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魔法使いの家事手伝い  作者: トド
第一章 『私のアゼル』
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㉕ 『アゼルとお師匠様(ししょうさま)』

 アゼルは、ぽつぽつと話してくれた。お師匠様(ししょうさま)の事を。


「えっ、アゼルって、お父さんも、お母さんも……」

「うん。流行り病で二人共亡くなってしまっているんだ。ボクが、六(さい)(ころ)にね」

 アゼルは何でもないことの様に言うけれど、私は()いてはいけないことを()いてしまった気がして、顔を(うつむ)ける。

 そんな私の頭を()でて、「大丈夫だよ」とアゼルは言ってくれた。


 あっ。ちなみに私は、またアゼルに()きついて()()している。でも、仕方ないよね。もう秋だし、夜ともなれば寒いから。うんうん。


「ただ、ボクは他に身寄りがなかったんだ。だから、(だれ)がボクを今後育てていくのかということで、住んでいた村の人たちが()し付け合いを始めたんだ」

「……(ひど)いよ、そんなの……」

「……まぁ、決して良いことではなかったけれど、村は貧しかったんだ。朝から晩までクタクタになるまで働いても、家族だけで食べていくのがやっとだったんだよ。だから、きっと仕方がなかったんだよ……」

 アゼルはそう言って口の(はし)を少しだけ上げて笑う。でも、その目がすごく(さび)しそうだった。


「で、そんな所に通りかかったのが、ボクのお師匠様(ししょうさま)のレイメルなんだ」

「レイメルさん、って言うんだ」

「うん。ただ、あまりその名前で呼ばれることが好きじゃあなかったみたいでね。ボクを引き取った後も、自分のことは『お師匠様(ししょうさま)』と呼べと言われたよ。

 ああ、ちなみに、初めて出会ったときに。『おばさん、(だれ)?』と言ったら引っ(ぱた)かれた。もう、そのときには五十(さい)()えていたのに」

 アゼルはそう言って、困ったように微笑(ほほえ)む。でも、今度は悲しそうには見えなかった。


「まぁ、お師匠様(ししょうさま)は何故かボクを引き取りたいと言ってくれて、村の人にお金を(わた)して、ボクを強制的に弟子にすると自分の家に連れて行った」

「レイメルさんの家ってどんなところだったの?」

「……うん。本と本棚(ほんだな)と、ホコリまみれの家だったよ。お師匠様(ししょうさま)はかなりズボラで、掃除(そうじ)はもちろん、料理もしない人だったから」

「ええっ! そんなところで生活するなんて信じられない! それに、料理もしなかったら、毎日の食事はどうしていたの?」


 私の当然の疑問に、

「ああ、お師匠様(ししょうさま)の弟子というのはボクだけじゃあなくてね。他にも五人いたんだ。その中で一番上の姉さんが、主に料理をしてくれていたし、お師匠様(ししょうさま)の部屋以外は掃除(そうじ)をしていたよ」

 アゼルはそう言って苦笑する。


「他のみんなもそれを手伝って生活していたんだ。まぁ、ボクは要領が悪くて失敗してばっかりだったから、あまり手伝わせては(もら)えなかったけれど……。でも、幸せだったよ。みんなで頑張(がんば)って、お師匠様(ししょうさま)を支えて生活して行くのは」

 アゼルはそこまで言うと、不意に笑みを消した。


「でもね。お師匠様(ししょうさま)は、ただ孤児(こじ)を助けるつもりでボクたちを引き取ってくれたわけじゃあなかった。お師匠様(ししょうさま)はすごい魔法(まほう)使いだったから、魔法(まほう)の才能がある子供を集めていたんだ。

 いつか、自分の力を引き()がせるためにね」

「それって、アゼル達に魔法(まほう)の勉強を教えてくれたっていうこと?」

「……うん。まぁ、そんな感じだったよ。ただ、ボクは魔法(まほう)の才能もあまりなかったんだ。だから、いつもボクはお師匠様(ししょうさま)に、一人残らされて、みっちり魔法(まほう)の勉強をさせられたんだ」

