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事件

 それから時間はあっという間に過ぎていき、今は帰りの学活中。

「明日の予定について。先生、お願いします」

 順調に日直が進めていく。しかし、みんなは一刻も早く家に帰りたいのだろう。場の空気がとてもそわそわしている。

「えーっと、明日の予定は黒板に書いておきましたので、忘れ物をしないようにしてください。……良いですね?」

 宮野先生は、黒板の一角を指差して、はっきりとみんなに諭すように言った。

 最後の一言に、みんなはうんうんと頷く。

 それは、忘れ物をするととんでもない罰が待っているから。そのためか、このクラスの忘れ物率は0%に限りなく近い。

「各種委員会から。なにかありませんか?」

 帰りの学活は順調に進んでいく。

「帰りの挨拶。起立!」

 ついに最後の項目まで到達。もうすぐ家に帰れると場のボルテージが上昇していく。

「(みんなをみまわして)さようなら」

 日直の声に続き、みんなも「さようなら」を言い、下校となった。

「由紀。一緒に帰ろ」

 冬奈だ。帰りの挨拶が終わった直後に鞄を背負ってやってきた。

「……青柳さん。私もご一緒してよろしいですか?」

 冬奈の後にやってきたのは保坂さんだ。それにしても、彼女はいつまで私に敬語を使うのだろう。普通に話してくれていいのにな。

「うん。一緒に帰ろう、二人とも」

 私は二人の問いかけに笑顔で答えた。



 所変わって、とある住宅街の中を貫く片側二車線の広い通り。

「ちぃ、取り逃がしたか……」

 強面の男が息を切らしながら、悔しそうに吐き捨てる。

「先輩、どうでした?」

 強面の男の後から、息を切らして駆けてきたのは、いかにも中学生というような外見の男。二人ともスーツを着ているが、後者にはいかにも不釣合いすぎて、非常に滑稽な姿だった。

「残念やけど、取り逃がしてしもうた……」

 強面の男が腕を握る。その腕は、怒りに震えていた。

「……先輩、どうしましょうか?」

 少年のような男が言う。しかし、その声には力が全くこもっていない。強面の男が取り逃がしたことに対し、ショックを受けているのだろうか。

「念のため、ここら辺を捜索してみるか。まだこの近辺に潜んでいるかもしれへんからな。……おい、浦崎! 準備はええか?」

 浦崎と呼ばれた少年のような刑事が、足をしっかりそろえて、はっきりとした声で返事をした。

「はい、近藤先輩! 準備OKです」

 二人は正午過ぎの住宅街を南に向かって走り出した。



「でさぁ。その番組が面白いんだって!」

「えぇ! そんなに面白くないよ!」

 ここはとある住宅街の近くを通る県道。周りには、大都市という感じで住宅が建ち並んでいる。

 この道をしばらく進んでいくと、私と保坂さん。そして、冬奈それぞれの家が見えてくる。

 意外にも、私たち三人は近所に住んでいた。

「で、あのコーナーが一番面白くってさぁ……」

 冬奈が熱く語っているのは、この夏から放送を開始した、とあるバラエティ番組のことだ。なんでも、芸人達が体を張って企画を行うらしく……

「問題に外れると、上から熱湯が降ってきて。そ、それが…お、おもしろくって……」

 笑いを堪えながらも、必死にその番組について語り続ける冬奈。でも、私はともかく、保坂さんはまったくバラエティには興味がないらしいようで、彼女の話を上の空で聞いている様子。

「ところで、冬奈は明日どうする?」

 私は話題を変えようと、バラエティ番組の話で熱くなっている冬奈に問いかける。

「ふぁい? ……何、由紀?」

 奇妙な反応をした後、冬奈が私を見つめてくる。

「だから、明日の部活! 冬奈はどうするの!?」

 私は少々声を荒げて、きょとんとしている冬奈に問いかけた。

 すると、彼女は思い出したかのように首を微かに前後に振ると、「もちろん、行くよ」と呟いた。しかし、彼女の表情は浮かないままで、きっと、本当は行きたくないのだろうと思った。

