㉓ 『炎の前に座りながら……』
……寒い。
いくら秋とはいっても、アゼルが作った火はずっと燃え続けていて、その近くに座っている私も、ポールも、そんなに寒くはないはずなのに。
アゼルはあれから全然帰ってこない。
そんなうちに、月がもうかなり高いところまで登っていた。
「……アミィ。その、すまねぇだ……」
火を挟んで反対に座るポールが、そう声をかけて来た。
ポールは相変わらず苦しそうだ。それなのに、私に謝ってくる。ポールが今苦しんでいるのは、私の魔法で怪我をしたからなのに……。
「……オラのせいで、アゼルさんと……」
ポールの言葉に、私は首を横に振る。
「それは違うよ。私の考えなしの行動が、アゼルを怒らせちゃったんだもん……」
私はそう言ってため息をつく。
「私のことより、ポールの事が心配よ。まだ、背中が痛いんでしょう?」
「ああ。痛え。でも、仕方ねえ。オラが悪いんだから……」
ポールは苦笑する。でも、まだ笑えるだけさっきよりは体調が良さそうだ。アゼルがかけてくれた魔法が良かったのだろう。
「眠れるかは分からねぇけど、アミィは少し寝た方がいい。オラが起きているから……」
「でも……」
怪我人であるポールより先に休むのは気が引けてしまう。
「オラも、あのおっかねえアゼルさんに言われて少し考えた。そしたら、やっぱりあの人が言っている事が正しいと思うだ。おめえを攫って来てしまった事は、村までおめえをきちんと連れて行って、みんなに謝らねえと駄目だって……」
ポールはそう言うと、
「だから、明るくなったらすぐに、おめえの村に向かうべ。そのためにも、おめぇには体力を回復して欲しいだよ」
結局、私はポールの優しさに感謝をし、体を横にして休むことにした。
ベッドどころか、シーツも枕もないところで眠るのは初めてだったけれど、今日一日、たくさんのことがあって私は疲れていたみたい。
横になって目を閉じると、直ぐに眠ってしまった。
けれど、疲れているというのに眠りは浅かったみたいで、私は夢を見た。
それは私とアゼルと出会ってからこれまでの夢だった。
この一年近く、毎日顔を合わせていた私達。そしてすっかり仲良くなれたと思っていたのに、私が約束を守らなかったせいで、アゼルを怒らせてしまった。
今まで、あんなに怒ったところを見たことがない。
よっぽど、私が約束を破った事が腹立たしかったんだろう。
寝付いてから、どれだけ時間が経ったのか分からない。
私が浅い眠りから目を覚ますと、私のすぐ横に膝立ちで立っているアゼルの姿が見えた。
何故か、アゼルは悲しそうな顔をしながら私を見ている。
「……アゼル……」
声をかけると、アゼルは少し驚いた顔をした。
「起きていたのかい?」
「……眠っていたよ」
私はそれだけ言うと、アゼルに向かって微笑む。
アゼルは何も言わず、静かに私の横に腰を下ろす。
私はそれを見て、体を起こしてからアゼルの隣に座る。
その際に、ポールはどうしたのだろうと見てみると、彼はいびきをかいて眠っていた。
起きていると言っていたけれど、やっぱりポールも疲れていたみたいだ。
「ポールの名誉のために言っておくけれど、彼はさっきまで起きていたよ。ボクが魔法で眠らせたんだ」
アゼルはそう説明してくれる。
「どうして、ポールを?」
私がそう尋ねると、アゼルはため息を付いた。
「君たちが少しは反省したみたいだから……というのは言い訳だね。ボクがこれ以上、君たちが辛そうにしているのに耐えられなかったからだよ」
そう言って苦笑するアゼルは、怖くない、私のよく知っているいつものアゼルだった。
「ポールの怪我は全て治しておいたよ。そして、このまま朝まで眠れば体力も回復するだろう。でもね、アミィ……」
「うん。分かっている。もう、今日みたいな事は絶対にしないよ……」
私はそう言うと、立ち上がり、座っているアゼルの背中に回ると、後ろから抱きついた。
「アミィ?」
「ねぇ、どうしたの、アゼル。目が真っ赤だよ」
私が困ったように微笑むと、アゼルはまたため息を付いた。
「……反省していたんだ。君に、魔法の基礎を教えてしまったことを。そして、心の底から、今回は運良く大事にならなくてよかったと思った。そうしたら、安心するのと同時に涙がこぼれてきてね……」
「安心した? それってどういう事?」
私には、アゼルが何を言わんとしているのか分からない。
「……君が傷つかずにすんだことだよ」
「私が?」
「そうだよ。魔法はね、何度も言っているように恐ろしい力なんだ。少し使い方を間違えただけで、使った人間が傷ついてしまうこともある。
でも、ボクが本当に怖かったのは、君が心に傷を負ってしまうことだ」
「心に?」
やっぱり、アゼルが言っていることが分からない。
「今回、君が放った魔法は、ポールの背中を若干深く傷つけただけに過ぎなかった。でも、もしも彼が動いて、それが頭にでも当たっていたら、下手をすると命がなくなっていたかもしれないんだよ」
アゼルの言葉に、私の胸はぎゅっと締め付けられるようになる。
「大抵の傷なら、治してあげることができるつもりだよ。それは、相手に対してでも、君自身に対してでもね。でも、命がなくなってしまったら、ボクでも同仕様もないんだ。
そして、君は人を殺めたという傷を、ずっと抱えていかないといけなくなってしまう。そうなってしまうことが、本当に怖かった……」
アゼルはそこまで言うと、真剣な声で続ける。
「お説教するなんて、ボクの柄じゃあない。でも、ここで君にしっかり反省をしてもらわないと、また同じことをする可能性がある。だから、あんな酷い言い方をしたんだ……」
「…………」
私は、なんと言えば良いのかが、どう謝れば良いのか分からず、ただアゼルの背中をきつく抱きしめる。
「……君はまだ子どもだ。失敗をして、そこから学んでいく年頃だよ。だから、自分一人では出来ないこともいっぱいだ。だから、大人を頼るのも悪いことではないとは思うよ。でもね、世の中には取り返しがつかない事というのもあるんだ」
アゼルはそう言うと、背中に腕を伸ばし、私の頭をポンポンと優しく叩く。
「幸い、今回は、犠牲者が出なかった。何とか、セリーナも救えたからね。でも、毎回こう上手くいくわけじゃあない。それを忘れないでいて」
「アゼル……」
私には少し難しい話だった。でも、アゼルが心から私のことを心配してくれていたのだということが分かった。
そして、セリーナを助けたのも、私がその事で傷つかないようにと考えてくれたからなんだと、今頃になって分かり、私はアゼルの背中で、声を上げて泣く。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 約束を破ってしまって……。いっぱい心配をさせてしまって……ごめんなさい……」
そうして、私は何度も心からの涙をこぼし、謝り続けた。
そして、そんな私に、アゼルは優しく言ってくれた。
「君が無事で良かったよ」
って……。




