●真実の愛と信念 2
遠くへ逃げることはできなかった。関所にもどうせすぐ連絡が行っているはずだった。のこのこと通ろうとしても捕まるのは目に見えていた。戦えば負けることはないだろうが、無益な戦いは避けたいのが鷹晃の本音だった。
全くもってそうだ、と鷹晃は思う。何故、自分たちが争わねばならないのか。メルゼクスを撃退し、それぞれが元の世界へ戻る方法を捜しながら、この〝クライン〟で協力し合って生きていかねばならないというのに。
こんな仮初めの世界でどうして覇権などというものに興味を持つのか、鷹晃には理解出来ない。
それよりもメルゼクスを探し出すべきではないか。奴をひっつかまえて言うことを聞かせれば良い。それで全てが済む。なのに何故、彼らは自分を抹殺しようなどと考えるのだろうか。
北東区の隅。建物の間にある隙間に身を潜めて鷹晃は考えていた。影の中、壁に背を預けて座り込んでいる。そのすぐ傍には同じように腰を下ろしているマルグリットがいた。
ぼんやりと、ガルゥレイジには悪いことをした、と思う。
あの状況ではああするしかなかった。確かに、彼らの前で述べた口上は嘘ではない。その気になれば空間断裂の能力などなくても戦うことは出来た。だがそれでも逃走を選んだのには理由がある。全員で一斉にかかってこられたら、いくら何でもひとたまりもない。それが一つ。
もう一つはマルグリットの存在だった。彼は炎が無ければ何の戦闘技術も持たない少年なのだ。あの人数を相手に彼を護りきれる自信が無かったのである。
ガルゥレイジまで救う余裕はなかった。マルグリットだけで精一杯だった。
鷹晃は立てた両膝に額を乗せて、無力感に打ちひしがれた。
なんと不甲斐ないことだろう。何がガイスト・メルゼクス事変の英雄か。仲間一人護れない英雄がどこにいるというのか。
「……っ!」
下唇を噛み締める。油断すれば今にも両目から涙がこぼれそうだった。
無様だった。こんな事になるとは、思いもよらなかった。この世界に来て、生死を共にして出来た絆の仲間だと、そう思っていたのに。
裏切られた。
これ以上ないほど完璧に。
正直、本当にここまで最悪の状況になるとは思っていなかった。当初、スターゲイザーから『周り全てを灰色と思え』と言われていたが、まさかそう言っている本人こそ疑わなければならなかったとは。盲点中の盲点。灯台もと暗しとはこの事だ。あれはもしかすると、彼なりの警告だったのかもしれない。鷹晃が微塵も気付かなかっただけで。
ほんのわずかな時間で、鷹晃はこれまで培ってきた自信のほとんどを喪失した。この〝クライン〟に来てから今日まで積み重ねてきた時間全てが偽りであったかのような、そんな想いが今の彼女を占めていた。
そんなことはないことは、頭ではわかっていた。だが心は簡単に言うことを聞いてはくれない。スターゲイザーを筆頭に、オーディスとウォズという尊敬する両者、そして付き合いは短いながらも人柄に惹かれていたラップハール。彼ら彼女らとの交わりは全てが嘘で塗り固められていたのではなかろうか、それに気付いていなかったのは自分一人だけだったのではないだろうか。裏切られた、と言う事実から類推が始まり、ほんのささいな事にまで疑ってしまうよう、心が傾いていく。
「鷹晃……」
くい、と服の袖が引っ張られた。顔を上げると、隣のマルグリットが心配そうにこちらを見つめていた。彼にしては珍しい表情だった。傲岸不遜、傍若無人を地で行く少年なのだから。
つまり、今の自分は彼にそんな顔をさせてしまうような状態なのだ。彼の顔を直視していられなくて、鷹晃はマルグリットから視線を逸らす。
「あ……」
すると、マルグリットの唇から切ない声が漏れた。心配してくれる彼に何も言わず、ただ顔を背けるのは冷たかっただろうか、と思う。だから償うように鷹晃は唇を開いた。
