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50 ステーキを焼こう

 夕飯の時刻になり、私と守華さんは揃ってロビーへとやってきた。

 既に水無月さんはロビーにいたようで、お米を取り出していた。


「あ、香月さん。お米よね?」

「うん! 他にも米の人いた?」

「えぇ、豪徳寺君と唯野さんがお米だそうよ。

 ……特に唯野さんがお米だなんて、珍しいこともあるものだわ」


 水無月さんが後半部分の唯野さんが米を選んだことについて囁くように言う。


 なんでだろうか。テニスで私が唯野さんが活躍するように誘導して、かなり動かしてしまったせいだろうか? それでパンよりもがっつりいけるご飯が食べたくなったとかかもしれない。

 いずれにせよ、唯野さんがご飯を選んだ回数は水無月さんが経験したループ中では少ないらしい。


 水無月さんが計ったお米を私が研いで炊飯器に急速で仕掛けると、私は肉の焼き加減に関して皆の意見を聞くことにした。

 ステーキに添えるのはお昼に使わなかった人参とじゃがいもをソテーとフライドポテトにするらしい。


「はーい。みんな集まってるね!

 お肉の焼き加減について各自の意見を聞きたいと思います。

 ちなみにフライパン+オーブンでの調理だそうだよ。

 あと順番ね、一気に焼けないから」


 私が水無月さんの受け売りで説明すると、豪徳寺が余程お腹が空いていたのか「俺は一番で頼む! 焼き加減はウェルダンだな!」と、威勢よく言い放った。


「はいはい了解。今度からは意見のある人は挙手して挙手。

 順番は速いものがちだよ~!」


 私が言い終えるとすぐに、すっと唯野さんが手を挙げた。

 珍しいこともあるものだ。

 そして華麗に「2番めにミディアムで」と言う。

 やっぱり唯野さんはかなりお腹が空いているらしい。


 それから佐籐、守華さんの順番で聞き終えると、私は水無月さんの元へと戻った。


「私は最後の方でいいや。水無月さんと一緒に食べるよ。

 ちなみにミディアムレアでお願いします!」

「了解」


 私が自分の注文を伝えると、水無月さんが一言だけ了承の意を述べる。

 せっかくの良いお肉だから、いつもはなんとなく怖い気がしてウェルダンだけど、レアっぽいミディアムに挑戦してみた!

 焼く前の良いお肉を見てるだけで、涎が垂れてきた……!


 そんなことを考えていると、守華さんと唯野さんがやってきた。


「水無月さん、片手でお肉を焼けるの?」


 守華さんが心配そうに問う。


「えぇ……特に問題はないわ。家でもやってるし、香月さんがサポートしてくれるもの。

 それにせっかくのお肉を下手に焼かせたくないのよね」

「そう……じゃあ私と唯野さんでソテーとポテトフライくらいは作るわ!」

「いいのに。どうせご飯が炊けるのを待つ為に付け合せから作るつもりだったから」

「いいからいいから!」


 水無月さんは調理分担を断ろうとするが、守華さんが押し通し分担を完了。

 私は背後にいる男共に向き直ると、「食器の片付けは全部男子二人でやってよね!」と大声で叫ぶと、不承不承とばかりに豪徳寺がゆるゆると手を振り、佐籐も頷いた。


 水無月さんはオーブンの予熱をセット。

 室温に戻していた肉塊を取り出すと、脂肪付近に大量にあるスジを丁寧に切っていく。そしてフォークで穴を開け始めた。

 特に包丁は左手なのに器用にやるものだと感心する。


「うわぁ本格的に下ごしらえするんだね」

「当たり前よ……! これをやるやらないで口当たりが全然違うんだから」

「ほうほう……。あ、両方とも私がやるよ!

 真菜箸で抑えながらの方が楽でしょ!」


 そう言って水無月さんと交代すると、私がひたすらに筋を断ち切りフォークで穴を開ける。


 暫くして全員分の下拵えが完了した。

 同時に水無月さんは表面に塩コショウを軽く振ると、スーパーで貰ってきた牛脂をフライパンに入れて溶かした。


「さぁ、表面をこんがり焼きましょうねー」


 などと機嫌が良さそうに独り言を言うと、水無月さんは肉をフライパンに放り込んだ。


 そうして少ししてこんがりと両面に焼き色の着いた肉を取り出すと、オーブンへと投入。


「後は待つだけよ!」


 と、1枚目の豪徳寺の肉を仕上げにかかった……。




   ∬




 ――そんな作業を繰り返すこと5回。

 ついに私のミディアムレアと、水無月さんのミディアムレアが同時に完成しようとしている。

 既に後ろではご飯を食べ終えた豪徳寺が、ガハハとTV番組を見て笑っているが、そんな事は気にしない。焼くのに順番があるから仕方ない。それよりも肉だ!

 亀屋スーパーで売っていた一番良い和牛肉を贅沢に使っているのだ。

 どれくらい美味しいか楽しみでしょうがない。


「香月さん、ソースは?」

「私はわさび醤油で!! 水無月さんは?」

「私は普通にお塩で頂くことにするわ。良い岩塩が置いてあることだし……!」

「それもいいなー。ねぇ、ちょっとずつだけ交換して食べてみない?」

「えぇ、構わないわよ」


 オーブンから取り出したステーキを皿に盛り付ける。

 既に付け合せは盛ってあるから少し冷えてしまっているが、肉が温かい内に食べられればそれでいい。私はご飯を盛り、水無月さんはバターロールを取り出した。


 私たちはロビーに行くこと無く、そのままダイニングキッチンで二人でご飯を食べることにした。


「それじゃあ、頂きます!」

「召し上がれ。私も頂きます」


 わさびと醤油を付けてまず一口……!


「んんんんーー! 美味しい~~」


 私はその美味しさに唸ってしまった。

 舌の上で蕩ける肉の油がわさび醤油と重なって上品な味となる。

 そして噛みしめれば噛みしめるほどに、美味しい肉汁が溢れてくる。

 良いお肉のミディアムレアを完璧に焼き上げると、こうも美味しいものか。


「見事な腕だよ、水無月さん!」


 一口目をぺろりと食べきって、私は本心に偽りなく水無月さんを褒めちぎった。


「えぇ、ありがとう。合宿と言ったらこれくらいしか楽しみがないのよね……」


 ぼそっと小さな声でそう言って笑う水無月さん。



「はい。水無月さん。わさび醤油1切れどうぞ!」

「えぇ……香月さんも岩塩でどうぞ!」


 お肉を交換する私達。

 次に食べた岩塩でのステーキもとってもおいしくて、私は再度「さすがだね水無月さん」と彼女の調理の腕を褒めそやした。


 無論、他の人達も褒めてはくれた。

 特に守華さんは食べ始めた時、水無月さんの腕前に感心しながら「ウチのお手伝いさんでもこうは行かないわ……」と漏らしていた。


 けれど、本当の意味でその腕前を心から褒められたのは、庶民生活を知る私だけだろう。

 もしこの場に瀬尾さん辺りが居たならば、私同様に水無月さんを褒めちぎったに違いない。

 今度みんなで焼肉パーティをするというのもいいだろう。

 その時にメインディッシュとして水無月さんのステーキを振る舞うのだ。

 きっとみんな美味しいといってくれるに違いない。

 私はそんな未来を夢想した。

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