㉔ 『二人で……』
さっきは寒いと思っていたけれど、今はとっても温かい。
体も、心も……。
「へぇ~。それじゃあ、セリーナと領主様が言っていた、マジックなんとかって言うのは、間違いだったのね?」
「うん。あれは、ただ自然にできた、少しだけ大きめな魔法力のカタマリだよ。……えっと、以前、君と出会ったときの熊を覚えていないかな?」
アゼルに言われて、私は少し考えて思い出す。
「そう言えば、あの時の熊も全身銀色だった。領主様と同じで」
「あれは、魔法力を一定量以上、体に取り込んでしまうと起こる現象なんだ。まぁ、熊は森で生活をしているときに、それに触れてしまったんだろうね」
「そっか。やっぱりアゼルは、セリーナ達より先に分かっていたんだね。その魔法力のカタマリのこと」
セリーナにアゼルの事を馬鹿にされて、その事を腹立たしく思っていたから、そうじゃあないことが分かり、私は嬉しくなる。
「でも、どうしてそんなものがあることを知っていたのに、アゼルは何もしなかったの?」
そう言うと、アゼルは苦笑した。
「それを言われると申し訳ない気持ちになってしまう。結界を張って、誰も近づけないようにしておけば、今回の事件は起こらなかったかも知れないから」
アゼルはそう前置きをして、話を続ける。
「ボクは、あの大きさ程度の魔法力のカタマリは、何処にでもあるものにしか思えなくてね。誰かに悪用なんてされないだろうと考えていたんだ。
だから、このまま大地にエネルギーとして還るのを待とうと思ったんだよ。
魔法力というものは、適量であれば、自然の、森の木々なんかの栄養になるんだ。だから、ここ数年、この辺りの木の実がたくさん実ったり、動物も増えたりしてくれていたんだよ」
アゼルは説明してくれたけれど、私はそういう意味で訊いたわけじゃあなかった。
どうして、アゼルがその力を手に入れようとしなかったのかを知りたかったんだ。
でも、アゼルはそんなつもりは初めから無かったみたいで……。
うん。やっぱり、私のアゼルは素敵だ!
「……ところで、アミィ……」
「なぁに、アゼル?」
私が上機嫌で尋ね返すと、でも、アゼルはため息を付いた。失礼な!
「寒いのなら、火をもう少し大きくするから、わざわざボクに抱きつく必要はないと思うんだけれど……」
そう言うと、アゼルは私の腕から逃げようとする。
「嫌だもん! たしかに私が悪かったし、反省もしたわ。でも、あんなきつい言い方をする必要はなかったじゃあない。レディを何回も泣かせたんだから、私のお願いをきいてくれないと駄目!」
私は横になって寝ているアゼルの胸に、さっきみたいに顔を埋めて添い寝する。
アゼルの温かさを感じられて、声が近くで聞こえて、とても良いのだ。
「だから、何度も言うように、君は小さくても女の子なんだから、男の人に簡単にこういう事をしては駄目だよ」
「それくらい分かっているわ。私だってこんな事をするのはアゼルだけだも~ん」
私は冗談交じりの様に言うけれど、これは本心だった。
今回のことで、私は惚れ直してしまったのだ。格好良くて、強くて、優しくて、大人なアゼルに。
それなのにアゼルったら、「だから、子どもがそういう事を言っては駄目だよ」って言って、私をいつまでも子ども扱いする。
むぅ。見てなさいよ! あと少し成長したら、絶対にドキっとさせてやるんだから!
「……アゼル。まだまだ教えて欲しい事があるんだから、眠くなるまで話を続けて」
「はぁ~。分かったよ」
アゼルの許可を得て、次は何を話してもらおうかと考える。するとすぐに浮かんだのは、セリーナ達との戦いのことだった。
だから、その時の事を話してもらうことにした。
「ねぇ、アゼル。ポールがセリーナの魔法で高いところから落とされそうになったときに、助けに来てくれたでしょう? そして、その後、セリーナに同じことをしたよね?」
「ああ、そうだね……」
「もし、もしもだよ。あの時、セリーナが空に浮かぶ魔法を使えなかったら……」
私はなるべく暗い表情にならないように注意して聞いた。
すると、アゼルは私の頭に、ポンと手を優しく置く。
「信じてもらえるかどうか分からないけれど、あの時、ボクは下からも風をいつでも起こす準備をしていたんだ。だから、落ちる寸前で元々助けるつもりだったよ。
ただ、セリーナが<浮遊>の魔法を使おうとしていたのが分かったから、その発動が間に合うように調整しなければならなくなって、大変だったよ」
「そこまで準備していたの?」
「うん。いくら君たちを攫って悪いことをさせようとしていた人間でも、目の前で命を奪うようなことをしたら、それもやっぱり君たちの傷になってしまうからね」
アゼルはそう言って微笑む。
「……もしも……」
私は失敗した。そう口に出してしまった。慌てて謝ろうとしたけれど、アゼルは微笑みを崩さない。
「もしも、君たちがいなくても、ボクはあのセリーナも、領主も、命を奪ったりはしなかったよ。そんな事に魔法を使いたくはないからね」
「アゼル……。うん。そうだよね!」
私は嬉しくて、アゼルに満面の笑みを向ける。すると、またアゼルは頭をポンポンってしてくれた。
「アゼルは普段、魔法は使わないですむのなら使わない方が良いと言っているけれど、魔法が好きなんだね」
私は何気なしにそう言ったのだけれど、それを聞いたアゼルは驚いた顔をする。
そして、アゼルは私の頭から手を離して、その手のひらを見た。
「……魔法が好き、か……。そんなこと、考えたこともなかったな……。無理やり押し付けられた力だし、大変なことばかりだったから……」
アゼルはそう言った後、静かに手を握りしめた。
「……そうかボクは、この力が好きなんだな。だから、悪用されたくないんだ。お師匠様に託されたからだけじゃあなくて、ボクは……」
アゼルはそう言って嬉しそうに笑うと、私を抱きしめてくれた。
「ありがとう、アミィ。その言葉を、ボクはずっと探していたのかも知れない……」
喜んでくれたし、アゼルから私を抱きしめてくれたのなんて初めてだった。だから、当然それが嬉しくなかった訳では無い。
でも、私には早急にアゼルに問い詰めなければいけない事ができた。
「ねぇ、アゼル……」
「えっ、えっ! なっ、なにかな、アミィ」|
私が怒っている事が分かったのか、アゼルは私の体から手を離し、少し怯えた様子で尋ねてくる。
「ねぇ、アゼル。アゼルのお師匠様の話って聞いたことがないんだけれど?」
「あっ、ああ。そう言えば話したことなかったよね。でも、特別、面白い話じゃあな……」
「女の人よね。その、お師匠様って」
私が言うと、アゼルは「どうして、分かるの?」と不思議そうな顔をする。
「女の勘よ!」
私はそう言い切ると、アゼルに次は、そのお師匠様の話をするように言ったのだった。




