比良の告白
私とお化け少女は、屋根裏部屋に続く梯子のある二階の空き部屋にやってきていた。
確かに、屋根裏部屋につながる天井が開いていて、微かな光がそこから漏れ出していた。
「比良、何をしてるんだろう……」
明かりの漏れる空間を見上げながら、私はポツリと言った。
「どうする? 登るの?」
少女はそわそわとして私に尋ねてきた。
「どうしようかなぁ……」
正直、気が進まなかった。比良が(おそらく毎晩)こうして屋根裏部屋にやってきて何かをしているのを盗み見るのがとても悪いことをしているようで、私を躊躇わせていた。
でも、それと同じくらい、一体比良は何をしているのだろうか? という好奇心が私の心に芽生え、私の足を踏み出させようともしていた。
二重の感情に私の心は支配されていたのだった。
でも、やはり好奇心には勝つことはできなかった。
私は「行ってみる」と呟き、屋根裏部屋に通ずる梯子に手を掛け、音を立てないように登り始めた。
一段々々、硝子細工を扱うようにして登る。
そうして、屋根裏部屋の様子を伺える辺りまで来ると、より一層慎重になった。
なんせ、カタカタと不気味な音が聞こえてきたんだもの。
「怖いの?」
梯子の袂で少女が言った。私はこくりと軽く頷き、改めて上を見た。
明かりの中に、小柄な影が揺らぐ。
それは、私の恐怖心に拍車を掛けた。
でも、やはり好奇心は強かった。
私は結局最後まで登りきり、屋根裏部屋の内部を覗き込んだ。
そして、声なく驚いた。
屋根裏部屋の中には、比良がいた。
しかも、なぜか白衣を身に纏って。
「これも違う…これも……」
しきりに何かを呟きながら、何かをしている。
もう少しで見えるのに……
身を乗り出して中を見ようとした瞬間、やらかしてしまった。
“カタッ”
微かな物音だったが、それでも比良を気付かせるには十分すぎた。
「誰っ!?」
比良は物凄い形相でこちらを振り返った。
とっさに身を隠した私は、彼女に気付かれることは無かった。
危ない危ない……。
「気のせい…? 誰かがこっちを見てたような……」
比良はそう呟いたものの、再び何かをし始めた。
私は先程の失態を犯さないよう、今度はさらに慎重に梯子を登った。
そして、屋根裏部屋に入ると、たまたま近くにあった大きなタンスの影に隠れた。
ちょうど、比良の反対側になる。
詳しくは見えないけど、なんとなく彼女が行っている動作は確認できた。
彼女は、何か薬品を調合していた。
学校なんかで良く目にする試験管が5~6本並んでいて、そのどれも不可思議な色の液体が入っている。
「これでできるはずなんだけど……」
比良はそうポツリと呟き、試験管に謎の物体を投入。
すると、試験管の中に入った液体が、音をゴボゴボと音を立て、煙を発する。
「ダメだ……肝心なところで失敗しちゃう」
比良は頭を抱えていた。
“一体、比良は何を作ってるんだろう……”
私は箪笥の後ろで小首を傾げた。
一方、比良はというと……
「ちょっと休憩でもしようかなぁ」
そう呟き、私のほうにやってきた。
“ま、マズイ……!”