「……マルグリット殿も拙者を裏切ったりするのでござるか?」
言ってしまってから、そんなことを口にした自分に愕然とした。
「……なっ!?」
しまった、と思った時にはもう遅かった。マルグリットは目を見開き、雷撃に撃たれたかのような顔をした。
「な──何を言うのだ鷹晃! 余が、余がお前を裏切るわけないではないか!」
叫ぶマルグリット。それを耳にしても冷え切った鷹晃の心は何も感じなかった。頭でいけないと思いつつ、精神に負った傷からひねくれてしまった舌は、止まらない。
「……拙者は信頼していた人間から裏切られるような奴でござるよ。ラップハール殿や、オーディス殿、ウォズ殿ならともかく……スターゲイザー殿にまで……大したことのない男でござる。情けない……。マルグリット殿、こんな男に付き合う必要などないでござるよ? 遠慮無く好きな場所へ……ああ、そうでござるな。頭を下げればマルグリット殿は許してもらえるやもしれぬ」
今の自分は病んでいるのかもしれない。暗い笑みすら浮かべて言葉を紡ぐ鷹晃は、意識の片隅でそんなことを思う。
マルグリットは必死な様子で、体勢を変えて両手で鷹晃の袖を掴んだ。
「鷹晃! 何を馬鹿なことを言っているのだ! めったなことを言うものではない! 情けないことなどあるか! あれは……あれは、あの馬鹿共が悪いのだ! 鷹晃は悪くなんかないのだ! 絶対に!」
大声でそう言ってくれるマルグリットに対して、感謝よりも鬱陶しさが先立ってしまう。本当に自分はどうしてしまったのだろう。あまりのことに壊れてしまったのだろうか。
壊れた心の欠片は、最悪の形をとって口からこぼれ出た。
「なんなら、拙者の首を持って行くでござるか? マルグリット殿」
ひうっ、とマルグリットが息を呑む音を聞いた。
時が凍り付いたかのようだった。少年は鷹晃の袖を掴んだまま硬直した。目に見えない矢に胸を貫かれたかの如く。
言ってしまった。否、言ってやった。そんな暗い快感を鷹晃は覚える。もう自暴自棄だった。考えている内に、喋っている内に、何もかもがどうでもよくなってきた。マルグリットが助かるのならば、いっそ今から彼らに頭を下げて命を差し出した方が良いかも知れない、などと考える。
不意にマルグリットが立ち上がった。ここから立ち去るのだろう。情けない自分に見切りをつけて、離れていくのだ。当たり前だ。自分は今それだけの事を言ったし、スターゲイザー達の態度を見る限り、その程度の人間なのだ。仕方がなかった。
が、マルグリットは去ることなく、足を動かして鷹晃の前面に移動した。背の低い彼だが、それでも座っている鷹晃の前に立てば頭はより高い位置に来る。見上げていないからわからないが、多分見下されているだろう。益体もない、女の身体になってしまった男を軽蔑しているに違いない。
「…………」
鷹晃は無言で彼がいなくなるのを待った。
だが、マルグリットはなかなか離れていかない。その場を動かず、じっとそこにいる。
いい加減しびれを切らしそうになったところ、ぽたり、と手の甲に水滴を感じた。
「?」
不思議に思って反射的に頭を上げて、
これまで幾度かマルグリットの泣き顔を見たことはあるが、今目の前にした表情は初めて見るものだった。見たことのない泣き顔で、見下ろすわけでなく、マルグリットは鷹晃を見ていた。
歯を食いしばり、悔しそうに顔を歪めて、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら。
心奪われた。
この時に抱いたその気持ちを、鷹晃はうまく形容することが出来ない。美しかったわけでもないし、凄惨だったわけでもない。