 アゼルの言うことが、私は信じられなかった。だから、つい口を(はさ)んでしまう。


「えっ? あっ、アゼルに魔法(まほう)の才能がないなんて信じられないわ! あんなに強いのに!」

 だって、セリーナも領主様もまるで相手にならないくらいに強いアゼルが、才能がないなんて思えないんだもん。


「……それには理由があるんだ」

 アゼルはそう言って、また悲しそうに笑い、話を続ける。


「ボクが十六(さい)の頃に、お師匠様(ししょうさま)が病気になってしまった。魔法(まほう)でも治せない不治の病にね。

 そこで、お師匠様(ししょうさま)は、ボクたち全員の魔法(まほう)と知識をテストして、(だれ)後継者(こうけいしゃ)にするのかを最終的に決めたんだ」


 アゼルはそこで息を()く。

 私は黙って、続きを待つ。


「最終的に、後継者(こうけいしゃ)になったのは、一番上の兄さんだった。そして、その兄さんに、お師匠様(ししょうさま)は自分が生涯(しょうがい)をかけて編み出した最高の魔法(まほう)を伝授した。そして、他の兄弟には、後は好きに生きると良いと言って、いつの間に用意したのか、結構なお金を(わた)してくれたんだ。

 そして、ボクたちの義理の兄弟としての時間は終わった。お師匠様(ししょうさま)が、最後は(だれ)にも見られたくないと言って、何処かに行ってしまったからね」

「……(さび)しかったよね?」

 私は、ぎゅっとアゼルの体を()きしめる。


 アゼルは「そうだね。(さび)しかったよ」と言い、話をまた続ける。


「一人、また一人と家を去っていった。ボクはもう、(みんな)と会えないという事が信じられなくて、最後まで、長い時間を過ごしたその家に残っていたんだ。するとね、ある晩に、お師匠様(ししょうさま)がボクの前に現れたんだ」

「居なくなってしまったお師匠様(ししょうさま)が、アゼルを心配して帰ってきてくれたの?」

 私の質問に、アゼルは「いや、(ちが)う」と首を横に()る。


「お師匠様(ししょうさま)は、ボクに、自分が持つ全ての力を(あた)えたいと言ってきたんだ」

「待って、アゼル。後継者(こうけいしゃ)は、一番上のお兄さんだよね?」

「うん。ボクも、他の(みんな)も、一番上の兄さん自身もそう思っていたはずだ。でも、本当は違ったんだ。お師匠様(ししょうさま)は、初めからボクを本当の後継者(こうけいしゃ)にするつもりだったらしい」

 アゼルは静かに自分の右の手のひらを見る。そして、長く息を()いて、気持ちを落ち着けているようだった。


「……ボクが選ばれた理由は二つ。一つは、ボクは魔法(まほう)(あつか)う才能は(とぼ)しかったけれど、魔法(まほう)の力を受け入れる器が桁違(けたちが)いに大きかったから。

 もう一つは、ボクが魔法(まほう)を使うのを一番恐れているから、だったらしい」

「どういう事? その、最初の一つは何となく分かるけれど、二つ目は全然意味がわからないわ」

「そうだね。ボクも分からなかったよ。でも、お師匠様(ししょうさま)は、説明をして欲しいというボクの願いを聞かずに、


「こら! 私からの最後の贈り物なんだから、ありがたく受け取っときな。大丈夫(だいじょうぶ)だよ。あんたならこの力をうまく使うはずさ……」


 そう言って最後の魔法(まほう)を使った。自分自身を巨大(きょだい)魔力(まりょく)に変えて、他人にそれをすべて(あた)える、とんでもないオリジナルの魔法(まほう)をね……」

 アゼルはそう言い、また右手を見る。


「気がついたときには、お師匠様(ししょうさま)はボクの右手から吸収されて、服を残して消えていた。そして、ボクは突然(とつぜん)、お師匠様(ししょうさま)の力を全て引き継ぐ魔法(まほう)使いになってしまったんだ」

「……そんな……」

 私には全然理解できない。想像もつかない。あまりにも、アゼルの過去が(すご)すぎて。


「まったく、(ひど)い話だよ。ボクはこんな力はいらなかったのにさ……。この力のせいで、ボクを利用しようとする人に付け回されたり、沢山(たくさん)の人に(こわ)がられたりしてばかりだったよ、まったく……」