そう思ったけどとき遅し。私は比良に見つかってしまった。
「ゆ、由紀さん…どうしてこんなところに……」
比良は驚愕の表情を浮かべて私に問いかけてきた。
「あの…えーっと……」
どうやって受け答えをしていいのか分からず、私はしどろもどろ状態になってしまう。
比良は「見られてしまったのなら仕方がありませんね」と溜息を吐くと、事の内容を事細かに話し始めた。
「由紀さん。あなたは何故私がこんなところにいるか不思議に思いますよね?」
比良の問いかけに、私はこくりと頷く。
それを見て、「やはりそう思いますよね」と比良は呟き、言葉を紡ぐ。
「実は、由紀さんを男の子に戻すための薬を作っていたんですよ」
「えっ!」
驚いた。夜な夜な彼女はこうして屋根裏部屋に閉じこもり、私のために薬を作ってくれていたとは……。
何だか嬉しくて、熱いものが心の底からこみ上げてきた。
比良の話は尚も続く。
「今日、朝起きておかしくありませんでしたか?」
今朝というと……
「うん。男の子に戻ってた」
そう。原因不明だったが、私は確かに男に戻っていた。
「実はあれ、私が薬を由紀さんに使ったんですよ。……失敗でしたけどね」
「だからか……」
漸く原因が分かった。
比良が、私が眠っている間に薬を飲ませたんだ……。
原因不明だったから怖かったけど、そういうことだったのか。
比良は比良なりに頑張って私を元に戻そうとしてくれていた。
本当にありがたくて、嬉しくて。
「あ、ありがとう…比良……」
目尻から、涙が頬を伝った。
途端、比良が困ったような表情を浮かべる。
「泣かないで下さい、由紀さん。私が困っちゃいますよ」
「でも、でも……」
「いいんです。これは私が犯してしまった、一つの大きな罪ですから。正直、これ位じゃ足りないくらいですよ?」
「いや…比良は頑張りすぎだよ……」
「でも、いくら頑張ったって、由紀さんを完璧に男の子に戻すことはできないんです。それができるまで、私は頑張り続けないといけないんですよ」
それを聴いた瞬間、私の頭の中に不思議な気持ちが芽生えた。そして、私はそれを言葉として紡いだ。
「だ、大丈夫。私、このままでもいいから。女の子のまま、一生を終えてもいいから……」
比良は、驚いて目を見張った。
「本当に、それでいいんですか!?」
「うん。最近、女の子としての人生も悪いものじゃないかなって思ったんだ」
「一生、そのままですよ!?」
「分かってる。それでも女の子として生きてみたい」
もう、私の両目からは涙が流れていなかった。
その代わり、私の目には強い意志が宿っているのだと思う。
どうせ完璧に戻ることはできないんじゃないか。
それなら、潔く女の子として一生懸命生きてやろうじゃないか。
私の意志は固まった。
「そこまで言うのであれば、私は一歩退きます。ただし、男の子に戻りたいなぁ…と思ったら、何なりと申してくださいね?」
比良は私にそう言って微笑んだ。
「もちろん。でも、そう思うことはもう無いと思うけどね……」
私もそう言って微笑んだ。
その後、比良と私は屋根裏部屋から空き部屋に降りてきた。
梯子の下には、相変わらず少女がいた。
その顔はとてもつまらなさそうだった。
「どうしたの?」
私が声を掛けると、少女は撫すくれたように両頬を膨らませると、言った。
「だって、裕樹君、なかなか降りてこないんだもん。私、とてもつまらなかったんだよ?」
「それはごめんね。比良とたくさんお話しをしてたから……」
言い訳になってしまうけど、言わないよりはましだと思う。
やはり、言って良かった。少女の表情が幾分か和らいだ。
「そうなんだ…。それなら仕方がないね」
「ごめんね」
どうにか私は少女を宥めることに成功した。
「さて、夜も遅いから、もう寝ますか」
私が言うと、比良もそれに賛成した。
少女もこくりと頷いた。
「それじゃあ、お休みなさい」
空き部屋から最初に立ち去ったのは、比良。
いかにも眠たそうに欠伸をして出て行った。
それに続き、私も空き部屋から出ようと歩き出した時、
「待って!」
突然、少女が私を呼び止める。
「どうしたの?」
私が振り向くと、少女は私の顔をしっかりと見つめ、言った。
「また明日も合いに来てくれる?」
少女の問いかけ。それは軽いようで重いものだった。
でも、私にとっては当たり前すぎる問いかけ。
私は即答で答えた。
「もちろん」
私の答えを聞いた少女はにっこりと笑って闇に溶けていった。
「お休み、詩ちゃん」
私は消えた少女にそう語りかけたつもりで、部屋を出る。
なんだか、今日はぐっすり眠れそうな気がした。
四十一話目です。
※2011年10月1日…文章表記を改めました。
※2011年10月17日…表記を変えました。




