹晃とマルグリットを嫌悪しているようだった。
絶望が重しとなって、ラップハールとスターゲイザーの肩へのしかかる。
ラップハールが、しまった、という顔をする。
スターゲイザーが、やってしまった、という表情を浮かべた。
受難は続く。
どこまでも。
性別を取り戻して記憶を失った彼らがこの後どうなるのか。
それはまた別の話である。
――完