なのに、深く心打たれた。
言葉をなくしたまま、ただ自分に向かって泣き続けるマルグリットの顔を見つめていた。
そのマルグリットの右手があがったかと思うと、次の瞬間、左頬に衝撃が来た。
思いっきり顔を殴られた。
「馬鹿者!」
頬の肉を張る小気味よい音が響く中、マルグリットの一言が鷹晃の全身を貫いた。
頭の中が真っ白だった。マルグリットに本気で殴られた。マルグリットに本気で罵倒された。そのことにただ驚いていた。
マルグリットの勢いは止まらない。彼は鷹晃の胸ぐらに両手を伸ばし、掴み上げた。顔を寄せ、もう一度怒鳴る。
「馬鹿者ッ!」
涙にまみれた一生懸命な声。殴られて赤くなった頬を押さえることも忘れて、鷹晃の瞳はマルグリットに釘付けになった。
「鷹晃! お前は余を何だと思っているのだ! 余がそんなに疑わしいか!? 余がそんなに煩わしいか!? 余はお前を愛している! それが信じられないというのか!?」
鷹晃は何も言えない。ただ、さっきとは違って、マルグリットの言葉がいちいち胸を強く打っていた。心が揺さぶられた。
「お前の首を持って行けだと!? ふざけるな! 誰が愛する者の首をとるものか! こうなったら言ってやろう鷹晃! お前が信じられないのは余でない! お前自身だ、鷹晃! 違うか!」
涙を流しながらマルグリットは言う。ずきり、ときた。心臓が軋んだかと思うほど痛んだ。図星だったのだ。
それでも鷹晃は反射的に、言い訳がましく、
「しかし、拙者は今は女……男ではござらん。マルグリット殿が本気で拙者を愛していたとしても、これでは──」
全く余計なことを言おうとして、
「バカモノォォ────────────────ッッッ!」
遮断するようにマルグリットが絶叫した。
鼓膜が破れるかと思うほど凄まじい声量だった。鷹晃は目を白黒させる。
ぐわっ、と叫び終えたマルグリットの顔がさらに迫り寄る。
「性別など関係あるか馬鹿者! 余はお前の心に! その魂に惚れたのだ! 鷹晃が男だろうが女だろうが関係あるものか! それがどうしてわからない! 鷹晃!」
わからなかった。そこまでマルグリットが考えているとは思わなかった。いつもいつも『愛している』と言われても、年頃の少女特有の、夢見がちな勘違いだとずっと思っていた。
なおも涙を流しながら、貴族の少年は訴える。
「だから余は決してお前を裏切らない! 余はな、もう地位も名誉も権力もいらんのだ! お前だけがいれば良い! 鷹晃さえ傍にいれば、余はそれで良いのだ!」
冷水をぶっかけられたような気分だった。我が儘で勘違いが多い、しかも気位の高い貴族の少年だと思っていたマルグリットが、こんな事を言ってくれるなんて。
「だから、だから余を疑うな! 余がずっと傍にいてやる! お前を絶対に裏切らずにずっと近くにいてやる!」
さらに、マルグリットは泣く。滂沱と涙を溢れさせる。そして膝を折り、額を鷹晃の胸へぶつけると、これまでと打って変わって消え入りそうな声で、
「だから、だから……もうそんな事を言うな……! 悲しすぎるではないか……!」
「……!」
あまりにも弱々しい声が、鷹晃の胸にとどめを刺した。
感極まった。胸に顔を埋めて泣くマルグリットを、思わず力一杯抱きしめた。
言いたい言葉がいくつも胸の中を駆け巡った。すまぬ、泣くことはない、悪いのは拙者だ、本当に申し訳なかった。だが震える唇ではうまく言葉に出来そうもなかった。
マルグリットの言ってくれたことが本当に嬉しかった。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。裏切りの連続を受けて打ちひしがれていた自分を、見捨てず、ちゃんと見てくれる人がいた。愛している、と心から言ってくれる人がいたのだ。これ以上の悦びがどこにあるだろうか。
