㉒ 『無責任』
私とポールが遅い夕食を食べ終わると、アゼルは魔法であっという間に食器を洗うと、それを消してしまった。
いったい何処にやったのか、まるで分からない。
「この明かりの魔法はこのままにしておくし、それと風邪を引かないように、火はもう少し大きくしてここに置いておく。だから、今日はここで休むといい」
アゼルは当たり前のように、丸い火のカタマリを大きくした。
それはありがたいけれど、やっぱりアゼルは、私とポールを魔法で村まで送ってはくれないみたいだ。
どうして、他の魔法はいっぱい使ってくれるのに、それだけはしてくれないのかがわからない。
「そっ、その、アゼル……さん」
不意に、今までずっと黙っていたポールがアゼルに話しかける。
「なんだい?」
「その、お願いだ。オラは自分の足で歩くだ。だから、この子は、アミィだけは、魔法とかいう力で、村まで送ってあげてくれねぇか? このとおりだ」
大きな体を震わせて、大汗をかきながら、アゼルに頭を下げる。
「この子は何も悪いことはしてねぇ。悪いのは、あのセリーナという女にだまされて、この子ば拐ってきたのはオラだ。それに、きっとこの子のおっかあや、おっとうも、今頃すっごく心配しとるはずだ。だから、このとおりだぁ」
きっとポールはアゼルのことが怖いはずだ。それなのに、私のためにそう言ってくれるのがすごく私は嬉しかった。
「駄目だ」
けれど、アゼルはそんなポールの頼みをまったく聞こうとはしない。ものすごく冷たい声で、そう言うだけだ。
「なっ、何よ、それ! ポールがここまでして頼んでいるのに、どうしてそんな風に……」
私はアゼルに文句を言おうとしたけれど、そこでポールの顔色が悪いことに気がつく。
「ポール! 大丈夫? すごい汗をかいているし、顔色も……」
そこまで言って、私はようやく思い出した。ポールが怪我をしていた事を。
背中にセリーナの風の魔法を受けていたし、その前にも私の魔法も受けていたんだ。
バカだ、私は。アゼルが来てくれたことに安心して、そんな大事なことを忘れていたなんて。
「あっ、アゼル! ポールは背中に、私とセリーナの魔法で怪我をしているの。だから……」
「だから、何かな? ボクにその怪我を治して欲しいとか言うつもりなの?」
「そうだよ! 分かっているのなら、お願い。ポールを助けてあげて!」
私はアゼルに頭を下げてお願いする。
「……」
アゼルは何も言わない。ただ、パチンと指を鳴らした。
すると、ポールの背中を、周りを照らしている光とは違う種類の温かな光が包んだ。
私は、アゼルがポールの傷を治してくれたのだと思った。
でも、ポールは何故かまだ苦しそうな顔をしている。汗を沢山かき続けている。
「アゼル。まだ、ポールが苦しそうだよ!」
「ああ。今、ボクが治したのは、あのセリーナという魔法使いがつけたと思われる傷だけだからね」
私はアゼルが言っていることが、しばらく理解できなかった。
「そんな……。どうして! どうしてそんな意地悪をするの! ポールがこんなにも苦しんでいるのに! どうして治してくれないのよ!」
アゼルなら、簡単に怪我を治せるはずなのに、どうしてこんなことを……。
「……君たちは、無責任だよ」
怪我の痛みで苦しそうな、見るからに痛々しいポール。そして、アゼルの行動が信じられなくて、涙を浮かべる私に、アゼルは呆れたような顔をして口を開く。
「いいかい、ポール。こんな森の奥までアミィを連れ込んだのが自分のせいだと分かっているのなら、君が責任を持って、アミィを村まで送り届けるべきじゃあないのかな?」
そして、次は私に向かって、
「アミィ。魔法の力は、ボクがいないところで使うことを禁止していたよね? それなのに君はそれを破った。そればかりか、その危険性を知っていたにも関わらず、それを人に向かって使った。大怪我をさせた。
それであれば、君がその責任を取ってどうにかしないと駄目じゃあないのかい?」
そう言った。
「……でも、そんな事言われても……。リリーナが、さらわれそうだったんだよ……。だから、なんとかしないといけないと思って……。だから、私は……」
「言い訳は必要ないよ」
私の話を、アゼルは遮る。
「もう一度言わせてもらうよ。君たちは二人共、あまりにも無責任だ。自分が責任を負えないのなら、そんなことをするべきじゃあなかったんだ!」
そう言うアゼルは、間違いなく怒っていた。
「……でも、でも、ポールは違うよ! だって、お母さんを……」
「ああ、そうだね。彼には少しだけ同情する余地はあるかもね。君とは違って……」
アゼルのきつい物言いに、私の目からポロポロと涙がこぼれていく。
「でも、やっぱり駄目だよ。だって、彼も君と同じように、ボクに押し付けようとしたから。魔法で解決してくれるのならば、自分が楽をできると、責任を取らなくてもいいって考えてね」
そこまで言われて、私はもう堪える事ができなかった。
私は周りの目を気にすることもなく、大声で泣き出してしまう。
「……泣いても駄目だよ。ボクは魔法に安易にすがる人間が大嫌いだからね。二人共、少し反省するんだ」
アゼルはそう言うと、不意に姿を消す。
でも、この時の私は、ただただ悲しくて、泣き続けることしかできなかった。




