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魔法使いの家事手伝い  作者: トド
第一章 『私のアゼル』
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㉓ 『炎の前に座りながら……』

 ……寒い。

 いくら秋とはいっても、アゼルが作った火はずっと燃え続けていて、その近くに座っている私も、ポールも、そんなに寒くはないはずなのに。


 アゼルはあれから全然帰ってこない。

 そんなうちに、月がもうかなり高いところまで登っていた。


「……アミィ。その、すまねぇだ……」

 火を(はさ)んで反対に座るポールが、そう声をかけて来た。


 ポールは相変わらず苦しそうだ。それなのに、私に謝ってくる。ポールが今苦しんでいるのは、私の魔法(まほう)怪我(けが)をしたからなのに……。


「……オラのせいで、アゼルさんと……」

 ポールの言葉に、私は首を横に()る。


「それは(ちが)うよ。私の考えなしの行動が、アゼルを怒らせちゃったんだもん……」

 私はそう言ってため息をつく。


「私のことより、ポールの事が心配よ。まだ、背中が痛いんでしょう?」

「ああ。痛え。でも、仕方ねえ。オラが悪いんだから……」

 ポールは苦笑する。でも、まだ笑えるだけさっきよりは体調が良さそうだ。アゼルがかけてくれた魔法(まほう)が良かったのだろう。


(ねむ)れるかは分からねぇけど、アミィは少し()た方がいい。オラが起きているから……」

「でも……」

 怪我人(けがにん)であるポールより先に休むのは気が引けてしまう。


「オラも、あのおっかねえアゼルさんに言われて少し考えた。そしたら、やっぱりあの人が言っている事が正しいと思うだ。おめえを(さら)って来てしまった事は、村までおめえをきちんと連れて行って、みんなに謝らねえと駄目(だめ)だって……」

