㉗ 『やっぱり私は、家事手伝い』【完結】
いつのまにか、あの事件から、二週間が過ぎました。
村はいつもの日常を取り戻し、これから来る冬の準備に大忙し。
今年は冬の蓄えが少なくて、少し心配だったんだけれど、領主様が支援してくれたおかげで何とかなりそうです。
村のみんなは、領主様は人が変わったようだと驚いていますが、その変化を好意的に受け取っています。
私は今日もバッチリ朝の準備をすると、気合を入れるために、少し濃い水色のシュシュで髪を結ぶ。
このシュシュは近所のお姉さんが私のために作ってくれたもので、銀色の愛らしいチャームが付いている、私の一番のお気にいりなのです。
「お母さん、お父さん、行ってきます!」
「ええ。気をつけてね」
「しっかり勉強してくるんだよ」
勉強道具と朝食の材料を持って、私は走る。
今日もアゼルの家にいかないと!
あんな事件に巻き込まれて大変だったけれど、そのおかげで私とアゼルの絆はより深くなった気がします。
でも、私はまだまだ子どもで、覚えなければいけないことが沢山あって、特に魔法はまだまだ基礎も終わっていない。
そういえば、『魔法なんて使わないで済むのなら、使わない方がいい』と考えているアゼルが、私にどうして教えてくれているのかを訊いてみた。
するとアゼルは、
『ボクは、魔法は危険な力だと思っているし、関わり合いにならないのであれば、それが一番だと思っている。でも、お師匠様が人生をかけて学び、ボクに与えてくれた力は、きっと良い点もあるのだと信じたかったからかな?』
そう言って恥ずかしそうに微笑んでくれたんです。
だから私は、考えなしに力を使ってしまったことを反省して、アゼルの言う事を聞いてしっかりと勉強していこうと思いました。
でも、私はアゼルの『お弟子さん』になるつもりはありません。
たしかに魔法を教えてくれている間は、確かにアゼルは先生で、私は生徒だけれど、それ以外は、もっと対等な関係になれるように努力しないといけないと思うから。
そうしないと、いつまで経ってもアゼルの隣に立つ人には、お嫁さんにはなれないと思うんです。
だから、私はこれからも『家事手伝い』として、アゼルの側にいます。
いつか、アゼルが私の気持ちに応えてくれるその時を楽しみにして。
……と、終われたら綺麗なんだけれど、実はそうもいかないのだ。
今、私には困っていることがある。
一番お気に入りのシュシュを付けて気合を入れてきた理由も、その事が原因だ。
で、その事というのが厄介で……。
今日は熱々のグラタンを作る予定だ。寒くなってきたから、アゼルもきっと喜んでくれるはずだ。
「うん。私の特製のグラタンを食べれば、アゼルも私の方が大事だって……」
そう、私は負けるわけにはいかないのだ!
そうして、私はアゼルの家の前までやってきたんだけれど、昨日よりも三十分以上早く家を出たのに、会いたくない人に会ってしまった。
「あら、おはよう、アミィちゃん。今日もアゼル様に会いに来たのね」
それは、白いローブを身にまとう、紫の長い髪で二十代の前半くらいの女の人。
それは、憎きセリーナだった。
じつは、一週間ほど前に、セリーナは私達の村に引っ越してきたのだ。表向きはお医者様として。
だけど、本当は違う。この人は、アゼルの弟子になりに来たのだ。
あんな事件を起こしておきながら、恥ずかしいとも思わずに!
「……おはようございます」
私は心底嫌そうにあいさつをする。
「それじゃあ、私は朝食をアゼルのために作って一緒に食べるんで、無関係な人はお家に帰って下さい」
私はそう言ってセリーナの横を通り過ぎようとしたのだけれど、そんな私の腕をセリーナが掴む。
「ねぇ、アミィちゃん。まだ幼いアミィちゃんが、毎朝アゼル様の家まで通ってきて、食事を作るのは大変よね? だから、その合鍵は私に預けてくれないかしら? 私なら診察の時間まで余裕があるし……」
「嫌です! それじゃあ!」
私は勢いよく腕を振って逃れると、ドアのカギを開けてそれを閉じようとした。
「させない!」
だが、セリーナはドアの隙間に足をはさみ、ドアが閉まらないようにする。
「くっ、さっさと帰ってよ! 私とアゼルの楽しい食事を邪魔をしないで! 材料だって私とアゼルの分しかないんだから!」
「あっ、あらら、乱暴ね。でも、私の分はもちろん、アゼル様の分も必要ないわ。私はアゼル様が、毎朝あなたの拙い料理しか食べられないのが可愛そうなので、代わって料理をして差し上げようと思っただけよ」
セリーナの言葉に、私の広い広い心にも、限界が来た。
「誰の料理が拙いって言うのよ! 私の愛情たっぷりの料理は、あなたなんかの料理に負けないもん!」
私は懸命にドアを閉めようとするが、邪魔な足のせいで閉まらない。
「ふふっ、これだからお子様は。朝食は一日の活動エネルギーを摂取する大切なもの。栄養価をしっかりと考え、一品料理ではなく、いくつもの料理を小出しにするべきなのよ!」
足が痛いようで、顔を歪ませながらも、セリーナは笑みを崩さない。
私達が、そんな一歩も譲れない戦いを繰り広げていると、
「はぁ~。あのねぇ、二人共。毎朝、毎朝、いい加減にしてくれないかな?」
寝巻き姿のアゼルが疲れた顔をして出てきた。
「あっ、おはよう、アゼル!」
私はドアから手を離し、可愛くあいさつをする。
「おはようございます、アゼル様!」
セリーナも笑顔で、けれどピシッと背筋を伸ばして頭を下げた。
「ああ、うん……。おはよう、アミィ。おはようございます、セリーナさん」
アゼルはあいさつを返してくれたので、私はニッコリ笑う。
けれど、セリーナは、
「もう、アゼル様。私のことはセリーナと呼び捨てにして欲しいと申し上げているではありませんか」
と、馴れ馴れしくアゼルに言う。
ええぃ、まだ出会って一ヶ月も経っていないくせに!
