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サムライ・クライン~御門鷹晃の受難~  作者: 国広 仙戯


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19/20

●魂の剣 3







 両手を剣を握るかのように構え、瞼を閉じる。


 『封印の概念』が力を抑え込んでいる中、それでも意識を集中させる。


 概念とは何か。それは自らの能力に気付き、その説明を受けてから、ずっと考えてきたことだった。


 それは強き思いではないだろうか。自分の力が『空間断裂の概念』ならば、突き詰めればマルグリットの炎も、ウォズの魔術も、メルゼクスの魔法も概念の一つではないだろうか。力は思いから発せられるのだから。


 そして、マルグリットが教えてくれたこと。


 心は一つ。自分だけのもの。真の心に他者は関係なく、周囲の言葉に意味はない。


 地位も名誉も権力も関係ない。そう、他者の言葉、心、力も関係ない。


 重要なのは強い信念。自分だけが真実。そう信じること。


 それが力となるのだ。


 自分を信じればいい。


 それが強さになる。


 だから『封印の概念』という何者かの心が、自分を抑え込むというのなら。


 自分は『切断の概念』を強く持って、それを切り裂けばいい。


 自分の空間断裂は概念だ。概念とは心だ。つまり、自分の武器は心なのだ。


 そう、心を武器にすればいい。それ以外のものに頼る必要はない。


 自分の心だけを頼りにすればいい。


 心に刃を。


 魂を剣に。


 鷹晃は自分の胸に両手を当てた。心臓の鼓動が掌に伝わる。


 確信があった。これでいける、と。


 だから引き抜いた。


 魂の剣を。






 鷹晃以外の者はその光景に度肝を抜かれた。


 黒髪の少女が突然目を閉じ、剣も無いのに構えたかと思うと、その両手に青の光が現れたのだ。


『!?』


 光は刀の形をとった。どう見ても彼女の力である『空間断裂の概念』だった。傷が回復して起き上がったオーディスもそれを目の当たりにしていた。


 何人かは試しに自分の能力が発動するかを確認しただろう。だが、何も起こらない。今なおこの空間は『封印の概念』の支配下にある。


 ならばこの光景は何だ? と誰もが思った。


 鷹晃の手にある光の剣はどう説明すればいいのか。全員がその姿に釘付けになった。


 そして、少女は何を思ったか、光の剣を自らの胸に突き刺したではないか。


『!?』


 するり、と難無く光の剣は鷹晃の胸に突き刺さり、そのまま呑み込まれて消え失せた。ちょうど心臓の位置である。


 鷹晃はそのまま両手を心臓に当てて、深く深呼吸した。


 傷を負った様子はない。あの剣は幻だったのか。注視の中、鷹晃が再び動き出す。


 今度は胸から剣を引き抜くような動作。


 心臓を鞘にして現れたのは黄金の輝き。


『!』


 実に目映い、眼を灼くほどの光が鷹晃の胸の中心から放たれる。


 激しい輝きの中から、ソレは姿を現した。






 鷹晃は確かな信念を持って目を開いた。


 そこに、彼女の魂があった。


 自分でも正直意外だったのは、それが思ったよりも無骨な格好をしていたことだ。


 長大な両刃を持つ西洋風の剣。剣厚だけで五センチはあるだろう。剣幅は四十センチを下らず、その長さは鷹晃の身長以上あった。柄はなく、鉄骨のような刀身にただ握りが付いているだけだ。無粋にも程がある。


 何も自分が美しく洗練された心の持ち主だとは思わない。が、これはないのではなかろうか。せめて日本刀の形ぐらいは取っていて欲しかったところだ。


 その大剣はうっすらと黄金色の輝きを纏っていた。無論、心から取り出した時には物質でなかったのだろうから、その名残だろう。


 ソレは概念を超越し、取り出した鷹晃の心──魂そのものだった。


「鷹晃……」


 マルグリットが惚けたような声を出す。周りを見ると、誰も彼もが珍しい表情をしていた。ぽかんと口を開けて、こちらを見つめている。


 自身の内部から武器を取り出す者はこの〝クライン〟にはたくさんいる。だから、大剣そのものに対する反応ではない。


 この『封印の概念』が占拠している異空間にもかかわらず、ソレを取り出したことに皆驚いているのだ。


 それは例えるなら、翼も無しに空を飛ぶことに等しく、生身のまま海中で呼吸するのと同義だった。


 それだけではない。鷹晃そのものと言える大剣が現れた瞬間から、空間全体がかすかに振動し始めていた。


 鷹晃は自らの内にある『空間断裂の概念』を物質化させたのだ。つまり大剣は『空間断裂そのもの』ということになる。


 つまり、大剣はただ在るだけで異空間を裂こうとしているのだ。ウォズの異空間がそれに抗って震えているのである。しかもそれは、時間が経つほどにだんだんひどくなっていく。