 ポールはそう言うと、


「だから、明るくなったらすぐに、おめえの村に向かうべ。そのためにも、おめぇには体力を回復して欲しいだよ」

 結局、私はポールの優しさに感謝をし、体を横にして休むことにした。

 ベッドどころか、シーツも(まくら)もないところで(ねむ)るのは初めてだったけれど、今日一日、たくさんのことがあって私は(つか)れていたみたい。

 横になって目を閉じると、直ぐに(ねむ)ってしまった。



 けれど、疲れているというのに(ねむ)りは浅かったみたいで、私は夢を見た。

 それは私とアゼルと出会ってからこれまでの夢だった。


 この一年近く、毎日顔を合わせていた私達。そしてすっかり仲良くなれたと思っていたのに、私が約束を守らなかったせいで、アゼルを(おこ)らせてしまった。


 今まで、あんなに(おこ)ったところを見たことがない。

 よっぽど、私が約束を破った事が腹立たしかったんだろう。


 寝付いてから、どれだけ時間が経ったのか分からない。

 私が浅い(ねむ)りから目を覚ますと、私のすぐ横に膝立(ひざだ)ちで立っているアゼルの姿が見えた。

 何故か、アゼルは悲しそうな顔をしながら私を見ている。


「……アゼル……」

 声をかけると、アゼルは少し(おどろ)いた顔をした。


「起きていたのかい?」

「……(ねむ)っていたよ」

 私はそれだけ言うと、アゼルに向かって微笑(ほほえ)む。


 アゼルは何も言わず、静かに私の横に(こし)を下ろす。


 私はそれを見て、体を起こしてからアゼルの(となり)に座る。

 その際に、ポールはどうしたのだろうと見てみると、(かれ)はいびきをかいて(ねむ)っていた。

 起きていると言っていたけれど、やっぱりポールも(つか)れていたみたいだ。


「ポールの名誉(めいよ)のために言っておくけれど、(かれ)はさっきまで起きていたよ。ボクが魔法(まほう)(ねむ)らせたんだ」

 アゼルはそう説明してくれる。


「どうして、ポールを?」

 私がそう(たず)ねると、アゼルはため息を付いた。


「君たちが少しは反省したみたいだから……というのは言い訳だね。ボクがこれ以上、君たちが(つら)そうにしているのに()えられなかったからだよ」

 そう言って苦笑するアゼルは、(こわ)くない、私のよく知っているいつものアゼルだった。


「ポールの怪我(けが)は全て治しておいたよ。そして、このまま朝まで(ねむ)れば体力も回復するだろう。でもね、アミィ……」

「うん。分かっている。もう、今日みたいな事は絶対にしないよ……」

 私はそう言うと、立ち上がり、座っているアゼルの背中に回ると、後ろから()きついた。


「アミィ?」

「ねぇ、どうしたの、アゼル。目が真っ赤だよ」

 私が困ったように微笑(ほほえ)むと、アゼルはまたため息を付いた。


「……反省していたんだ。君に、魔法(まほう)基礎(きそ)を教えてしまったことを。そして、心の底から、今回は運良く大事にならなくてよかったと思った。そうしたら、安心するのと同時に(なみだ)がこぼれてきてね……」

「安心した? それってどういう事?」

 私には、アゼルが何を言わんとしているのか分からない。


「……君が傷つかずにすんだことだよ」

「私が?」

「そうだよ。魔法(まほう)はね、何度も言っているように(おそ)ろしい力なんだ。少し使い方を間違(まちが)えただけで、使った人間が傷ついてしまうこともある。

 でも、ボクが本当に(こわ)かったのは、君が心に傷を負ってしまうことだ」

「心に?」

 やっぱり、アゼルが言っていることが分からない。


「今回、君が放った魔法(まほう)は、ポールの背中を若干深く傷つけただけに過ぎなかった。でも、もしも(かれ)が動いて、それが頭にでも当たっていたら、下手をすると命がなくなっていたかもしれないんだよ」

 アゼルの言葉に、私の胸はぎゅっと()め付けられるようになる。


大抵(たいてい)の傷なら、治してあげることができるつもりだよ。それは、相手に対してでも、君自身に対してでもね。でも、命がなくなってしまったら、ボクでも同仕様もないんだ。

 そして、君は人を殺めたという傷を、ずっと(かか)えていかないといけなくなってしまう。そうなってしまうことが、本当に(こわ)かった……」

 アゼルはそこまで言うと、真剣(しんけん)な声で続ける。


「お説教するなんて、ボクの(がら)じゃあない。でも、ここで君にしっかり反省をしてもらわないと、また同じことをする可能性がある。だから、あんな(ひど)い言い方をしたんだ……」

「…………」

 私は、なんと言えば良いのかが、どう謝れば良いのか分からず、ただアゼルの背中をきつく()きしめる。


「……君はまだ子どもだ。失敗をして、そこから学んでいく年頃(としごろ)だよ。だから、自分一人では出来ないこともいっぱいだ。だから、大人を(たよ)るのも悪いことではないとは思うよ。でもね、世の中には取り返しがつかない事というのもあるんだ」

 アゼルはそう言うと、背中に(うで)()ばし、私の頭をポンポンと優しく(たた)く。


「幸い、今回は、犠牲者(ぎせいしゃ)が出なかった。何とか、セリーナも救えたからね。でも、毎回こう上手くいくわけじゃあない。それを忘れないでいて」

「アゼル……」

 私には少し難しい話だった。でも、アゼルが心から私のことを心配してくれていたのだということが分かった。

 

 そして、セリーナを助けたのも、私がその事で傷つかないようにと考えてくれたからなんだと、今頃(いまごろ)になって分かり、私はアゼルの背中で、声を上げて泣く。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 約束を破ってしまって……。いっぱい心配をさせてしまって……ごめんなさい……」

 そうして、私は何度も心からの(なみだ)をこぼし、謝り続けた。


 そして、そんな私に、アゼルは優しく言ってくれた。


「君が無事で良かったよ」

 って……。

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