感動に打ち震える身体、痙攣したように思うとおりに動かない喉、舌、顎、唇。それらを必死に動かして、拙い言葉を鷹晃はようやく作った。
「……ありがとう……!」
出た声は震えすぎていて、鼻づまりで、みっともないことこの上なかったが、それでも鷹晃は繰り返した。
「……ありがとう……マルグリット殿、ありがとう……!」
涙は知らないうちに勝手に両目から流れ出ていた。
「鷹晃……鷹晃ぁぁ……!」
マルグリットが火が点いたように声をあげて泣き始めた。
鷹晃はそれにつられまいと下唇と舌の根をちぎれんばかりに噛んだ。
少女は少年を抱き、少年は少女の胸に抱かれ、それぞれのやり方でしばし泣き続けたのだった。
涙の衝動が収まった後、二人は照れくさそうにしながら、これからのことを話し合った。
「しかしどうするのだ鷹晃? あの下郎共、間違いなく余と鷹晃の命を執拗に狙ってくるのではないかね?」
鷹晃は顎を引くようにして頷く。
「そうでござるな。あちらの目論見は、要するに拙者が新興勢力を作る可能性があるため、その災いの芽を早い内に摘んでおく、というものでござるからな。が、逆に考えれば、そこを何とかすれば戦いは避けられるかもしれぬ」
真面目な顔で言う鷹晃の顔を見て、マルグリットは発売日前に売り切れてしまった人気商品の棚を見つけたような表情をした。
「まだそんなことを言っているのかね鷹晃!? あいつらは敵なのだよ!?」
戦わずに済むものか、とマルグリットは言う。無論、自分の言うことが甘い考えだというのは鷹晃も重々承知していた。それでも彼女は首を横に振る。
「しかし、目指すならばそこでござるよ。敵に回ってしまったとは言え、元は仲間でござる。あまり血は見たくないのでござるよ」
「むぅ……鷹晃がそう言うのならば仕方ないが……余としてはあの下郎共を燃やして燃やして燃やし尽くさねば気が済まないのだよ……!」
「まあまあ、落ちつくでござるよ」
憤るマルグリットの頭を、鷹晃は自然な動作で撫でた。獅子の鬣のような金髪はよく手入れがされていて、まるで絹のようだった。触っていて心地良い。
「むぅ……そ、そうか……?」
マルグリットもまんざらではなさそうである。
「……むっ!?」
と、何を思ったのか彼はいきなり鷹晃に向き直り、やや紅潮した顔で彼女を見上げた。感動に揺らめく瞳から熱い視線を鷹晃に撃ち込んでくる。
「鷹晃! 余に、余に触れてくれたな? か、感激だ鷹晃! そうかそうか! ついに余の想いがお前に通じたのだな!? よぉぉぉしっ!」
するとマルグリットは急に身だしなみを気にし始めた。手早く服の襟や裾などのずれを直し、髪型を整える。そして再び鷹晃と向き合うと、朱のさした顔のまま顎を上げ、目を閉じる。唇を突き出し、
「さあ、来い……!」
「? どうしたのでござるか?」
マルグリットの行動の意味をさっぱり理解出来ていない鷹晃は、素朴にそう尋ねた。だが聞こえなかったのだろうか、マルグリットは目を閉じたままぷるぷると震えているだけだった。仕方ないので話を本筋へと戻す。
「でまあ、あちらの目論見が意味の無いものであることをわからせれば良いのでござるよ。かといって口で言って聞く連中なら最初から拙者を狙ったりせぬし、難しいところなのでござるが……だからどうしたのでござるか、マルグリット殿?」
話の途中でくるりと背中を向けたマルグリットに、呆れの声を投げかける。肩を落としたマルグリットは小さく呟くように、
「鷹晃が余の愛をわかってくれない……」
なんと言えば良かったというのか。マルグリットが何を求めているのかわからない鷹晃は、やれやれ、と内心で肩を竦めた。