 そんな中で、鷹晃は言うのだ。周囲の人間の呆然とした表情など見えていないかの如く、


「いざ尋常に勝負!」


 と。


 まともではない。マルグリットでさえそう思っただろう。大剣は見るからに凄まじい力を秘めている。それと向かい合うのは自殺行為だった。


 一度は鷹晃の空間断裂の剣を防ぎきったウォズですら、顔を蒼白にしていた。あの時と同じ方法では、大剣の一撃を防げないことは明白だった。今まさに、あの大剣は『封印の概念』を切り裂き続けながらそこに在るのだ。概念を斬る剣など聞いたこともない。そして大剣は、どんな概念を持ってしても防ぐことなどできない──そう思わせる威容を誇っていた。


「……それは、反則でしょう」


 スターゲイザーの声がつまらない事を言った。悪魔から言語教育を受けたような男が、こんな無様なことしか言えないほど取り乱しているようだった。


 オーディスも、ラップハールも、シュトナと楽那も、全員が言葉を失っていた。


 それほど大剣から溢れ出る風格や威風は圧巻だった。


 鷹晃は真面目な顔で周囲をぐるりと見回し、一つ頷くと、


「そちらから来ぬのであれば、こちらから行くでござる!」


 そう言って大剣を振り上げた。


 それだけで終わった。


 何もしていないのに震えていたウォズの異空間は、それだけであっさり負けてしまった。


 いつかの時のように空が割れ、大地が裂け、崩れ落ちた。










 気が付けば周囲の風景が元通りになっていた。


 薄暗い建物の隙間。そこで大剣を振り上げている自分を、鷹晃は発見する。その隣で茫然自失の態でいるマルグリットも。


 と、地震が起こった。地面が、風景が、マルグリットが、ぐらぐらと揺れ出す。


「「!?」」


 油断すれば舌を噛んでしまうほどの振動の中、我を取り戻したマルグリットが叫ぶ。


「た、鷹晃!? その剣だ鷹晃! 早くしまった方が良くないかね!?」


「せ、拙者でござるか!?」


 無我夢中で取り出したので戻し方がよくわからない。あたふたしていると、さらにマルグリットが、


「おそらく〝クライン〟がその剣で切り裂かれようとしているのだよ! 早くしなければ今の異空間のように、〝クライン〟まで壊れてしまう!」


「何と……!」


 それが本当ならたまったものではない。鷹晃は瞼を閉じることで揺れる視界を遮り、心を落ち着かせる。深呼吸をして、重さを感じない大剣に意識を集中させる。


 ほどけろ、と。


 そうすること数秒。不意に、地震が止んだ。


 目を開くと大剣は消え失せていた。きっと鷹晃の内側へ戻ったのだろう。


 ほっ、と二人して安堵の息をつこうとしたその時だ。


 とんでもない轟音が、少し離れたところで響いた。爆音だった。何か大きな建物が爆発したかのような。


 鷹晃とマルグリットは互いの顔を見合わせると、そのまま二人で建物の隙間から飛び出した。


 音が聞こえてきた方角を見上げ、同時に目を見開く。


 期せずして声が重なった。


「「ガルゥレイジ!」」






 そこに、竜がいた。






 太陽の光を受けて黒光りする鱗。巨大な体に長い首、鋭い爪、研ぎ澄まされた牙が幾重にも並んだ顎。全長三百メートルを超える最凶の生物種。


 全体的に刺々しい形状をしている。影だけ見れば刃の塊だった。


 そんな竜に変化したガルゥレイジが身体にまとわりついた瓦礫を振りまきながら空に浮かんでいた。


 鷹晃は意識を集中させ、ガルゥレイジに語りかけた。


『どうしたのだガルゥレイジ! 何故、力の解放を!?』


『解放の許可有り。主が許可した』


 そんな馬鹿な、いつ? と考えた瞬間、確かに<鬼攻兵団>の訓練場で許可を出したことを思い出した。そういえば許可の取り消しを命じてはいなかった。鷹晃はほぞを噛む。ガルゥレイジはどこまでも、どこまでも愚直な竜だった。


 ガルゥレイジが竜身を顕したのは<鬼攻兵団>だろう。となると、その身を取り巻いていた瓦礫は『鬼岩要塞』のものか。


『主よ』


 今度は逆にガルゥレイジから語りかけてきた。


『敵を殲滅しても良いのか?』


 その言い方に鷹晃は少し引っかかるものがあった。いつものガルゥレイジならば『敵を殲滅するか?』と聞くはずだ。実際、半年前はそう問うてきた。しかし、今回は『しても良いのか?』と言うことは、彼の望むとおり、徐々に自我が芽生え始めているということだろうか。ガルゥレイジがまるで暴れたがっているようにも、鷹晃には思えた。


