㉖ 『嘘』
森の中を私達は歩いて村まで戻る。
一晩だけ家に帰らなかっただけなのに、随分と久しぶりに家に帰る気がする。
まぁ、病気で入院したときを除けば、毎日あの家で過ごしていたのだから、そんな気がしても仕方がないだろう。
あと少しで村に入るというところで、私達、『十人』は足を止めた。
その内訳は、私、アゼル、ポール、領主様、領主様のお抱えの兵士が六人で、領主様達は、アゼルが魔法で朝に連れてきた。
なんで、そんな事をしたのかと言うと、これはアゼルの作戦を実行するためなのだ。
「それでは、ボクは先に村に戻って、村長たちに説明しておきますので。領主様はこちらで待機していて下さいませ」
「うっ、うむ。つつがなく仕事をこなすようにな」
「はい。それでは、行ってまいります」
アゼルは領主様に深々と礼をし、一人で村に入っていく。
「ふむ。それでは、あの者が戻るまで休憩し、それから村に入るぞ」
「はっ!」
領主様の命令に、兵士の人たちが反応するので、私とポールも「わかりました」「わかっただ」と口にする。
そしてしばらくすると、村長さんと、うちのお父さんとお母さん達が村の入口まで走ってやって来た。もちろん、アゼルも一緒だ。
「これはこれは、領主様。出迎えが遅くなってしまいましたことを、お詫び申し上げます」
「いや、突然の訪問であったからな。気にする必要はない」
「えっ、あっ、はい……」
きっと、普段の領主様はこんな事を言う人ではなかったのだろう。村長さんは少し驚いた顔をしている。
「それよりも、まずはこの娘のことだ」
「は、はい。その子は、アミィは、昨日、攫われて……。それが、どうして領主様とご一緒に?」
「うむ。それを説明するのは容易いが、まずはこの娘を案じている者へ返すのが先であろう」
領主様はそう言うと、私に向かって目配せをする。
私は小さく頷き、「ありがとうございます、領主様!」とお礼を言い、先程から私のことを心配そうに見ているお父さんとお母さんに駆け寄った。
「アミィ!」
「ああっ、よく無事で!」
私はお父さんとお母さんに抱きしめられた。その温かさに、私はホッとする。
「心配をかけてごめんなさい」
私が謝ると、二人は首を横に振る。
「いいんだよ、お前が無事ならば」
「ええ。そうよ。無事で良かったわ」
実は、アゼルが昨日のうちに一人、魔法で村に戻ってお父さんとお母さんに私が無事だということは知らせておいてくれたらしいのだけれど、やっぱり直接顔を見るまでは心配だったみたい。
もちろん、私だってそうだ。二人の顔を見て、涙がこぼれそうになってしまったもん。
「その方ら。その娘の両親か?」
「はっ、はい」
私を抱きしめていたお父さん達が、慌てて領主様に頭を下げる。もちろん私も。
「その娘は攫われて監禁されておったのだ。直ぐに休ませてやるといい」
「はっ、はい! お心遣い、ありがとうございます」
お父さんはこの場に残ると言っていた。そして、私は、お母さんに連れられて、ようやく家に帰ってくることが出来たのだった。
◇
私はお風呂に入って、お母さんが用意してくれた朝ごはんを食べた。そして、ようやく少し落ち着くことができた。
私が朝ごはんを食べ終わるとすぐに、お父さんが家に帰ってきた。そして、あの後の話を私とお母さんに話してくれた。
領主様は、村長さんに説明した。
ここ数ヶ月の間、自分の領地で悪い人たちが何かをしようとしていたと。
そして、それに気がついた領主様は、村々を回って情報収集をし、その人達が、このライネス村付近に隠れていることを知り、自ら兵士を引き連れてこれを退治しようとした。
その悪い人たちというのは、女性の魔法使いで、近くの村から子どもたちを攫って良からぬ実験をしようとしていたのだという。
私もそんな理由で攫われた一人で、それを行ったのはポールという大きな男の人。
けれど、ポールは罪の意識から、私を村に戻そうと頑張り、最終的に領主様に魔法使いの場所を伝え、見事にこれを退治する手助けをした。
だから領主様は、ポールの罪を許したのだ。
そんな話を領主様は村長にし、この村の者たちにも迷惑を掛けたと言って、この冬の生活の支援を約束してくれたのだという。
……はい、大嘘です。
「まったく、そんなでたらめを、さも本当のように話せるんだから、領主様もたいしたものだな」
「まぁ、アゼル君にかなり酷い目に、あわされたようだし、必死だったんでしょうね」
話を終えると、お父さんとお母さんはそう言って苦笑する。
「でも、これで許すのは腹立たしいな。アゼル君が居なかったら、アミィの命も危なかったと言うじゃあないか!」
「それは私も同じ気持ちよ。でも、アゼル君が言っていたじゃあないの。領主様が亡くなって別の方に変わるようなことになっても、領地のみんなに迷惑が少なからずかかるし、次の人がまともだとは限らないって」
じつは、お父さんもお母さんも、昨晩のうちにアゼルの今回の計画を聞いていたらしいのだ。そして、今回の騒動の犯人が、領主様とセリーナと言う魔法使いだということを知っている。だから、腹立たしいのだろう。
「それは、そうだが……」
「今は、アミィが無事なことをアゼル君に感謝しましょう。私達だけでも、あの子が頑張ってくれたことに感謝をしないと」
お母さんの言うことはもっともだと思う。
結局アゼルは、自分はなにもしていないということにするつもりなのだ。そのことで、他のみんな、特に助けを求めてくれた、ネイとリリーナは、ますますアゼルを良く思わないのではないだろうかと心配だった。
結局、アゼルはそうなのだ。
魔法が関わっている以上、決して表に現れないのだ。そのせいで、自分の評価が落ちることになっても。
私はそれから、お父さんとお母さんに言われるままに少し眠って、それから、私を訪ねてきてくれた、ネイとリリーナ、そして他のお友達にも元気な顔を見せた。
その時に、アゼルも、領主様と一緒に助けに来てくれたのだと言っておいたけれど、これくらいの嘘は許されてもいいはずだ。
だって、アゼルは本当はヒーローなのだから。