無視して話を続けることにした。
「一つは拙者らがあちらの傘下に入ること……でござるが、それが可能ならば最初から誘いの言葉をかけられているでござるな。……ああ、いや、ちょっと違うでござるか」
「? どうしたのだ鷹晃?」
急に渋い声を出した鷹晃に、マルグリットが振り返る。
「いや、半年前の事を思い出したのでござる。あの時確か、拙者はオーディス殿とウォズ殿に誘いを受けておったのでござるよ」
思い出されるのは、メルゼクス戦のすぐ後のことである。オーディスとウォズは競い合うように鷹晃の元を訪れ、散々あの手この手と、勧誘とそれに付随する優遇を差し出してきたのである。
鷹晃はそれら全てを頑として断った。その時の決まり文句は、
「拙者は誰の下にもつく気はないでござる。お引き取りを」
というものだった。
鷹晃は記憶を叩くように、掌を額に当てた。あの時のやりとりが彼らに『鷹晃の説得』という選択肢を捨てさせたのである。一種の自業自得だった。
和解の道はない。半年も前に鷹晃自身がその可能性を断ってしまった。今更話し合おうなどと言っても、虫がよすぎると却下されるのが目に見えている。
「ならば、こういうのはどうだ鷹晃? 余達が奴らと戦って勝てば良いのだよ。もちろん、鷹晃の望み通り生かして殺さずに。圧倒的な力の差を見せつければ奴らも手出ししてこないだろう!」
自信満々なマルグリットを、鷹晃はけなげな小動物を見るような目で眺めた。確かにマルグリットの言う方法も一つの選択肢だろう。しかし、
「それが出来れば苦労しないでござるよ」
マルグリットを傷つけないよう、軽く笑いながら鷹晃は言った。本当にそれが可能ならば、どれだけ良かったか。自分に力があれば、こうやって逃げて隠れることも、ガルゥレイジを見捨てることもなかったし、そもそも裏切られることもなかったかもしれないのだから。
「まずはあの『封印の概念』をどうするか、でござるよ。あれがある限り、拙者らは数の上で劣勢でござる」
最大の問題がそこだった。素直な感想を言えば、あの『封印の概念』という障害さえ取り除くことができれば、マルグリットの言うように実力をもってスターゲイザー達を撃退する自信はある。鷹晃の攻撃力は単体ではほぼ最強と言って良いし、マルグリットの炎は多人数を相手するのに不足はない。また敵の手の内もある程度はわかっている。作戦さえきっちり立てれば、まず負けることはない。
「にしてもあの下郎共め、どこであんなものを……!」
「おそらくは、ガイストの置き土産でござろうな」
ガイストの命を奪ったのは、正しくは鷹晃ではなく、彼の義手である『ラグナロック』だった。後の調査から『ラグナロック』がガイストの意識を操り、また鷹晃達との戦いで用いられた『封印の概念』を顕現させる機能を内蔵していたことが判明している。
調査は<鬼攻兵団>と<ミスティック・アーク>の両陣営と、共和区から技術者が集まって進められていた。スターゲイザーもその一人である。彼の変身や武器などには高度な技術が使われているようだったので、調査員の一人として抜擢されていたのだ。あるいはラップハールもその一員だったのかもしれない。そこでスターゲイザーと繋がりが出来たのだろう。
「所有しているのはスターゲイザー殿でござろう。ウォズ殿かオーディス殿が持てば互いのパワーバランスが崩れる恐れがある。ラップハール殿が持っているならば、ガルゥレイジを追いつめる際に使わなかったのには腑が落ちぬ」
「ということはまずスターゲイザーめを潰せば良い、というわけだな?」
そうすれば『封印の概念』が消え、その時こそ互いに全力で戦うことが出来る。そうなれば決して負けず、あちらへ自分たちに手を出す愚を思い知らせてやれば良い。