 が、それとこれとは話が別だ。


『駄目だ! 破壊も殲滅も認めぬ! こちらへ戻って来るのだ!』


『……御意』


 地鳴りのような声で頷くと、空にいる竜が巨体に見合った大きな翼を羽ばたかせた。風はここまで来なかったが、真下にある『鬼岩要塞』から膨大な量の粉塵が舞い上がり、その影響の大きさを様々と見せつけた。


 竜はこちらへ飛んでくる。その途中で、鱗の隙間から暗闇が噴き出したかと思うと、あっという間に竜身が暗黒の霧に包まれる。姿が見えなくなった瞬間、突風に吹かれて真っ黒な霧が晴れた。すると、そこにはもう竜の姿はなく、跡形も残さず姿を消していた。


 鷹晃の足下から、ぬっ、とぼろ布をかぶったガルゥレイジが浮き出てくる。


「うおををっ!?」


 マルグリットがその姿に悲鳴を上げた。ガルゥレイジは無音で現れて、ただそこに佇んでいた。マルグリットにとっては不気味なこと限りなかったのだろう。


「おおおおどかすなこの馬鹿者っ! いきなり出てくるのではない!」


 ガルゥレイジは無言だ。その態度がさらにマルグリットの逆鱗に触れる。


「貴様ぁぁぁっ! 何とか言ったらどうなのだ! この不気味な奴め! 不気味なくせして余の鷹晃につきまといおってからに! 余の炎で消し炭にしてくれようか!?」


「まあまあ、落ちつくでござるよ。マルグリット殿」


「しかしだな鷹晃、余は」


「マルグリット殿の怒りはもっと別な時にとっておくでござる。そう、拙者とまた一緒に戦う時にでも」


「むぅ……そうか?」


「そうでござる」


 不満げなマルグリットに、鷹晃は微笑みを向ける。なおも何か言いたげなマルグリットだったが、結局は鷹晃の言に従ったようだ。ふん、と鼻息をついてガルゥレイジから顔を背ける。


「しかし、おぬしも無茶をするものでござるなぁ……」


 苦笑を浮かべながら鷹晃はガルゥレイジに言う。ガルゥレイジはまた無言でいる。どうもそれが、鷹晃には不満そうに拗ねているように見えたので、これまた可笑しくなって失笑してしまった。


「まあ、いいでござる。あれならスターゲイザー殿達もしばらくはこちらに手を出してこないであろう」


 『鬼岩要塞』の方角を見上げて、呟く。その瞬間だった。


「それについてお話しがあるんですがね。御門さん」


「……スターゲイザー殿!?」


 再度、声だけが聞こえた。どうもガルゥレイジが『鬼岩要塞』が破壊したことで、後始末に忙殺されているものと思っていたのだが。


「スターゲイザー貴様ッ! まだ余と鷹晃に用でもあるのか! 余達が勝てば手は出さないと約束したではないか! それとも、命なくすまで戦わなければ納得いかないとでも言いたいのか!?」


 すかさずマルグリットが恫喝する。だが、いつものようにスターゲイザーはそんな怒声などものともしない。


「いえいえ、とんでもありませんよ、マルグリット様。私共は御門さんとマルグリット様にお詫びを申し上げたいのです。ですが、こちらは現在怪我人が続出してしまい、動けない状態にあります。ので、お手数ですがこちらまでご足労願えませんかね? 勿論、さきほどの約束は厳守させてもらいますので。いかがですかな?」


 言葉は慇懃だが、口調は常の如く不謹慎なスターゲイザーだった。マルグリットは虚を突かれたように黙り込むと、視線で鷹晃に助け船を求めてきた。


 鷹晃も少し考えたが、


「了解したでござる」


 と答えた。正直なところ随分と拍子抜けな話ではあるし、罠の可能性を考えたが、それでもそう答えるのが正しい気がした。どうせ罠だったとしても、今度も噛み千切れば良いのだ、と考えての判断だった。


「ありがとうございます。それでは、お待ちしていますよ」


 スターゲイザーの声からはどことなく焦りのようなものが感じられた。確かにあちらは天地がひっくり返ったような騒ぎなのだろう。


「本当に行くのかね、鷹晃?」


 不服そうなマルグリットに、鷹晃は、にっ、と口の端を持ち上げて笑いかける。


「大丈夫でござるよ、きっと。何かしてきた時は、その時こそ尋常に勝負するまででござる」


 その言葉で黄金の大剣を思い出したのだろう。マルグリットは少し遠い目をしてから、にやり、と笑う。


「ふん、ではあやつらには罪滅ぼしとして全員に土下座してもらうとしようか」


 などと、どこか鷹晃の力を自分のものと勘違いしているような物言いをするマルグリットだった。




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