「青柳さん。今日は部活、ないんですか」

 隣にいた保坂さんが、私を見つめながら呟いた。

 突拍子に聞かれたもので、私は「えっ」と多少驚いたような動作を取ったけど、すぐに戻って彼女の質問に答える。

「うん。今日は職員会議があるらしいから、部活はお休みなんだって」

「そうなんですか……」

 そんな調子でわいわい賑やかに県道脇の歩道を歩いていると、目の前の路地から一人の男が飛び出してきた。男は急に出てきたので、歩道を歩いていた私たちとまともにぶつかってしまった。

「きゃ!」

 運悪く、私は男とぶつかってしまった。

「……チッ。ちゃんと前向いて歩けやブスが!」

 男は悪態をつくと、そのまま私たちが歩いてきた方向へと走っていった。

 私たち三人は、先ほど起きた出来事を不思議に思って顔を見合わせていた。

 すると、今度はやくざのような顔をして、スーツをピシッと着こなすいかつい男がやってきた。

「ふぅ…疲れたわぁ。……嬢ちゃん、変な男を見んかったか?」

 いきなりの問いかけに、私は困惑の表情を浮かべる。その表情を見た男が、忘れていたとばかりにスーツの内ポケットから取り出したのは……警察手帳。

「わい、近藤っちゅうもんで、警察や。正確に言うと刑事やな。……嬢ちゃん。さっき、こんな男見ぃひんかったか?」

 近藤という名の刑事が、またスーツの内ポケットを探り、一枚の写真を取り出した。

 渡されたそれを見て、私は驚く。

 そこに写っていたのは、先程私にぶつかってきた男に瓜二つだった。

「……見たんやな?」

 近藤刑事が由紀の表情の変化を見て、無感情に呟く。

 私はこくりと一回頷いた。

 すると、近藤刑事が次に尋ねてきたのは、「どちらの方向に逃げたか?」ということだった。私は「あっちです」と、今来た道を指差す。

「そうか。ありがとな、嬢ちゃん。ほな、おおきに!」

 その言葉を残し、近藤刑事は走り去って行った。

「一体、何だったんだろうね」

 道路にしりもちをついている私のとなりで、冬奈が呟いた。

「さあ、分からない」

 立ち上がり、スカートに付いた汚れを払いながら、呟く。

「一体、あの写真の男の人は何をしたのでしょうか……?」

 私のスカートに付いていた汚れがしっかりと落ちているか確認しながら、保坂さんが言う

「きっと、泥棒とかそういう類のやつじゃない?」

 冬奈がそう呟いた瞬間、スーツを身に纏った少年が目の前に現れた。

 立ち上がったばかりの私に、身分を明かすことなく尋ねてきた。

「あの……”近藤”とかいう人は、どちらの方向に行きましたか?」

 私、冬奈、保坂さんの三人は顔を見合わせたが、「あっちです」と声をそろえて、さっきの厳つい顔をした刑事が走り去っていった方向を指差す。

 それをきいた少年は深々とお辞儀をし、礼を述べてそちらの方向へと走り去った。

 彼が走り去る直前、「本当に近藤先輩は僕を置いて行ってしまうんだから……」と呟いていた。

 また、私たちは顔を見合わせて、あの少年は何者なのかと話し合っていた。



 帰宅後……

 『本日未明、蓬莱市潮凪町の住宅街で傷害事件が発生しました。被害者は同市に住む宇津木猛さん27歳で、腕に全治三週間の大怪我をして現在、病院に入院中です。犯人の男は身長170cmぐらいで痩せ型、年齢は20~30代だそうです。男に関しての目撃情報は多数あるので、逮捕されるのは時間の問題だと思われます。同市にお住まいの方は、戸締りなどに注意してください。

                         以上、臨時ニュースでした』

 そのニュースを見たとき、私は持っていた鞄を床に落とし、絶句した。


二十三話目です。


※2011年8月17日…文章表記を一部変更。三人称から一人称へと改めました。

※2011年10月17日…表記を変えました。

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