「……いや、何度来られても、ボクは弟子を取るつもりはないです。魔法を悪用して無関係な人たちを傷つけた人なんかは、特にね」
アゼルははっきりと言う。
そう、アゼルは毎回、きちんと断っているのだ。それなのに……。
「もちろん、私のこれまでの行いを考えればそのような結論に至るのは当然のことです。ですが、私にとって魔法の研究は命そのものなのです。
そして、それは貴方様の許可無くては使用できなくなってしまった以上、私は貴方様の側で弟子としてお使えするしかありません。」
「確かにそれはそうですけれど……」
ああっ、駄目だってば、アゼル! そこは、『しらない、帰ってくれ!』でいいのに!
「それに、どのような方法を使ったのか、私などでは考えも付きませんが、<マジックガイザー>に取り込まれた私を貴方様は救い出してくださいました。言わば、私に新しい人生をお与え下さったようなものですわ。
ですから、ご無礼ながら言わせていただきますと、貴方様には私を導く義務があるのではないでしょうか?」
「……いや、そんな事を言われても……」
反対するアゼルの声が弱くなっていく。
まずい、このままじゃあ。
「それにですね、アゼル様。私は貴方様の圧倒的な力を前にして、改心したのです。ええ、神に誓って改心いたしましたとも!
もう、決して貴方様に逆らったり致しませんし、魔法を悪用したりは致しません。ですから、どうか弟子としてお側に置いて下さいませ」
「もう! そんなの駄目に決まっているでしょう! アゼルは私だけの先生なんだから!」
私は我慢ができなくて、そう文句を言う。
だが、そんな私を見て、セリーナは、ふふっとこちらを小馬鹿にしたように嘲笑う。それも、しっかりと、アゼルから見えない角度で。
うん。絶対にこの人、反省なんてしていない!
「アゼル様、それに、私を弟子にしてくだされば色々と便利ですよ。このような幼子に身の回りの世話をせずとも、私が朝から晩までお世話いたしますから……」
セリーナは体をくねくねさせながら、ローブの上からでも分かる大きな胸を強調してアゼルにアピールする。
「いや、それは、その……」
アゼルは困ったように視線をそらしながらも、チラッとセリーナの胸を二度見した。
「アゼルのスケベ……」
私の冷たい声に、アゼルは「いや、ボクは何も」と言い訳をするが、私はそんなことでは騙されない!
そして、将来のために、いつも飲んでいるミルクの量をもう少し増やすことを決めた。
「いや、だからね、アミィ。その……」
「ふーんだ。まったく、私という恋人がいるのに信じられない!」
「いや、ちょっと待って。いつの間にそんな話になっているの?」
アゼルは困った顔をする。
それが私には、悔しいし悲しい。
「アゼル様のご趣味に文句はありませんが、幼女愛好は一般的に許容されません。どうか、私で正常にお戻り下さい!」
「誰が幼女よ! 私はもう十歳なんだから、立派なレディだもん!」
私は失礼この上ないセリーナに文句を言う。
「ええぃ、あなたはアゼル様の弟子ではないのだから、私の弟子入りにあれこれ文句をつけられる立場ではないでしょうが!」
「そんな事ない! 私は家事手伝いで、アゼルの未来のお嫁さんだもん! 夫の交友関係に口を出せるもん!」
私もセリーナも、アゼルの事を誰かに譲るつもりはない。
「……はぁ~。どうしてこんな事に……」
困るアゼルの声を聞きながら、今日もまた私達二人の争いが始まるのでした。
……こうして、新たに恋のライバルが生まれてしまった私のお話はまだまだ続いていきます。
ですが、今回はここまでにさせて下さい。
また機会があればお話しますので、その時はどうかよろしくお願いしますね。
ここまで私のお話を聞いてくださり、ありがとうございました。