 アゼルはそんな文句を口にし、悲しそうに目を閉じた。


「……ねぇ、アゼル。どうしてすごい力を手に入れたのに、それを自分のために使おうとはしないの?」

「んっ? ああ、それはとっても情けない理由なんだけれど……。この力に(おぼ)れてしまうのが(こわ)いんだ……」

(こわ)い? アゼルは、あんなに強いのに?」

 私には、よく分からない。


「この力は、ボクが自分で努力して手に入れたものじゃあない。突然(とつぜん)手に入ってしまったものなんだ。だから、心が弱いボクがこの力を自分勝手に使っていたら、きっと制御(せいぎょ)をしようとする気持ちが無くなり、自分の力と誤解してしまう。そして、すぐに自分を見失ってしまうだろう。……それが、(こわ)いんだ……」

 アゼルはそう言うと、私に困ったような笑顔を向けてくる。


「ボクは、弱い人間なんだ。だから、魔法(まほう)を使う際にはいくつかの制限をつけている。そして、それだけは絶対に守ると決めているんだ」

「制限? それって、普段からアゼルが言っている、魔法(まほう)なんて使わないですむのならその方がいいって言うこと?」

「うん。ボクは基本的に、自己防衛のためか、他人が困っているのを自主的に助けようと思ったときにしか使わない。(だれ)かに使うように(せま)られたときは、決して使わない。そう決めているんだ。

 だから、基本的にそれ以外の理由では、ボクは魔法(まほう)を使わない……つもりだったんだけどね」

 アゼルが少し明るい口調になって言う。


 それはきっと、アゼルの力を当てにしてしまった私の(たの)みを、ポールの傷を治してほしいというお願いを(かな)えてしまったことを思い出しているのだろう。


魔法(まほう)は習得するのはすごく大変なんだ。でも、いざ覚えても、それを周りの人に知られてしまうと、良いように利用されてしまうから、(だま)っていないといけないし、その力に(おぼ)れないために、簡単なことに使ってはいけないんだ。(くせ)になってしまうからね。

 これは、今回の一件の、セリーナと領主を思い出せば分かると思う。あんな風になりたくなかったら、力を使うのを制限しないといけないんだ」

「……アゼル……」

「ああ、言い忘れていたけれど、君の友達の、リリーナとネイの記憶(きおく)を少しだけ書き()えておいたよ。だから、君が魔法(まほう)を使った事を知っている人間はいない。念のため、(くり)拾いに行っていた皆の記憶で魔法(まほう)に関するものがないかも調べたから、大丈夫(だいじょうぶ)だと思う」


 アゼルはどうやらそんなことまでしていたらしい。

 それで、きっと助けに来るのが(おく)れたのだろう。


 私は改めて、「ありがとう、アゼル」とお礼を言う。

 アゼルは、にっこり微笑(ほほえ)んでくれた。


「あっ、そっか……」

「んっ? どうしたの、アミィ?」

「ふふっ。私、アゼルのお師匠様(ししょうさま)が、アゼルを後継者(こうけいしゃ)にした理由がわかっちゃった」

 私は満面の笑顔で断言する。


「えっ? 本当に?」

 (おどろ)くアゼルに、私は(かれ)の耳に口を近づけて耳打ちする。


「簡単だよ。アゼルが優しいからだよ。だって、魔法(まほう)を使うのを(おそ)れているのも、魔法(まほう)(だれ)かを傷つけることが(こわ)いからでしょう?」

 私はそう言うと、そのままアゼルの(ほお)に、くちびるをチュッと重ねる。


「あっ、アミィ! だから、君は女の子なんだから、もう少し……」

「ふふっ! アゼルったら図星なんでしょう? それに、私にキスされて照れている!」

 私は、顔を真っ赤にしているアゼルに得意げに言ってやる。


「こらっ、大人をからかうんじゃあない!」

「知らないも~ん。それじゃあ、そろそろ(ねむ)くなってきたから、おやすみ、アゼル」

 私はアゼルの胸に顔を当てて、目をつぶる。


 するとアゼルはため息を付いたものの、「おやすみ、アミィ」と返し、私とアゼルは、いっしょに朝まで(ねむ)ったのだった。

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