3話 原初の一万回。
3話 原初の一万回。
休憩もなく、すぐに、百一回目の戦いが始まった。
(ほんとに、ぶっ通しかよ……やべぇ……意識が遠のく……)
失神しそうになった。
歯を食いしばった分だけ、心が摩耗する。
最初のころは、反射的に、何度も『ちょっと待ってくれ』と口にしていたが、もはや、その気力もない。
ここでは誰も待ってくれない。
誰も助けてくれない。
どんな甘えも許されない。
★
――天童久寿男は、魂の抜けた顔で、朦朧としていた。
(……俺……結構、すごいヤツなのかもしれん……初めて知った……)
中隊戦を千回指揮した結果、すべてが歪んで見えるようになった。
おぼつかない足で、ギリギリ、自分を支える。
自分というのは、こんなにも重いのかと、魂の質量を明確に感じた。
壊れかけの脳みそが、もう止まってくれと喚いている。
つぶれかけの体が、ずっと、悲鳴をあげている。
擦り切れた精神が、流石に限界だと唸っている。
だが、死んではいない。
どうにか、生きている。
朦朧とはしているが、まだ頭は動いている。
(千戦全勝……俺、すげぇ……ほんとに、すごすぎだろ、俺。他の誰に出来るってんだ、こんな偉業)
天童は感動していた。
ずっと、自分など、『たまたま剣翼での戦闘能力が高いだけのカス』だと思っていたが、実は、ここまでの偉業を成せる男だった。
(俺はすげぇ……)
自分を励ます。
必死になって、自分を自分で支えてやる。
なんせ、ここでは、『自分はどうせクソだから』という『逃げ』が通じない。
楽になれる『おまじない』が使えない。
外の世界では、ずっと自分を守ってくれていた魔法の言葉、『俺なんて、どうせ本質がクソだから仕方ない』が、ここだと、なんの効力も持たない。
やり切るためには、前を見るしかないのだ。
(俺は頑張っている……頑張っている! 俺はすごい! だから、まだ頑張れる! まだ、がんばらなければいけないんだ!)
なぜか、こみあげてきた涙。
拭う余裕もない。
天童は、必死に、前だけを見る。
自己全肯定ほど凶悪な背水の陣はない。
『素晴らしい。だが、まだ十分一だ。残り九千。やり遂げてみたまえ』
当たり前のように、千一回目は始まった。
★
――天童久寿男は、ハイになっていた。
「もう五千回かぁ!! ひゃはああああ!」
正確に言えば、壊れてきていた。
目が飛んでいる。
頭のネジが外れて、幻覚と戯れるようになってきた。
時折、
「孔明、よくやった! 孔明こそよくやった! はい、孔明、わっしょい! 孔明、わっしょい!」
妄想の軍師とワルツを踊ったりもするようになった。
完全にヤバい人になってしまった。
『素晴らしい壊れ方だ。心を放棄することで、逆に精神を守るとは』
「うひひゃひ! ――うごほっ、うぇっ……おぇ……」
『しかし、まだ半分。あと五千……とても、持ちそうにはないな』
★
『――信じられん。まだ立ち上がるのか』
本当の地獄は、残り千回を切ってから訪れた。
(もう……無理……)
心を手放す事によって、どうにか、ここまでやってきたが、流石に精神力が限界を超えてしまった。
とてつもない頭痛。
ずっと、頭の中ではカミナリが鳴っている。
ここまでくると、五感の全てが違う機能を発揮しはじめる。
耳が色を聞き、鼻が音を嗅ぎ始める。
(……なんで、俺がこんな事をやんなきゃいけねぇんだ……)
ザラザラとした苦味が見えるようになった眼で、世界を睨みつける。
時折、視界が反転するのにも、もう慣れた。
(苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい)
残り五百を切った頃には、頭の中には、弱音しかなくなっていた。
助けてくれと、誰かに祈り続けるだけ。
誰も助けてくれない――気づけば、そんな事実すら、もはや、どうでもよくなっていた。
ここまでくると、勝とうが負けようが『心底どうでもいい』という状況に陥っているのだが、すでに、あらゆる戦術が反射で組めるようになっており、勝利をもぎとるまでの速度自体は速くなっていた。
『……素晴らしい……』
信じられない事に、一戦が五分を切りだす。
とてつもない領域。
天童の眼には、いつしか、数万手よりも先が見え始めていた。
気づかぬ間に、人という『種』の向こう側に辿り着いていた。
天童の手は、遙かなる果てに届いた。
ここは、戦場の頂き。
空虚な丘の上。
それは、まるで祝福。
――魂が限界を超えていく。
(なんで、俺が……こんなことをしているか……)
限界の向こう側で、
(なんで……がんばっているか……)
天童は、
自分自身の『答え』に気づく。
「重度の……マザコンだからさ……結局のところは……それだけの……しょうもない話……」
反射だけで最短・最速・最善を貫く修羅。
まるで呼吸をするように戦場を完全支配しながら、
天童は、
「……何もしてあげられなかった……誕生日プレゼントの一つも買ってあげたことがない……『愛してくれて、ありがとう』の一言すら……」
後悔の中で、
「だから、せめて……」
ギラつく眼光。
天童は、そんじょそこらのマザコンではない。
真性ド級の超マザコン。
だから、
「……母が、俺に……『愛をもって望んでくれたこと』くらいは……必ず叶えてやる……」