「上手くいけば、の話でござるが」
しかし、どうやってまずスターゲイザーを倒すか、が問題だった。こちらの考えることなど、あの神算鬼謀ともいえる男ならとうに見抜いているだろう。次にまみえる時は何かしらの対策を立てているはずだ。もしかすると、こちらの前に姿を現さないかもしれない。そうなれば打つ手はなくなる。
「あちらとて、こちらの手の内は読めているでござろう。むしろ拙者達は追いつめられている。向こうはこちらの出方を待つだけな上、選択肢を限定させたのもあちら。思いつく限りの可能性に対して対策を練っているであることは必定……」
これっぽっちも勝算が浮かばない。となるとやはり一番の策は『どこまでも逃げ続ける』となってしまう。だがそれは選択したくなかった。きっとマルグリットは思いつきもしていないだろう。二人とも尻尾を巻いて背中を向けることが出来ない性格だった。
「ふん、あの下郎共が何をしてこようが知ったことか。何としても余達は勝つぞ。勝たねばならんのだよ。余と鷹晃の究極の愛を成就させるためにも!」
いつもの戯言が始まったので、鷹晃は一人で思考の淵に身を潜らせた。
「さて、どうするでござるか……」
問題はまだある。単純な話だが、武器がない。白洸は窮地を脱するために投げ捨ててしまった。幸い鷹晃の空間断裂は武器に左右されるものではないから、その点に関しては問題ないが、とりあえずは当面の武器が必要だった。『封印の概念』の影響下で素手でいては、今の鷹晃はただの女子でしかない。徒手でオーディスと戦うなど自殺行為だ。最悪の場合、マルグリットのデストリュクシオン・アンペラトリスを借りる必要があるだろう。
鷹晃には不思議と、不安はなかった。武器もなく、策もなく、手も足も出ない状態だというのに、暗い気分はもうどこかへ行ってしまっていた。
マルグリットのおかげだと思う。目を向けると、貴族の少年は今も得意げに『愛』とか『高貴』といった美辞麗句を並べている。彼と共に流した涙が、きっと心の中にわだかまっていた暗いものを消し去ってくれたのだ。
マルグリットが向けてくれている感情と同じものを、自分が彼に対して抱いているのかどうかはわからない。先程も口にしたように、今の自分は女で、現在のマルグリットは男だ。互いに性別が反転しているのである。そんな状態で愛だの恋だの言う気にはどうしてもなれないのである。
マルグリットは性別など関係なく、鷹晃の魂そのものに惚れている、と言ってくれた。それに応えるためには、鷹晃にも同様の覚悟が必要だろう。地位も名誉も権力も捨てて、マルグリットと共にいる覚悟を。
しかし、その覚悟がある、と胸を張って言うことは今の鷹晃には出来そうになかった。そうでなければ、きっと今頃マルグリットと手を繋いでここから逃げ出しているに違いないのだから。
未だ、これまでの生活への未練があるのだろう。元は仲間だと思っていた者達への執着があるのだろう。それがある内は、多分マルグリットと一緒になることは出来ない。
ただ、マルグリットに対するものではなく、何かしらの覚悟だけは決めたいと思う。マルグリットの想いではなく、その姿勢を見習いたいと思う。
彼にとって鷹晃以外の他人は、本当に眼中にないのだろう。だからあんな風に、特別すぎる感情を持つことが出来るし、ぶつけることが出来る。その純粋さを素直に羨ましいと思った。
自分もそうありたい、と鷹晃は望む。
心は一つ。自分だけのものだ。そこに他人は関係なく、周囲の言葉に意味などない。
地位も名誉も権力もいらない、と貴族のマルグリットが言った。そう言えるだけのものを心に持っているのだ。
ならば自分もそれを持とう。強い信念を。決して折れることのない、絶対の心を。
自分だけが真実であると。




